グッドデザイン賞受賞展は本当に“グッド”といえるのか?Change for Goodへの軌跡
「今のグッドデザイン賞は、“グッド”だと言えるのだろうか?」
2022年春、7年にわたり審査委員、副委員長を歴任してきた齋藤精一は、ある引っ掛かりを感じていた。
時代と共に変わり続けるデザインを捉え、その時々の“グッド”を定義し続けてきたグッドデザイン賞。その審査対象は広範なデザインに及び、審査での議論は意匠にとどまらず、より深い意味や社会的な価値や意義にも及ぶことが増えた。
そんな変化を目の当たりにし、「グッドデザイン賞自体にも、より変化が必要ではないか」と考えていたのだ。
例えば、プロダクトやファッションといった「モノ」を扱う分野では、地球環境や社会構造への負荷に関する議論が当然のように行われている。サプライチェーンや素材まで含めたデザインが問われるとも言い換えられるだろう。
グッドデザイン賞自体も社会や地球にとって“グッド”にデザインされなければいけないはず。その中でも特に齋藤が着目したのが、例年開催される受賞展だ。グッドデザイン賞「ベスト100」の展示を中心に、全受賞作品を発表するこの会。様々な興行などに携わってきた齋藤だからこそ、テンポラリーなこういった場をより“グッド”にデザインする重要性を感じていた。
そんな想いのもと、齋藤は2022年度の受賞展における総合ディレクターを担うことを決める。テーマに据えたのは「Change for Good.」という言葉。変わり続けるデザインの境界線を考え、GOODとBADを見極め、悩みながらも動き出すきっかけの場になりたい──そんな想いが込められた。
これを実現すべく、チームには、グラフィック、空間、マテリアルなど各領域の一線級のクリエイターを招聘。“グッド”を問い直すプロジェクトをスタートさせた。
グッドデザイン賞だからこそ、強いメッセージを打ち出すべき
「とりあえず“re”をつけるとかではなくて、もっと本質的なサステナビリティの議論に踏み込んだ問題提起をしたいんです」
2022年6月某日。オンラインで開催されたキックオフミーティングで、コンセプトディレクターとして招聘された、コピーライター/クリエイティブディレクターの小西利行はそう決意を表した。
10月の開催に向け、準備期間は約4カ月。例年通りの企画であればまだしも、過去のあり方を問い直す挑戦には、決して余裕はないタイミングでのキックオフだ。だが、そうした制約に甘えず妥協なき変化を志向する熱意が、小西の言葉の節々から溢れ出ていた。
小西「例えば、人的な労力を過剰にかけすぎないということも、結果的にはサステナビリティに寄与すると思うんです。『何でもかんでも素材をリユースすればいい』という考え方ではなく、もっと本質的な問題を提起したい。グッドデザイン賞は、年代を問わず世の中での認知率が高いもの。だからこそ、強いメッセージを打ち出すべきです」
コンセプトを担う小西は、キックオフ早々に受賞展の軸足となる「4つの視点」を提示した。
プロジェクトチームはこれらを体現する受賞展を形作る。コンセプトであり、チームにとっては行動指針のようなものだ。これだけでも難易度の高い挑戦のように映るが、齋藤は「ここにさらに言葉を付け加えたい」と言った。
齋藤「今回のプロジェクトを通して、新しい展示会の作り方を“レシピ化”できるといいなと思っています。イベントを作るとき、これはやるべきで、これはやるべきでない……そうしたポイントをレシピのようにできると、グッドデザイン賞のあり方が変わっていくのはもちろん、世の中に対するメッセージ性が強くなるのではないでしょうか」
打ち上げ花火のように“提示”して終わりではなく、今回のプロジェクトを起点に長く続く仕組みを構築することまで、齋藤の頭の中にはある。
少ない手数で、最大限の効果を引き出すというアプローチ
一方、実際にこうしたコンセプトを「実装」していく、グラフィックや空間、装飾などを担う面々は各々の分野でリサーチを重ねていた。共通認識として存在したのは、「素材」を見直す必然性だ。
本プロジェクトでアートディレクターを担うグラフィックデザイナーの色部義昭は、議論の取っ掛かりとして、リサイクル・再利用できるものを用いた空間構成や廃材などを使用した取り組みの事例を挙げた。
スイス発のバッグブランド「FREITAG」の店舗デザインや、本だった紙からできているノート「本だったノート」、処分される紙幣をそのまま座面に使用したスツール「VALUE」……今回の受賞展へ直接的に活用できずとも、参照すべき要素がいくつも見受けられる事例が次々と挙げられた。
また、色部は今回デジタルの重要性も初期から強調していた。
色部「『VIRTUAL TOKYO ART BOOK FAIR』でのチャレンジのように、デジタル化を思いっ切り進めるのも一案で、あわせて紙の削減も可能になるでしょう。加えて、デジタルであれば修正もスムーズにできますし、人間の消費カロリーを減らすという意味でもサステナビリティに寄与するのではないでしょうか」
この「人間の消費カロリーを減らす」という捉え方は、空間ディレクターを務める建築家の永山祐子も同意を示す。
永山「リユースは一見負荷が少ないように見えますが、その裏ではリユースするために膨大なエネルギーがかかり、実態としては全然サステナブルでないことも少なくありません。少ない手数やエネルギーで、最大の効果を得ることがとても大事ではないでしょうか。
例えば空間に関しても、作り込むことで仕上げるのではなく、グラフィックなどで定義したり……少ない手数だけれど空間性と特別感を生み出せるような、うまいコンビネーションをできないか。みなさんの話を聞きながら、そんなことを考えていました」
「少ない手数だけれど空間性と特別感を生み出せるような、うまいコンビネーション」──このフレーズは、今回の肝となる考え方になっていく。
環境負荷の観点で優れた材料を使うだけなら、そこまで難易度は高くないかもしれない。だが、いくら素材をサステナブルなものにしても、展示会全体のクオリティや統一感が失われてしまっては、元も子もないだろう。高い品質を提示しながら、負荷の少ないありかたを提示していく。展示会のみならず、今後あらゆるデザインに求められるであろう難題だ。
色部はニューヨークの「Hudson River Park」、イギリスのワイナリー「Rathfinny」、ニューヨークのマラソン大会「New York City Marathon」、ミネソタ州のサイン「Nicollet」といった参照例を紹介しつつ、「全部覆い隠すのではなく、線や点や棒など、ボリュームを少ないものでいかにしてデザインしていくかはポイントになる」と続けた。
こうした事例を通し、メンバーの議論の解像度は高まり、目指すべき方向性が徐々に像を結び始めてきたようだ。
マテリアルディレクターとして招聘されたプロダクトデザイナーの倉本仁は、ここまでの議論を受けて、「循環」という視点から「色」の重要性を指摘した。
倉本「素材そのものを環境負荷の低いものにするのはもちろん、使い終わったものが別のものになっていく、材料や什器の循環についても考えていかなければいけないなと思います。ただ、普通に何度も使えるような材料を使うだけでは、表現として注目を集めるのは難しい。そこで、『色』という観点は大事になるように感じます。どこにどんな色を当て込めば、目に残り面白い表現ができるのかという問いが見えてきたと感じました」
こうした視点に齋藤も同意を示す。
齋藤「使用済みの廃棄物であっても、ステッカーやアイデンティティ、ステンシルを貼ってあげるだけで、それはサインになる。少ない面積でどうアイデンティティを作るのか、今あるものに少しだけアドオンや見立てを足してあげることでいかにそれをサインにするのか。これは大きなポイントになってくるでしょう」
ここまでの議論をもとに、次のタイミングで色部から提示されたのが、グッドデザイン賞のキーカラーである「赤」を基調としたグラフィックデザイン/サインデザインのアイデアだ。
提案は二案あった。一つは、パネルを重ねるというアプローチで表現をかたちづくるもの。もう一つが、すでに公開されているWebサイトや各種グラフィックで展開しているものの原案。ラインテープのみで構築する、最もシンプルなアイデアだ。
この色部の提案と同時に、永山も前回の議論を踏まえた空間の設計案を提示。赤のストッキングを巻いた単管パイプを用いるという、こちらもシンプルなアプローチで作られたものだった。
双方の提案を受け、グラフィックと空間の双方の接点になる可能性があるのではという観点から「ラインテープを基調とした方向性ではどうか」と齋藤は応答。
永山も色部の提案と齋藤の応答を受けてインスピレーションを得たようで、その場でテープを基調とした空間デザインのラフスケッチを描き始めた。
永山「モノを足していくというよりは、空間を視覚的に定義するような役割に抑えるほうがいいですよね。もしかしたら、テープのみの方がいいかもしれない。例えば、奥行きのある空間なのでテープを空間全体にぐるぐると巻き、ゾーンごとにテーマやそれに関する言葉を重ねることができるかもしれません」
議論は抽象的なコンセプトから、細部にまで展開。展示台を膝上あたりまで低くすることで、空間全体の見通しを良くする方針が定まる。文字情報の出力方法、具体的な搬入経路の確認まで、その場で解像度の高い議論がなされた。
意味やメッセージ性と、クリエイティブの質の相克
以降1カ月弱は、制作の具体化が急ピッチで進む。
グラフィックは告知用のポスター類の入稿などを早々に対応しつつ、会場内のサイン・パネル等へと展開。一方の空間は、スケッチベースのアイデアを実装に向けて落とし込んでいくとともに、会場を管理する館側や周辺テナントとの調整や制約事項等を確認、それをもとに空間設計への反映を重ねていく。
一見すると地道な具体化作業のようにも見えるが、ここでもいかにサステナブルに実現できるかという議論は不可欠だ。
例えば、面材や什器類はレンタルを前提としたい。ただ、いわゆるイベント業者から借りるのではなく、関連する工場などから素材を借りて作る案も出た。モノの質感を見せることで、「循環」を体現させられるのではないか、といった意図だ。
一方で、「ハマった時は意味もあり、メッセージ性も感じられるが、バランスがずれるとみすぼらしく見えることもある」という指摘も。サステナビリティとクオリティ、両者のはざまで意見は何度もぶつかり合った。
具体的な素材、リボンをテープと生地どちらで作るか、素材の色をどれだけGマークの赤色に近づけるのか……現実的なスケジュールやコストとも天秤にかけながら、一つひとつディテールを議論していった。
8月半ばには、デザインのイメージがかなり具体化。受賞展はもちろん、祝賀会や大賞選出会、併設されるポップアップショップも含め、一貫した思想のもとに各々のデザインが見えてきた。
受賞者が受賞式で身につける胸章(ロゼット)も、小さなアイテムながら素材から丁寧に選定。倉本が丁寧にリサーチを重ね、再生素材メーカーのリファインバース株式会社によるREAMIDE®という素材を使用することとした。
最後に議論を呼んだ、「主役」とも言える存在
だが、9月中頃の会議でひとつ大きな論点になるものが現れた。
受賞祝賀会場で記念撮影などの背景としても使われるメインパネルだ。
「Change for Good」というコンセプトから考えれば、この象徴的なパネルは再生素材などを用いる方が道理が通る。だが、ハレの舞台という場の意味を踏まえると、果たしてここに(前の利用者が貼った素材を剥がした跡などが見える)リユースのパネルを使うべきなのか。
「最も華やかなところにリサイクル素材がドンと来ると、目立ち過ぎではないか」そんな懸念の声がでるのも無理はない。
だが、齋藤にとってもこのパネルは譲れないものだ。コンセプトに立ち返って考えても、改めて重要な意味を持つと熱弁した。
齋藤「……ここを変えないのはChange for Goodになれてないと思います。一番表に出る部分だからこそ、メッセージを伝える意味でもリユースパネルを使うべき。なんとか、ここは残したいです」
そんな一進一退の議論が続き、定例会議では時間が足りず別枠の時間まで設けられた。会期までもう数週間しかないタイミングでのことだ。
こうしてギリギリまで妥協なき議論を重ねながら、展示会のあり方を問い直す受賞展の実現を、一歩ずつ進めていくプロジェクトメンバーたち。
サステナビリティとクリエイティブのはざまで揺れながら、現実解を一つずつ探っていく。残された時間で、理想としている受賞展の形はいかに実現されるのか。
その結果は、10月7日(金)〜11月6日(日)の期間で披露される。是非現地に足を運んでみて欲しい。