社会との関わりとしての住宅〜2021年度グッドデザイン賞 審査ユニット11(建築(戸建て住宅〜小規模集合・共同住宅))審査の視点レポート
今年の審査を振り返って
藤原 今年は数年ぶりに、この住宅の審査の視点を大きく見直しました。重視したのは、住宅を社会にどのように関わらせていくかという点です。それはどういうことなのかと深く考えていくと、「暮らしのスタンダードを作っていく」ということだと思いました。住むための場としてどう優秀かということもあるのですが、そもそもどんな暮らしを目指しているのかという点を意識して、住宅を造ることに取り組んでいるかという観点を評価していこうという方向になっています。
最近の審査結果を見ていると、このユニットに応募されるものも、小さいけれど地域の核になるようなものが増えています。小さな活動の輪がSNSなどを通じて徐々に大きくなるという時代でもあるので、そういった小さい起点から大きな波を起こそうとしているかどうか、地域や都市計画や地域計画の大きな部分に入り込もうとしているか、という意思についても評価していきたいと考えています。
世の中には建築賞というのはかなりたくさんあるのですが、その中でもグッドデザイン賞というのは、建築以外の人に建築が何をやろうとしているかを伝えていく、という意味で、社会との接点を作る非常に重要な賞になり得ると思っています。
今年のグッドデザイン賞全体のテーマが「希求と交動」と掲げられていました。「希求」というのはのぞみ、求むということと、「交動」というのは、どう交わり、どう動くべきかという視点です。この先、10年、20年、30年の先を見据えて、今やらなければならないビジョンをどう作るかということだと思います。コロナ禍でこの2年間世界中が大変なことになり、もう一度われわれの暮らしを見直そうという動きが出ています。そもそも何を目指すべきなのかという目標地点の再設定が行われつつあるのではないかと思います。それは、建築という形ではなく、活動に表れてくるかもしれないですし、企画に表れるかもしれない。実はグッドデザイン賞ではそこを一番評価していかなければいけない部分なのかなと思っています。
それから、東日本大震災の発生から10年という節目を迎えました。それ以降も日本では頻繁に災害に襲われていますが、そのような中で、建築という生活を支える基盤がどうあるべきなのかということも問われています。「希求と交動」というのは、まさにこの住宅分野にとっても非常に重要なテーマとして審査をしていたと感じています。
建売注文住宅 [ニセカイジュウタク]
藤原 ハウスメーカーと若手の建築家が組んで、建売のような注文住宅のような不思議な企画を作ろうとしているところが面白いと思いました。ベスト100プレゼンテーションを聞いて分かったのは、この企画がうまくいったので、モデル化しようという動きが出ているそうです。
両面から2つの道に面している場合に、路地を通して両面から使っていくような、まさに2つの世界の、2つの機能というか、2つの玄関があるような住宅をモデルとしても展開が起きそうだということでした。こういったコンペで若手建築家が選ばれて、それを建売で作って、それがモデルになって町をつくっていくというのは、すごくいいなと思いました。
手塚 町との関わりがうまくできていますよね。庇のところの空間がぐるりと回っていて、それで中の生活が何となく自然に外にはみ出ていくような作りになっています。そこで座っていると近所の人と会話もできます。そのあたりの関係性がうまくできそうなところがいいなと思いました。二世帯をニセカイと読み替えた、うまいネーミングだと思うのですが、単なる二世帯住宅を超えて、地域ともつながろうという意思を感じる、いい作品だと思いました。
千葉 従来、二世帯住宅というと、2つの世帯が一緒に暮らしているけれども別々という関係が多かったと思いますが、ここでは2つの世界の絡み合い方がうまくデザインされています。例えば、仕切り方で一体的にも使えたり、見えるけれども行けないとか、そういういろいろな関係が生まれそうな可能性を感じます。たぶん、それは二世帯だけではなく、例えば在宅勤務が増えて、少し別々に仕事の時間を持ちたいとか、あるいは家の中で何か商売を始めるとか、いろいろなことを受け止める可能性が生まれる点でもおもしろいと思いました。
網野 こちらは準防火地域での木造3階建てで、防耐火規制の読み解き方もとても面白いと思います。庇がぐるっと回っていて、それが外に対してコミュニティの場を提供しているのですが、準防火地域であるということで外壁を1m以上セットバックしなければならない。そのセットバックした余地をどうしようといったときに、こういったあまり見たことがない回り庇が出てきて、それがまた場としての意義を生んでくるという、そういった面白さもあると思います。
手塚 たいてい二世帯住宅というのは、建てるときは親がまだ元気なんです。でも、だんだん親が年を取ってくると、生活も変わってきて、親と子の関わり方もどんどん変わっていきます。ですから今までの二世帯住宅のように、ぱつんと分かれて別に生活をできますよというのだと、なかなか生活の変化に対応できなかったりします。こういうふうにフレキシブルにつながり方を変えられる状態だと、ライフスタイルの変化にも対応できそうですし、そのあたりは期待できそうだと思います。
藤原 元商店街という文法をうまく取り入れて、商店街にもなれるし、住宅地にもなり得るという面もあります。今の日本の町並みはおしなべて中間的だから、そういったことをむしろ生かして、日本の町にしかあり得ないタイポロジーに育っていくと面白いなと思います。
手塚 集合住宅でも、例えば、1階は必ず町に開くというような作法が出てくると、町はもっと豊かになっていくと思います。
住宅 [南三陸の家]
藤原 こちらは他のユニットの審査委員からも大変共感が集まったプロジェクトです。集団高台移転ではなくて、個人が自分で土地を見つけて高台に移った単独高台移転です。2012年ぐらいから、建築家が友人として施主さんと一緒に、廃田になった田んぼを復興したり、そこで採れたお米でお酒を造って売ることを手伝ったり、収穫祭というイベントをコンサートに仕立てて田んぼの中でやったり、そういう活動を丁寧に10年間やって、ようやくこのフェーズまで至ったという、まさに復興フェーズから次の未来に向けた地域計画のフェーズに移っていくというプロジェクトです。こういった民間から新しい町づくりのアイデアが出てくる事例というのは、大変重要なことだと議論が展開しました。
住宅なのですが、民宿にも変えられるようになっています。住み替えとか作り替えという機能が変わっていくことも、最初から盛り込まれているという点でも、今後さらに10年ぐらいかけていろいろなプロジェクトを加えていきたいと施主さんは思っているようです。まさにここを起点に、高台に小さな暮らしが宿ってくれたことを、最初にこういう軸線をしっかりやって、大空間で周りを支えていくようなものをまず基礎みたいに置くことで示したのは、なるほどという感じがしています。非常に練られた建築だと思います。
千葉 東日本大震災以降、多くの地域が高台に集団移転したのですが、それについての賛否は長い間、議論が続いています。例えば、高台に移ってしまうことで、それまでのなりわいとの分断が大きいのではないかとか、いろいろと言われていた中で、こういうふうに積極的に高台に行って、そこで新しい生活拠点を作っていくということは、力強くて前向きで勇気づけられることだなと思いました。そういうことをきちんと建築の問題にして、これからのこのエリアの核になっていきそうな、そういう可能性も感じられてすごくよかったです。
手塚 海との記憶、津波の記憶は本当に忘れがたいところがあるでしょうから、その記憶をとどめるために高台で海に向かってシェアスペースが開いているというストーリーも説得力があるように思いました。
暮らし方としては、将来民泊にするからということで、コモンスペースと個室とが分かれているのですが、住宅の造り方として、自分たち個人だけのための住宅ではなくて、将来誰かが入ってくる、そういう設定を考えながら住宅を造ることは、今後も大事になってくるのかなという気がしています。自分のライフスタイルも変化していきますし、それに合わせて家族ではない誰かが入ってくると、いろいろな可能性が出てきます。人とのつながりが出てくるから、誰かが入ってくるということを想定した住宅の造り方というのは今後参考になると思いました。
網野 震災を経験されたことがすごく大きいのか、生き延びなければいけないという力強さを非常に感じます。今後、人口が減少していく中で、こうやって民泊を予想しておくとか、自分で生活を生き延びるためのサブシステムのようななものを自分たちで作っていくという、家づくりの中にそういう考え方を反映しているというのは重要だと思います。
藤原 民泊としてももちろんいいだろうし、それが住宅としても適度に個と個の距離があって、自立した人間が育ちそうな家だなと思います。誰もが自立した力を身に付けなければいけない中で、都市部と地方で同じ住宅が建つのではなくて、地域の中で経済力や自立する力を育てていくような住宅とは何なんだろうか、ということを考えていくのは、非常に有意義なことだと改めて思います。
戸建住宅 [志摩の家]
手塚 これはクライアントの方がお医者さんで、別の地域から短期的に病院にやってくる研修医が、昼間は仕事、夜はホテルに寝に帰るだけで、研修期間が終わるとそのまま離れていってしまうという状況をなんとか変えたいというところから始まっています。クライアントは志摩の魅力を伝えたいという思いを強く持っておられ、研修医の方がこの家に自由に集まって、みんなで泊まったり食事したりして、志摩の良さを感じられる場所にしたいということで造られたそうです。個人の住宅を造るときに、それによって社会を変えていこうという強い意思を持って造ったというところが何よりすばらしいと思います。
他にも幾つか例が出ていますが、自分の家を造るということはただ単に自分の生活のためだけではない、それを通じて社会と関わっていく拠点にもなるし、社会をよくしていくきっかけにもなるということを、もしみんなが考えるようになって家を造ると町もどんどん変わっていくだろうし、社会もどんどんよくなっていくだろうと思いました。
藤原 この建築家のナノメートルアーキテクチャーの方々がそもそもこの地域の大学を拠点としています。そこで町づくりサークルのような活動の中で、三重大学の医学部の方と知り合って、実は地域医療がすごく大変だという話を聞いたそうです。田舎にはあまりお医者さんが来てくれないという問題があるということに気付いた。どうやって地域にお医者さんが赴任してくれるのかということを、医療関係の方々と長い間考え続けているプロジェクトです。地域医療は、どこかの分野だけで一気に解決する分野ではなくて、いかにみんなで立て直すかを考えなければいけない。そのときに、研修医制度では滞在中にホテルに泊まっていることが問題の一つだと院長先生は考えたそうです。ホテルに泊まって病院で研修していても、その地域の魅力は伝わらない。そこで、地域の暮らしともう少し関係のある宿舎があれば、この地域で暮らしてみたいと思って赴任しようということが起きるんじゃないかというアイディアです。インターン制度という医療の制度が実は空間化されていないことが問題だと、お医者さんが気付いたというのはすごいことだと思うんです。それを建築家と一緒に長い間、どうやったらやれるのかと考え、じゃあ僕がやるよ、と言うので、自宅の敷地の中にそういうものを造り、地域のお医者さんになろうとする人がここで研修することで、もう一回伊勢志摩に戻ってきたいと思ってもらえる仕掛けを作ったのです。各地にこういうものができて、地域で医療に関わることがすばらしいことだという動きになっていくと、医療と地域計画というのはもっとつながっていく可能性が出てきます。小さいけれど、未来を変えていくようなプロジェクトではないかと思います。
千葉 医療は、病気を治すという直接的な面だけではなく、こういう地域に研修医時代からやってくることで、その地域の文化に触れることからすでに始まっているとすると、患者を診るという医療行為だけではなく、そこでの生活などさまざまな背景も含めて引き受けていくような医療の姿勢にもつながりそうな可能性を感じました。
網野 私は今年から審査委員を務めていますが、グッドデザイン賞では全般的に、公の空間に参加していこうというか、みんなのために参加していこうというプロジェクトがたくさん見られたように思います。これはとくに今年がそういうことなのか、それともこういう傾向が徐々に強まってきているのか、どうでしょうか。
手塚 少しずつこういった傾向のものが出てきていると思います。以前の受賞作で記憶に残っているものは、おばあちゃんが自分の自宅を建て替えるときに、1階をピロティにして、隣の保育園の園庭として使わせてあげるという案件がありました。とてもいいプロジェクトだなと思って印象に残っています。個人がそういう視点で考えて、家を造り始めるというのは少しずつ増えている気がします。
小さくても地域の備えとなる災害支援住宅 [神水公衆浴場]
藤原:これも本当にすばらしいプロジェクトで、今年のグッドデザイン大賞候補であるファイナリストにもなりました。クライアントが熊本の大地震で被災して、その中でお風呂がどれだけ日本の災害社会において重要な存在だったかということに気付いた、というところからスタートしています。被災時に設備が壊れた温浴施設に通って、汚れた水の中で体を洗わなければいけないという経験をして、地域の中に銭湯があるということが復興の支えになると気付いたそうです。それで、自分の家を建て替えるときに、それを銭湯にしようと思いついたそうです。
その地域で新しい銭湯を造るのは、実はもう二十何年ぶりだったというお話もありました。つまり、銭湯は減る一方で、地域のインフラがこの二十何年か弱り続けていたということだと思います。彼らはそこで自分たちの構造設計事務所をやりながら、銭湯を営みながら暮らすという、自分たちの生き様自体もデザインしてしまっているといえるでしょう。これは他の審査委員の皆さんからも、共感が多く集まりました。
千葉 こういったインフラが重要だとか、こういうのがあったらいいということは誰しも思うことなのですが、それを実践に移すというのはなかなかできることではないし、勇気のあることだと思います。資源をどう使うかという意味でも、これからの時代に考えなければいけない視点を提供してくれたと思います。1階に銭湯が顔を出していて、町並み自体が変わるというか、そういう可能性も感じる非常に魅力的なプロジェクトです。
手塚 すごくいいなと思ったのは、審査資料として提出されたビデオを見ていたら、ここに住んでいるクライアントのお子さん4人が、朝みんなで掃除をしていました。子どもたちが銭湯の前を毎朝掃除している。それだけで町の人はもうほほえましいから声を掛け合うし、絶対にこの町の人たちはこの銭湯のおかげで知り合いになる人も増えるだろうと思いました。本当にすばらしい。
藤原 CLTという新しい構造建材を使っているのですが、CLT自体は補助金があるから安く使うことができるのですが、実は金物がすごく高いんです。それで、金物を使わないCLT工法を考えて、ローコストで新しいCLTという構造材を使う方法を編み出しています。自分以外の人もこれはできるぞという仕組みとして設計できているのが、本当にすごいと思います。
手塚 自宅を造るだけでもお金は大変なのに、銭湯まで造るのはすごく大変だったと思うのですが、それをローコストな建築方法も開発しつつ、経済的にもなんとか成立させていくという、その仕組みづくりもすごいですよね。
藤原 ほかにも面白かったのは、働き方改革とコロナ禍によって、5時以降誰もいない事務所に家賃を払ってもしょうがない、家で働いて、どうせ家で働くなら番台で働いても大して変わらない、とクライアントの方がおっしゃっていました。そういう柔らかい思想で、ウィズコロナ、アフターコロナの世界に対して柔軟に対応していて、そういうふうに未来は作られていくんだなということも感じました。
手塚 固定化されたライフスタイルだけではなく、本当に可能性は増えましたよね。オフィスに行かなくてもどこでも働けるというのは、このコロナ禍でみんなが学んだいいことだなと思います。
網野 集落への展開もとても期待されると思います。一般家庭が全部設備をフル装備して、おのおのでエネルギーを消費して閉じこもるということがあるのですが、誰かの家にお風呂をもらいに行ってもいいじゃないかという発想はすばらしいなと思います。実際、昔の日本の中山間地域では、かわりばんこにお風呂を造っていたんです。今日はあそこのうちでお風呂だよというふうに、もらい湯という形で、資源をみんなできちんと管理していたことを思い出しました。
千葉 家が持っているいろんな機能のどれか1個が特化されると、それだけいろんな可能性が開けるんだというのが新しいと思いました。例えばお風呂を大きくしたら銭湯になって、例えばキッチンを大きくしたら、みんなで食べられる食堂になる、などです。個室が増えるとみんなで泊まれる空間になるといったように、今まで一通り満遍なくあるといったものが少し変わっていくだけでも、新しい可能性が生まれるというのが面白いと思います。
店舗兼住宅 [houseS / shopB]
藤原 働くことと暮らすことをどう融合するかという提案は、今年は多くありました。京都の路地があって、道こそが活動の場であるというような町であっても、マンションが立ち並んで、京都という町らしさがなくなりつつあるような状況で、それに対して働きながら暮らすという京都の文化を戸建て住宅からどう作れるのかということをクライアント自身が非常に考えておられたそうです。自分たちで古本屋を営みながら、古本屋だけだと経営的にも厳しいので立ち飲み屋もやって、それが町のコミュニティの核になっていくというようなことを目指しています。住宅の造り方をちょっと変えるだけで、そういう町のコミュニティ・スポットができるんだということを示してくれました。細長い家のデザインも面白いデザインだということで話題になっていました。
手塚 町に開いた本屋というか、これだけのフロントが町に開いているという感じがいいです。薄くて長いから、インパクトがあるというか、物量がそこまでなくても町との関わりは増えるし、自宅の本棚を町の人の本棚にしたような感覚に近いのかなという気はしました。
千葉 最近、家開きを多くの人が試みて、どうやって家と地域の接点を持たせていくかとか、家がどういうふうに地域に貢献できるかという課題がありますが、そういうときに無理にやるよりも、自分の好きの延長でできるというのはすごくいいことだと思います。その人のそれまでの生き様や、あるいはその人のアイデンティティの伝わるような、そういうことを通じて家が社会と関わっていくというのはとてもいいことだなと思いました。
藤原 別のユニットの審査委員の方がおっしゃっていたのは、儲からないけどやっている、というようなプロジェクトが多く見られましたよね、ということでした。儲からないけど、というのは面白い言葉で、大事なことなのではないかと感じたそうです。つまり、儲けを目的にしていないと、それでもやる理由があるということが大事で、そういうことが今、大きな社会のグルーヴになってきていて、それがグッドデザイン賞をやっている意義にもなりつつあるのかもしれません。元々グッドデザイン賞はよりよい生活を目指す製品を探すことから始まったと思うのですが、儲からないけど、こういうのをやっているのがいいよね、という認識を共有するような、そういうコミュニティの場にこの賞自体が育ってきているのかなというふうにも感じています。
手塚 「豊かさ」が儲けることだけではなくて、人とのつながりという視点に向かって動いているというのはとてもいいですよね。
藤原 家を建てるだけでもお金がかかるのに、それを古本屋にするとなると、床面積も増えてしまう。だから、建築家としてはいかにコストを抑えながら美しいものにするかというふうになります。例えば、この案件では壁をできるだけオープンにしてコミュニティをつくりたいということだから、ガラス面を増やしたい。でも、そうすると構造がほとんどなくなるので、柱を支える斜めのブレースという構造を取っています。そうするとぶつかって歩けないので、床に段差を付けて歩けるようにして、床に段差があることで道とお店が不思議な距離感になって、むしろよくなるというふうに、すべてが論理的で、確かにいいねということを積み重ねています。こういった建築が、社会に対して必要なものを組み合わせて、しっかり美しいものを造るということは、建築をやっている人への信頼を高めてくれるとも感じます。社会の中での一つの指標になってくれるプロジェクトだと思いました。
複合施設 [ミナガワビレッジ]
藤原 リノベーション案件での応募が今年は多くあり、日本に限らず台湾や中国などでも再生プロジェクトがこれから増えていくのかなと感じました。その中でこのプロジェクトでインパクトがあった点は、もともと違法状態だった建築を六十何年ぶりかに確認申請を取り直すという法律の部分できちんと支えたというのが、他にはない事例かと思います。
今の町を法律という観点からもう一度見直して、そこをごまかしてやるのではなく、きちんと法律と向き合ってデザインを組み立てていくということが、実は経済も動かすし、いろんなプロジェクトへの波及効果を持つということを感じました。
千葉 単なるリノベーションではなく、減築も曳家もやっていて、ありとあらゆる手を尽くして、法的なことから、これからの新しい活動の場としての在り方を探っていて、そのエネルギーがとにかくすさまじいと思いました。大きなエネルギーが注がれたものは、素朴に人の心を打つと思います。
手塚 こうやってがんばって残すことで歴史も積み重なっていきますし、人の記憶も残っていきますし、そういう意味でも町を良くしていく方法として、すごくいい取り組みだなと思います。
網野 脱炭素社会と最近よく言われますが、脱炭素社会を実現しようとすると、RC構造やS構造はやめて新しい木造建築を造っていこうということになります。でも、こういう既存の建物は言ってみればすでに多くの量の炭素を固定してくれています。建物を残しておくのがいいのか新築するのがいいのかということを採算性だけで考えると壊してしまうという話になりがちです。これはたぶん築60年ですが、こういうことをやるとさらに20年くらい耐用年数が延びます。それだけ炭素固定してくれるわけですので、脱炭素社会を考えていくときに、既存ストックをどうするのかということはきちんと考えていかなければいけないと思います。
藤原 違法なら壊しても仕方がないということになりがちなのですが、実は丁寧にやっていくことで、残したり、改善化できる方法があると分かれば、それはある意味、セカンドオピニオンといえるのではないかと思います。壊すというのは死んでくださいということだから、世代交代するのか、ちゃんと外科手術をして自分のままもうすこし長寿命化して生きるという選択肢もあるということを示せるだけでも、社会の中での意義は大きいと思います。
病院 [緩和ケア病棟 いまここ]
藤原 シェア型のホスピスという、今まであるようでなかった終末期の過ごし方で、みんなで空間を共有しながら豊かな大きな家みたいなところで最期の時間を過ごすというプロジェクトです。患者さん同士の交流や、お見舞いに来た家族同士の交流が起きる空間が重要だということで、院長先生が敷地の中でこのホスピスの空間を雑木林と一緒に取って、建築家と一緒にシェア型のサロン型のホスピスを造ろうと考えた。これも病院と家の中間的な居場所でもあると思います。今後ますます住宅や集合住宅を造るときに、医療の問題は避けて通れないのではないかと思います。家で死ぬか、病院で死ぬかということも含めて、そういうことを社会全体が真剣に考え始めたことの一つの現れだと思いました。
千葉 どんな局面にあっても、社会とつながっていると感じられるのはとても大切なことだと思います。それがごく自然にできている空間で、他の患者さんもいたり、あるいは他の家族の方も含めて、皆さんの気配や様子を感じながら過ごすというのは、心のケアとしても重要なことなのだろうと思います。こういった姿勢はこれからますます重要になるのかなと、そういうことも考えさせてくれるプロジェクトです。
藤原 今までの現代建築のさまざまな試みが、こういう空間一つ見ても、設計者がいろんなことを学んで、ここに取り入れているということを感じるデザインになっています。建築が社会の様々な期待に応えられる引き出しや方法として、ようやく成熟してきていると感じます。われわれ建築に関わる人がそういうことに誠実に気付いて、要望がなかったとしてもそれに向き合って社会に対して接続していくような姿勢を持たねばならないということを、今年の審査では感じました。このプロジェクトもそういうものの一つかなと思いました。
Q&A
質問 グッドデザイン賞で応募される住宅の中には、それぞれ個別解を志向するような、固有の条件を備えた住宅と、一定の商品性や提供性を前提として、企画を伴ったような形で提供される住宅、それぞれに応募がありますが、それぞれにおいて審査においての読み解きのポイントがあるのか、それともやはり違うのでしょうか。
藤原 審査をしていて印象的だったのが、工業的というか技術的なアプローチのものについて、商品化を目指して技術を捉えるとやっぱり囲い込みになってしまいます。自分たちの持っている技術を組み合わせて商品を作って、商品が売れれば特許が取れるという考え方になるのですが、そういう時代はそろそろ終わっているのかなと正直感じています。みんながまねをして、みんながその技術を使うことで起きるプラットフォームとしての価値のほうが遥かに大きいので、できる限り技術を開いていく方向で企画を考えないと、クローズにしてもほとんど影響力がないというのは正直思いました。
建築の場合は合法的合理性もあるので、例えば、住宅をずっとやっていたメーカーがオフィスに参入するといったときに、今の時代、オフィスは100年、200年どう使うかという議論がされているのですが、住宅は長いこと30年スパンで建て替えていたので、住宅からすると50年でも長いと思うのですが、その時点で社会の議論にはもう追い付けていないわけです。そういう意味では、自分の業界の中の視点に狭く縛られないで、どうやって大きく社会に開いていくかということを考えないと、ブレークスルーは起きにくいと感じます。ビジネスとしても新しい展開には結び付かないだろうと思いますし、工業化だから、商品化だからどうというよりは、社会の希求と交動に、自分のプロジェクトがどう関わろうとしているのかということを、自分の業界を超えて見るということが重要なのかと思います。グッドデザイン賞は、様々なジャンルで議論して審査しているので、その業界だけを見ているということでは全くないんです。
手塚 基本的には商品化だろうが、商品化じゃなかろうが、その家で暮らす人の生活をよくするということはもちろんありますが、それにプラスして、社会をどうよくしたいかという視点を持って作っているものは、共感してくれる人が増えると思います。商品化住宅も最近少しずつ、1階を店舗にするようなものも出てきていて、ライフスタイルを少し変えたものもできてきていると思います。住宅を町とどうつなげていくか、そういう視点は今後より大事になっていくと思います。
ライフスタイルもいろいろ変わっていて、家族の在り方もどんどん変わっている中で、昔からの一般的な家族だけではなくて、近所の人たちも家族になり得るというような社会を目指していかないといけないんだろうなと最近、強く思います。そういう社会をつくるためのツールとして住宅が役に立っていくといいなと思います。
まとめ
網野 私は木造建築を専門としていますので、その視点からお話させていただきますと、最近、改正木促法というものができました。公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律というのがあって、それが改正され、公共建築物だけではなくて、民間の建物もどんどん木造化、木材利用を進めていきましょうということになっています。とてもいい流れだと思います。今回の応募されたものを見ても、木造の建物が多かったのですが、やはり感じるのは、大都市の大きな建物を木造化していこうということがあります。その議論の中から、われわれの日々の営みや、地方都市の在り方というものが漏れてしまっているような気がするんです。実際に今、人口が減っていて、中山間地域もだんだん経済的に弱くなって、僕たちの社会は今、未来を真剣に考えないといけない時代だと思うんです。その中で今回このユニットから、たくさんの小さきものの力強き声が聞こえてきたと思います。
最終的には自分たちの暮らし方、自分たちの社会、日々がどうなっていくのか、ということが大切なことだと思います。例えば、今回の審査結果を行政の方にも見ていただいて、持続可能性をつくっていくことができればいいのだろうと思います。持続可能な社会をつくっていくということは単に産業的なお話だけではない、単に環境的な話だけでもないのだということ、われわれの日々の営みがとても大切なんだということ、そういう考え方が広がっていけばいいと思いました。
千葉 審査のプロセスでは有意義な議論ができて、私自身もいろいろなことを考えさせられました。ちょうど東日本大震災から10年経ち、この2年ほどはコロナ禍で、いろいろな意味で自然と向き合う時間が長かったと思います。東日本大震災のときはみんながどうやってつながるかということが議論になっていましたし、コロナ禍ではみんなが離れなければいけなくなったのですが、だからこそ逆に、どうやってみんながつながるかということをあの手、この手で探ってきた時代だったと思います。人間は誰かと一緒に、何らかの形でつながらない限り暮らしていけないというごく当たり前のことを思い知らされた10年だったと思うんです。
そういうことが今回審査した住宅群には具体的な活動や実践として表れていて、それはとても勇気づけられることだったと思います。
災害や自然と向き合う中でどうやって人々が一緒に暮らしていくのかということを考える。そういう意味では、住宅が単なる器から場になったというか、そういう印象を強く持ちました。
これが一つ一つ実践されていくことで、これからの住宅の在り方や、あるいは住宅の供給のされ方が変わっていくきっかけになるといいのかなと思いました。
手塚 住宅を審査するユニットでしたが、単なる住宅ではない住宅がたきさん出てきて、世の中にこんなすばらしいことを考える人がたくさんいるということを知って非常に励まされました。自宅を造ることで社会のために何かしようというのは、簡単に踏み出せることではありません。土地の問題もあるし、お金の問題もあるのですが、それを皆さんいろんな努力をしてやってのけてくれているというところが非常にすばらしいと思いました。
震災では人とのつながりが大事だなということを実感させられましたし、さらにコロナ禍になって、自分の生活の仕方や働き方を改めて考える時間ができて、本当の豊かさとはなんだろう、どうしたら、よりよい社会をつくることができるのかと考える時期に来ていると思います。よりよい社会をつくるための住宅の在り方に向かって、みんながいろいろ気が付いて、実践された作品がまたどんどん増えていくといいなと思っています。
藤原 建築は建物を造るだけではなくて、仕組みをつくったりする側面もあるんだなということを改めて感じさせられました。医療や福祉といったような、大きな広がりの中に企画を作ろうという人たちが社会にたくさんいるということで、本当に励まされました。
今回取り上げることはできませんでしたが、地域の工務店が林業や地域の在り方を捉え直して学んで設計の力を付けて、そこで十分な力を発揮したようなレベルの高い企画もたくさんありました。しかもそれらがグッドデザイン賞に応募することで評価されて、事業を発展させているという事例もたくさんあって、継続的にデザイン賞があることで起きる良い循環だと思いました。
そういうのはいずれさらに大きな評価をもらえることもあるかもしれないし、賞で影響がなかったとしても確実に地域が変わっている実感というのは、当事者が持っていると思います。それが継続してくれることを期待したいなと思います。