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彦根に根ざした一期一会のおもてなし 「いと重菓舗」

彦根の歴史と共に歴史を刻む「いと重菓舗」は、江戸時代に創業し200年以上続く和菓子の老舗です。

彦根藩第13代藩主・井伊直弼公が青年時代を過ごした「埋木舎」に因んで名づけられた彦根銘菓「埋れ木」は、彦根にご縁がある人なら、一度は食べたことがあるでしょう。

「いと」が繋ぐ井伊家と「いと重」のご縁

「いと重」は井伊家とのご縁がとても深く、それはまるで「いと」が人と人を繋ぐようです。

「いと重」は、元は「糸屋重兵衛」として糸問屋を営んでいましたが、副業として煎餅などを作っていました。そして、ある日、初代・糸屋重兵衛の妻・ますが、夢のお告げで白髪の老翁から菓子「益壽糖」の製法を教わったのです。

この不思議な出来事をきっかけに、1809年に本格的に菓子業に転じたのが「いと重菓舗」の始まりです。

「いと重」の和菓子は、茶の湯に造詣が深い直弼公に好まれ、井伊家に納められました。

そして、彦根藩最後の藩主・井伊直憲公との親交も厚く、直憲公から藩内の善行者への褒賞として三代目・糸屋重兵衛に羽織が送られたそうです。羽織には親孝行の「孝」の字がデザインされ、井伊家と「いと重」のご縁の深さが伝わってきます。

「いと重」の和魂洋才なチャレンジ

いと重菓舗・代表取締役の藤田武史さんは、20代の頃、神戸で会社務めをしていたとき、阪神大震災を経験されました。

そのときの経験が、江戸幕府で大老を務めていた直弼公が日本の開国・近代化を断行したように、藤田さんが「いと重」を新しい道に大きく舵を切ることに繋がっていくのです。

阪神大震災は、老舗和菓子屋としての責任、社員への責任、そして、「いと重」を愛するお客様への責任を改めて考え直すきっかけとなりました。そして、藤田さんは、近江商人哲学である「三方よし」を実践するため彦根に戻ることを決意されたのです。

直弼公自らが彫られた「柳の文様」の木型(複製)を使った「柳のしずく」も「いと重」の代表銘菓の一つです。これは、直弼公が、どんな風に吹かれても決して折れることのない、しなやかな柳をこよなく愛したことに由来する、直弼公ゆかりの和菓子です。

柳を愛し、柳のようにしなやかな直弼公のように、藤田さんは、「柔よく剛を制す」の精神で、当時、老舗和菓子屋としてはかなり革新的な商品開発を進められ、2007年の彦根城築城400年を迎えることになります。

当時、藤田さんの頭を悩ませていたのは、周囲の同年代の友人たちの餡子離れでした。

餡子を食べない人が増えているという現実にどう向き合っていけばいいだろうか?藤田さんが商品開発に試行錯誤していたとき、偶然か必然か、続けて「餡子は食べない」という人に出会いました。

そして、藤田さんが友人に「チーズケーキを作ろうと思っている」という話しをしたとき、「和菓子屋のチーズケーキって、餡子入ってるんか?」と笑い飛ばされたそうです。

しかし、ここでチーズケーキの開発を諦めないのが、直弼公の精神を受け継ぐ藤田さん!

「それだったら、餡子ではなく小豆を入れてみよう!」

「和菓子屋と言えば餡子」という固定観念を打破する閃きを得て、2006年、「和こん」というレアチーズケーキに大納言小豆を混ぜた、当時としてはとても斬新な商品を発売されました。

「和こん」は、和の魂を愛し、西洋文化を取り入れた直弼公の精神そのもの!彦根の歴史に根ざした和魂洋才な商品が誕生したのです。

そして、「和こん」に続き、「茶あわせ」「縁つむぎ」などの和魂洋才な商品を次々と生み出し、藤田さんは老舗和菓子屋が持つ固定観念を破壊していきました。

直弼公から受け継ぐ「一期一会」のおもてなし

藤田さんが大切にされ、社員に熱く語っているのは、「一味真」という言葉です。「一味真」は、一つの味を真心を込めて作るという意味ですが、直弼公が「茶湯一会集」の中で記している「一期一会」と同じ意味を持つ言葉なのです。

和菓子は茶道の「茶の肴」として五感や季節の彩りを大切に発展してきました。しかし、今は、季節に関係なく、いつでもどこでも簡単に、欲しいものを手に入れることができます。

茶会では、四季折々の自然の風景や移ろいを茶花で表現し、茶道具の取り合わせや、提供する和菓子にこだわります。季節感を感じることが少なくなった現代においても、亭主が作る世界観の中で私たちは季節を感じ、今、このときをより深く味わい、楽しむことができるのです。

茶会は一生に一度の出会いの場。「一期一会」の場であるから、亭主は真心を尽くして最高のおもてなしを心掛けます。そして、茶会と同じように、お客様のこの一口は、一生に一度の「いと重」の和菓子との出会いの場とも言えるのです。

四季折々の情緒あふれる彦根に足を運んでもらいたい。

彦根でしか体験できない感動と共に、彦根でしか味わえない和菓子、彦根の歴史に思いを馳せることができる和菓子を提供したい。

「一期一会」の真心を込めたおもてなしをしたい。

藤田さんのお話を伺いながら、「茶湯一会集」に溢れる直弼公の魂に触れているようでした。直弼公の「一期一会」の精神は、今に大切に受け継がれています。

新しい伝統はチャレンジから

彦根に根付き、彦根の歴史を垣間見ることができる「いと重」。 

伝統はチャレンジの連続ではないでしょうか。伝統の中にある本質的なもの、直弼公の精神に通じる想いを次の世代に継承し、時代に合わせて商品を進化させていくことが、大切なのかもしれません。 

彦根と人を繋ぐ老舗和菓子屋として、これからも伝統と革新を融合させた和魂洋才な新しい挑戦を続けてほしいと願います。

(写真・文 若林三都子)

いと重 本店
滋賀県彦根市本町1-3-37
TEL 0120-21-6003
URL https://www.itojyu.com