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國廣再臨〜足利2日目②〜

うなぎをたべて元気いっぱいになったところでいよいよ足利城跡に向かいます! 


昨晩織姫神社に行った際に階段登るのが辛すぎたので、織姫神社口ではなく長林寺側から回ってハイキングコースに入ります。
(長林寺側から行けることは長林寺のガイドさんに聞きました)



長林寺駐車場にレンタサイクルを停め、すぐ横の斜面にかかるスロープを登っていきます。

このスロープがバカ長くてすでにめちゃくちゃツラい。

スロープの途中の景色
すでにメチャクチャ高い


やっと登り終え、織姫神社の裏まで来ました。駐車場とかありました。

ここからはコンクリートの道路を登っていきます。


緑のかたまりになってるところが鑁阿寺ですね!



ハイキングコースの入口近いですね



いよいよ入口まできました!

わかりやすい看板!

もともと平安時代から両崖山に城が築かれており、戦国時代に長尾氏が足利に入った後3代目政長が足利城を再建した流れが書いてあります。

ワクワクすっぞ!

それでは足利城跡にむけて両崖山ハイキングコースに入っていきます。

なんか…
なんか…


思ったよりも…メチャクチャ登山…………………

そもそも道がない………………………………………
岩…………………………………

え?「ハイキングコース」だからのんびり緑を楽しみながら山中を散策🎶🎶🎶ってイメージで来たんですけど…………………
ちがう…ガチ登山をしにきたわけではない…


すれ違う人はみな全身コールマンとかザ・ノースフェイスに身を包みバカデカアウトドアリュックを背負いトレッキングシューズを履いた上級登山者……杖とか持ってる人も多い…
みんな熊よけの鈴チリンチリン鳴らしてる…




全身GUに身を包み荷物はポシェット1つの人間なんて自分しかいない…………

というかここに来るまで足利城跡はオタクの必須スポットだと思っていたのですが街中にあんなにいたオタクが誰一人見当たらない……

私の後ろを歩いていた女の子たち足利城跡入口の看板のとこでUターンして帰っちゃったし……………………………………………………………………



これ死ぬんじゃね?と思いつつ引き返すわけにもいかず進んでいきます。

景色はメチャクチャ良い



足元悪すぎるしメチャ傾斜だしガチきつい
ランニングシューズで来てはいけない


 息が上がりっぱなしです。
学生時代ずっとハードめの運動部でしっかりスポーツしていたので体力はそこそこある方だと思ったのですがダメでした……
またひとつアアデンティティを失った…………
こうして色々なものを捨てながら人は大人になっていくのですね


あと700メートル…



ここ下れと???????
死ぬが?????





木の枝についている印をたどり道無き道を進んでいきます。
私はヘンゼルとグレーテル????????



途中で何十回も音声ガイド「小休止」を再生しました。電波が圏外だったので前野智昭もといマンバチャンだけが私の心の支えでした。
足を滑らせて崖から落ちて死ぬ前に「墓の前で音声ガイドを毎日再生してください」って遺書書いとこうか本気で迷いました。



あーーーーーッ!!!!!!
あーーーーーッ!!!!!!
やっと終わりが見えてきた!!!


この上が両崖山山頂

山を登り続けること約1時間半、両崖山の山頂・足利城跡にやっと着きました!!!!




本丸跡



けっこうせまいです

 昨日自画像で見た長尾氏当主らのお顔を思い出しながら、彼らがかつて見たであろう景色をぼんやり眺めて休憩しました。

風が爽やかでした〜!

全身GUの態度バカデカ休憩女を他の登山客の人たちが不思議そうな顔で見ながら通り過ぎていきます。
いま通ってきた道はハイキングコースのほんの一部で、さらに奥に連なる山々に道(道?)は続いていっています。



必死で城遺構をさがす


前の山火事の跡……
木が焦げてます



本丸跡
(この上にさっきの鳥居とかあります)


必死で城遺構をさがす



二の丸からの景色


ここまでガチな中世の山城初めて来ました。


長林寺所蔵の足利城図は大きい郭が描かれていましたが、実際はかなり小さく(山の険しいところにあるのでそんなスペース無い)本丸の床面積も2LDKのマンションくらいの広さでした。長林寺の図は長尾氏の権力を示すものだったというのに大いに納得です。

 生活用品の補給を考えると日常的にはとても住める場所ではないと思うので(山登りムリすぎたの私だけかもしれないですが)城主たちは普段は麓で生活して緊急時に両崖山に上がってきていたのではないでしょうか。


武と美展の図録より、中世の芸術そして長尾氏の芸術にみられる特徴はいつ死ぬか分からないギリギリの状態で生まれる「緊張感」ですが、この山城はその「緊張感」の最たるもののひとつとして感じました。
こんなところに城建てねばならないほどに荒れた世の中だったということをひしと思います。

堀川国広が山姥切国広を作刀したのは足利城であるという説がありますが(さよのすけさんの本より)、「緊張感」の美の極限の形態である山姥切国広が本当に「緊張感」で満ちたこの場所で生まれたのならば、長尾顕長や堀川国広がこの刀に込めた想いの大きさを考えてなんだかのどの奥の方がキュッとなる心地です。


30分ほどのんびり城跡の形跡を探したあと、下山していきます。


展望デッキがありました



関東平野が思ったよりも平野でびっくりしました
えっめちゃくちゃ平野じゃん




山火事防止のための4月から条例始まりましたね!



昼の織姫神社


下山しまくってやっと織姫神社まで降りてきました〜
帰りは全力を尽くし行きの半分くらいの時間しかかからなかったです。
行き帰り合わせて3時間くらいでしょうか。


めちゃつらかったけどどうしても行きたかった足利城跡に訪れることが出来て非常に満足です!
長尾氏のことを実体験として思い出に残せて本当に嬉しいな〜


 長林寺にチャリを取りに戻り、次は美人弁天に向かったことについて書きます〜






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