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番外編:監査法人とある会計士A②

6月X日、監査法人の職員全員が待ちわびるアサイン表が部署全体に通知された。早速メールを開いて内容を確認すると想定通りK社監査チームの者はほとんど面識がなく、名前する聞いたことがなかった。通知後5分もしないうちに「浅野さんグループBに異動になったんですね!」「引き続き主査としてよろしく!」等上司、同期、部下からのチャットが飛び交った。事務所にいると、これらの対応に1人当たり5分程度かける必要があるので、在宅にしたのは正解だった。
5畳程度の作業部屋で『浅野』の文字を検索してみる。おやおやK社の子会社の主査にもなっているぞ?パートナーよ、話が違うじゃないか。念のため異動先以外のアサイン表も確認したが、主査は3社で済んだようだ。
一言文句を言おうと面談担当のパートナーとのチャット画面を開いたが、最新のチャット内容は今年のセ・リーグ、パ・リーグの順位予想であった。そういえば仕事の話をしたことはなかった。どうせ問い詰めても「言わなかったっけ?」の一点張りだろう。そっとチャット画面を閉じ、実際は10点だった異動のことは忘れ、金商法監査とIFRS監査の残務をさっさと片付けることに決めた。

アサイン表通知の翌日、事務所のいつもの席で監査調書を作りつつK社の有価証券報告書を読んでいると、会議通知が飛んできた。通知者は前期までK社に関与をしていた者でK社の引継ぎをしたいとのことであった。宛先には私の他にK社パートナー1名と前期までの主査が含まれていた。日程はどうやら翌日の10時からなので、当日までに今一度過去のアサイン表と有価証券報告書を通読し、最低限監査チームのメンバーと大まかな状況は把握しなければならなそうだ。

アサイン表上のK社監査チームの構成は以下の通りである。

パートナー3名(監査責任者)
マネージャー2名(現場管理者)
主査 1名 (現場責任者)
その他現場作業者 私を含め5名

過年度のアサイン表と照らし合わせた結果パートナーのうち2名は監査法人内のローテーションルールで交代、マネージャーのうち1名も交代、さらには主査とその他現場作業者のうち関与経験が2年以上の2名も交代と実に監査チームの過半数が入れ替わっていた。他のグループのアサイン表と比較してもこのようなチームは異例であり、何らかのイレギュラーが発生したと容易に想像ができた。残念ながら新たにK監査チームに加わる私以外の5名については、詳しい情報が得られなかった。

K社グループは、K社の他に国内子会社10社と関連会社3社、海外子会社5社で構成されている。国内子会社のうち2社が法定監査(会社法監査)で1社は私が、もう1社は別の者が主査を担当する。海外子会社については、中国と東南アジアを中心に展開しており、おそらく我々グループ監査人から2~3社程度現地の監査人に対して監査指示書を送るのであろう。売上規模はプライム市場の中では中規模であり、株価も安定している。また上場市場は日本のみであり、会計基準も日本基準を採用している。

一方K社のビジネスは、有価証券報告書の第一部【企業情報】記載の事業系統図を見ると決済業やローン、リース、ファクタリング等様々であるようだ。歴史も100年を超えており、日経企業では珍しく有給取得率も役員へのインセンティブ報酬も高いようだ。財務情報としてはK社単体とグループ全体で余裕を持った黒字であることだけを頭に入れた。当期は繰延税金資産の回収可能性や継続企業の前提の注記に苦慮しなくてよさそうだ。

(事業系統図)



せっかく事務所にいるから情報屋(S)に声をかけて、K社監査チームの情報収集に勤しもう。明日の引継ぎミーティングが楽しみだ。


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