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スクラップ&ビルドのイベントづくりから脱するために。齋藤精一が語る、“グッド”で美しいイベント実現の要諦

 10月7日(金)〜11月6日(日)に開催された、2022年度グッドデザイン賞受賞展(GOOD DESIGN EXHIBITION)。「Change for Good.」をテーマに、受賞作の展示に加え、展示会そのものをより“グッド”なものとする取り組みに挑戦しました(実際の成果物の詳細はこちら)。本記事では総合ディレクターの齋藤精一さんに、環境負荷の視点からイベントを問い直した軌跡を振り返っていただきました。

 「たった数時間のイベントのために、なぜ大量のゴミを生み出しているのだろう?」

2022年度受賞展の総合ディレクターに指名された時、私はずっと抱えてきた疑問に答えを出す機会をいただいたと思いました。 

これまで私はたくさんのイベントを手がけてきましたが、現場で施工から進行まで担当していく中で、いつも引っ掛かりを感じていました。これでいいのだろうか?社会、ひいては地球にとって、もっと“グッド”なイベントのあり方が存在するはずだ、と。

そんな積年の想いを込めたのが、「Change for Good.」という本受賞展で掲げたテーマでした。

業界の当たり前を変えられるのは、一つの“前例”だと思っています。「環境負荷に配慮したイベントは、工夫次第で開催できる」。そう証明できれば、後に続く人々も「自分たちにも出来るはずだ」と思えるはず。そのためにまず、グッドデザイン賞の受賞展で成功事例を生み出したかった。

本記事では受賞展を振り返りながら、“グッド”なイベントを開催するための要諦を記します。後に続く方々は、この記事を読みながら、ぜひ真似をしてほしいと思います。 

“グッド”なイベントの先例となり、ボトムアップの社会変革を

社会や地球にとって“グッド”なものづくりとは、いかなるものなのでしょうか?

2022年のいま、私たちはサプライチェーンや素材(マテリアル)、使用後の廃棄や再利用までを含めて、モノのあり方やものづくりのプロセスを再考する必要性に直面しています。

サステナビリティ、SDGs、サーキュラー・エコノミー……地球規模で進行する喫緊の課題を見据えた行動規範が、プロダクトやファッションなど「モノ」を扱う分野では当たり前のように議論されています。その最前線を審査しているグッドデザイン賞も──いやグッドデザイン賞こそ──“グッド”なものづくりの模範を示すべきだと思いました。 

受賞展の会場写真

そのために2022年度の受賞展では、グラフィック、空間、マテリアルなど各領域の一線級のクリエイターを招聘。コンセプトディレクターをコピーライター/クリエイティブディレクターの小西利行さん、アートディレクターをグラフィックデザイナーの色部義昭さん、空間ディレクターを建築家の永山祐子さん、マテリアルディレクターをプロダクトデザイナーの倉本仁さんに担っていただきました。

この“ドリームチーム”で、できるだけ廃棄物を出さない「Change for Good.」というコンセプトのイベントを目指しました。

什器は作るのではなく、再利用できるパレットを中心に構成。立派な内装材を一面に張り巡らすのではなく、赤いリボンテープを巻きつけるというシンプルな手法で、グッドデザイン賞の受賞展だとわかる意匠を凝らす。こうした工夫により、会期後に出る面材等のゴミを大幅に減らすことができました。

グッドデザイン賞にとって最大の晴れ舞台である受賞祝賀会でも、リユース材の使用を徹底しました。記念撮影の背景としてもよく使われる、受賞祝賀会場に配置された約15mのメインパネル(フォトコールパネル)も、面材にリユースパネルを用いています。前の利用者の跡が垣間見える剥き出しのリユースパネルに赤いテープだけ貼り、素材感を活かしつつもグッドデザイン賞らしいデザインを実現しました。

 受賞祝賀会という晴れ舞台、かつ全ての受賞企業名が書かれたメインパネルまでリユース材で統一することに、「やりすぎではないか」という声もありました。しかし、「Change for Good.」であることに徹頭徹尾こだわりたかった。

ここに集まってくる700人以上の方々は、ほぼ全員が何かしらの形でものづくりに関わる人たちです。だからこそ、その人たちが社会や地球にとって“グッド”なものづくりを体感し、インスピレーションを得てもらえれば、大きなインパクトがもたらせるはずだと思ったのです。 

私見ですが、「Change for Good.」を実現するには、大きく分けて二つの方法があると思います。一つは、政府や法律などからトップダウンで変えていく方法。もう一つは、ものづくりの意思決定に関わる人の理解を深めたり、マインドを変えたりすることで、現場レベルからボトムアップで広めていく方法です。

今回、私はグッドデザイン賞という“公益財”の力を借りて、後者の可能性にアプローチしています。作り手に率先して、“グッド”な手段を選んでもらいたい。そのために、身をもってあるべき“チェンジ”の姿を実践しようと思ったのです。

“グッド”なイベントをデザインする三つのポイント

今回の展示会を通して、“グッド”なイベントを作り上げるために重要だと学んだ点が三つありました。以下、そのノウハウをできるだけ具体的にお伝えします。

(1)マテリアルディレクターの設置
一つ目は、「素材(マテリアル)」の担当者を置くことです。

これまでの“スクラップ&ビルド”な展示会のあり方、つまり展示会のために素材を集めて、終わったら廃棄するというやり方から脱するためには、リサイクルやリユースができる適切な素材の見極めが重要です。

例えば、プラスチック一つとっても、廃棄物を焼却処分して熱を取り出す「サーマルリサイクル」の方法もあれば、プラスチックを成型し直して再生させる“Cradle to Cradle”な循環型プロダクトデザインの方法もある。ポリカーボネート、ポリスチレン、ABS樹脂など、プラスチックの種類もさまざまです。

そこで、素材の選定と使われ方を考える「マテリアルディレクター」が重要な役割を果たすのです。

今回の制作にあたっては、マテリアルディレクターの倉本さんに、受賞祝賀会で用いる胸章(ロゼット)のリボンにリファインバース株式会社の漁網を原料にした再生ナイロン樹脂素材「REAMIDE®」の採用を決めるなど、環境配慮に関する意思決定を担っていただきました。また環境負荷の低い素材を使うだけではなく、使い終わった後に別のものになる材料や什器などの循環についても検討くださいました。

他ではあまり聞かない役割名だと思いますが、“グッド”なイベント作りにおいては、マテリアルディレクターは不可欠だと思っています。

(2)「見立て」からデザインする
二つ目は、「見立て」からデザインを考えることです。

 リサイクル・リユースの素材は、再利用を重ねるうちに色が混じって茶色や黒色に近づいたり、汚くて安っぽく見えたりしてしまうという難点があります。しかし、「晴れ舞台」を作るにあたって、華やかな空間を実現することは不可欠です。

とはいえ、大きな面を作ってビジュアルをかたちづくると、その分塗装や印刷などでエネルギーや資源を消費することになります。そこで今回は「最小の要素で最大の効果をもたらす」という方針のもと、「見立て」を最大限活用する方針を取りました。 

具体的には、アートディレクターの色部さんの発案により、グッドデザイン賞の晴れ舞台だと一目でわかるよう、キーカラーである「赤」の線を基調にデザイン。結果として、グッドデザイン賞らしいビジュアルを実現したと自負しています。

(3)「終わり」を考えながらデザインする
三つ目は、「終わり方」を考えながら作ることです。

現代のものづくりは、「終わり」について考えられていないものが多い印象があります。例えば、私たちの多くは、壊れたパソコンをどうやって分解すればいいか知らないはずです。しかし、構造を簡易化し、誰でもバラして修理したり、環境負荷の少ないかたちで廃棄したりできるようにする……といった配慮が、これからのデザインには要求されると思います。 

今回の受賞展にあたっては、そうした「終わり」について考えながら、デザインを進めていきました。

素材が終わった後にどこに行くのかを考えながら、素材選定や設計をしていく。材料や什器は、片付け方を考えながら選定・施工する……こうした「終わり」の検討の積み重ねの結果として、今回のイベントが実現しているのです。

チームメンバー、そしてクライアントとの「チームビルディング」が基盤

ただ、これら三つを実践するだけでは、実は不十分です。いくら万全の体制を整えても、その大前提としてチームでの動きができていないと、「Change for Good.」は実現しません。

従来のように、空間やグラフィックなどの各パートが自分の領域だけを個別に考えているようだと、たくさんのゴミが出てしまう。お互いの領域に踏み込んで議論しなければいけません。そのためには、チームメンバーの信頼関係や共通理解が不可欠です。

例えば、色部さんが発案した赤いテープのデザインは、グラフィックだけでなく、永山さんが担当する空間全体のディレクションにまで影響しました。また永山さんも、空間のことだけを考えるわけではなく、どのような素材で空間を構成するのが望ましいかまで検討してくれていた。実際、誰かに頼まれたわけでなくとも、色部さんと永山さんそれぞれで「テープ」を研究されていて、会議でも各々の知見から検討を深めることなどが起こっていました。

お互いの領域にはみ出しながら、双方にとってベストな方法を議論できることが重要なのです。

メインパネルの前で、今回の展示会デザインに携わったメンバーで撮った集合写真。ディレクター陣に加え、共にプロジェクトに伴走した、ディレクターが代表を務める各社のメンバーも並ぶ

さらには発注者、つまりクライアントとの信頼関係も重要です。

今回の受賞展がうまくいった大きな要因として、グッドデザイン賞を主催する公益財団法人日本デザイン振興会(JDP)さんが、私たちがやりたいことに対して理解を示してくれたことが大きいと考えています。クリエイティブチームと依頼主(クライアント)が協力しあわなければ、“グッド”な取り組みを成立させることは難しいでしょう。

例えば、受賞祝賀会でリユースパネルを使用することに対して、実はJDPさんに一度反対されていました。大賞選出の場や祝賀会は“晴れの場”なので、ここだけはちゃんとしたい、と。

もちろんその事情は理解できますし、私も最初は頷いていました。しかし、後から少しずつ「やはり違うのではないか」と疑問が浮かんできた。そこで、「“ちゃんとしている”とは一体どういう状態なのでしょうか?」、「白い壁紙が重ね貼られていれば、それはちゃんとした状態なんですか?」……JDPさんと十分な議論と検討を重ねた結果、最終的には納得していただき、リユースパネルを使用することが決まりました。

JDPさんがこうして私たちの言葉に耳を傾けて真剣に議論してくださるクライアントだったこと、そうした信頼関係をクリエイティブチーム全体で築けていたことが、大きな成功要因だったと思うのです。

委託を受けて制作するものづくりにおいては、クライアントの方が「プロであるデザイナーにお任せします」と言ってくれることも多いです。しかし、作っていく過程で「これはやめましょう」とご意見いただくことも少なくありません。そこで、クライアントと議論できる信頼関係を構築できているかが試されます。

 ものづくりの意思決定者であるクライアントと、制作チームが一丸となって初めて、“グッド”なデザインは実現するのです。 

総括:「美しさ」と「グッド」のバランス感覚

 「全てが馴染んでいて、違和感がない」──受賞展が完成した姿を見た時、私はそう感じて、とても嬉しくなりました。

これは言い換えれば、「誰にも気づかれない」ということ。「リサイクルをしている」という自己主張がなく、現場ではその話題が一切出ないであろうということです。後から知って、「え、本当にほとんど全てをリサイクルやリユースの素材で作っていたの?」という反応が得られるくらいが、あるべき姿だと思うんです。

今回の受賞展でリユースパネルの使用が成功したと言えるのは、「美しかったから」だと思っています。

晴れやかな場の雰囲気に飲まれることもなく、リユースの素材感が浮くこともなく、見事に調和していました。

大切なのは、美しさという“アクセル”と、環境負荷という“ブレーキ”のバランスです。

リサイクルやリユースのことばかり考えていては、使える素材が限られてしまい、デザインで表現できる幅が狭くなってしまう。ブレーキをかけすぎて、スピードが落ちてしまっているようなものです。

見た目の美しさを犠牲にせず、環境にも十分に配慮した、最適な“グッド”を探求し続ける。それが最も大切ではないかと思います。

もちろん、「これで唯一の正解に到達した」などとおこがましいことは思っていません。

次年度以降はさらに徹底してゴミをなくしたいですし、廃棄物を別の素材として再利用したい来場者とマッチングし、最後のベニヤ板一枚まで次に欲しい人の手に渡る仕組みも作ってみたい。

 もっと言えば、物理的な素材だけでなく関わる人たちの関係性も、よりサステナブルなものにできると考えています。最近、審査委員や受賞者を対象にDiscordコミュニティの運用を始めました。SNS上で打ち上げ花火的にグッドデザインに関する情報を出すのではなく、ものづくりに携わる熱量の高い人たちを中心に、緩やかなコミュニティをじっくり育てたい。そんな場を構築できないかと実験を始めたのが今年です。

ここまで、受賞展を通じて試行錯誤してきた「レシピ」を公開してきました。前例があり、レシピがあれば、車輪の再発明はしなくて済むはず。「齋藤がやってたんだから、自分たちにもできるはずだ」と、私のせいにしながら、ぜひトライしてみてください。

私の残した一つの前例が、長きにわたって続く「Change for Good.」の流れに繋がることを願ってやみません。