縁 ―エン―
BIWAKO BIENNALE 2020
彦根が多彩な芸術をみるなかで、
私の人生にも新たな機縁が描かれた。
総合案内所――元ノムラ文具店。
閉店していることをその場で知る衝撃。
小学生のころ、よく図工でつかう絵の具を買いに行ってたけれど、
自宅近くにカインズができてからそっちに浮気して…。
この世は油絵みたい、塗りたくっても混ざらない
けど残るのは〈いちばんうえ〉の新しいものばかり。
でも新しい発見もあり。
お店だったころは絶対に行くことのできなかった地下に潜入。
内は真っ暗――かと思いきや、
風刺な3作品がガラス張りまるごと闇のなかからこの世に訴えかけていた。
なかでも心惹かれたのが、
ゲルニカ風なモノクロモチーフと「アベノマスク」との コラボレーション。
「アベノマスクをリメイクしました!」なんてことはよく聞いたが、
まさか「アベノマスクごと作品にしました」事例はきいたことがない。
はじめはクスッと笑ってしまったが、
目下、悲劇に抗おうにも無力なまま時間と苦しみだけが流れる、
悲しみというべきか、虚しさやもどかしさを秘めたやるせない感情を
観客に奮い立たせる作品にしばらく時間をゆだねていた。
そこから一転、ノムラ文具店の横の裏路地を抜けた先には、
レトロを切り取った風景がひらけた。
山の湯。
明治創業から令和まで、5つの元号をまたにかけた彦根唯一の湯跡。
まさか去年まで屋根上の煙突から湯気が立っていたとは、
驚きで逆上せそう。
しかし実は、銭湯なんて数えるほどしか行ったことなくて
「これぞ銭湯!」の基準がまるでわからない。
だからこそ入ってすぐの番台(というらしい)と脱衣所の境界が
皆無な粋っぷりに感嘆した。
今のプライバシーがちがちの世の中なら、一発お縄頂戴になりかねないのに
(でも去年まで営業されていたからOKなのか…)
なかでも一番興味がわいたコレ。
ウソ発見器かと思った。
見に来ていた別の お客さんに聞いたら大爆笑、ゲッラゲラ笑ってはった。
正解は手を使わず髪を乾かせるドライヤー椅子。
もはや一周回って最先端、そして電気代がヤバい。
肝心のアートは風呂場とはかけ離れた〈ふかふか〉にあふれた、
これまたピンク尽くめの空間。
浴槽はもちろん、椅子も桶も、アヒルも
ぜーんぶピンクのふかふかに侵食された空間。
でも自然と合っているところがまた面白い。
ちなみに、罪悪感なかば覗き込んだ男湯。
人がいた軌跡に群がるように、蝶ともみえる白い花弁のようなモチーフが
脱衣所をノスタルジックに描いていた。
それに相反するかのように、
浴室の大きさにつり合わない無機質な船が一隻。
けれどタイル床が青海を描き出し、
今にも船を沖につれていきそうな不思議な空間が
140年続いた小さなまちの銭湯に現れている。
どんなに慣れ親しんだまちでも、一手の芸術が加わるだけで
全く別の空間になる。
そしてそれは縁がなければ、出会えなかった空間でもあり、
そんな場所がまだまだここ彦根にはある。
2020年10月24日、次はどこに行こうか。
(写真・文 小林 真紀子)