第三章:監査法人とExcel文化
※この物語はフィクションです。
閲覧中に気分を害されたり、過去のトラウマがフラッシュバックしたりした場合は一度深呼吸をするか、閲覧を控えてください。
Microsoft 3種の神器の中で、監査人が最も使うツールはExcelである。
理由は簡単で、開示書類のバックデータとなる資料の大半がExcelで作られており、彼らはそれらを基に監査調書を作成するからである。監査人に「『緑』と聞いて思い浮かべる物は何か」を問うたアンケート結果の1位が長年Excelであることは監査法人で働く者にとって常識である。ちなみに2位が某監査法人で、3位がサステナビリティらしい。
監査人それぞれのExcel力はピンキリであるが興味深いことにチームに1人はExcel職人が存在する。マクロを使って業務効率化を図ったり、図のカラーにこだわったり、挙句の果てには、フォントや行間、ファイル名にまで口を出したりする者も存在する。彼らはきっと遺言書もExcelで作るのだろう。
一方、過去の監査調書を見て「これはAさんが作ったんだろうな」「そっちはBさんとCさんの共作だ」等と、汎用性のない判別スキルを身につける者もいる。彼らは文化継承者だ。Excel職人に感銘を受けた彼らの多くは無自覚に文化継承者として、Excel職人が生み出した魂のこもった調書を伝承することになる。ただせっかくこれらの文化を残しても、文化継承者の継承力が乏しいと文化が途絶え、いずれは誰にも価値がわからない遺物となってしまう。遺物は電子の海をさまよい、やがては平凡な調書と共に消滅してしまう。これは極めて遺憾である。これまで数多の文化が生まれては消えを繰り返してきたが、その中でExcel職人と文化継承者の尽力の結果残ったわずかな文化は、一部の監査法人やチーム、個人に根付いている。
もしかしたら経理畑の者やその他業種に携わっている者にも共感を持ってもらえるものがあるかもしれない。
数字関連
フォント
二大派閥が存在する。
①游ゴシック②Meiryo UIである。
游ゴシック支持者は、Meiryo UIは丸っこくてと気持ち悪いと喧伝し、Meiryo UI支持者は、游ゴシックは無骨で古臭いと反駁する。
また、内部向けの資料はMeiryo UIを外部向けの資料は游ゴシックを使用するハイブリット型も存在する。
滑稽である。
値貼り
関数や簡単な式を飛ばして調書を作るのがスタンダードである一方、値貼りだらけの調書もある。調書の作成方法がわからない新人か、検証数値をごまかしたいスタッフが残した文化であろう。またはチームに恨みがあり、調書が再現できないように細工をした可能性もある。この文化は負の遺産であり修復は難しい。
XLOOKUP関数
監査法人にもXLOOKUP文化が浸透してきた。VLOOKUPとは異なりIFERROR関数と組み合わせることなくエラーの表示形式を変更したり、列番号を指定することなく直感的にデータを引っ張ったりすることができる。
検索値が存在しない場合、 セルC6のように#N/A が現れてしまうがXLOOKUP関数なら好きな表示に変更できる。
^
例えばIR資料を億単位で開示する際ROUNDDOWN関数やROUND関数を使用するために一旦数字を億単位に揃える。ただこのとき不思議なことに、"^"を使わずに律儀に0を8つ並べている者が存在する。兆、垓、恒河沙で割るときも0をいくつも並べるのだろうか。
その他調書の文化
作業中の調書のファイル名
ドライブ上にファイルを保存する際にも文化がある。●や★がいわゆるが作業中であることを示し、終わったらその記号を外す。
記号の数で作業進捗度を示すチームもあるらしい。また自分が作成していることをアピールするために謎の単語を付ける者もいるし、パソコンに不慣れな新人に勝手に編集、削除されないように「絶対にいじるな【特にA】現金預金調書.xlsx」等と仰々しいファイル名にする者もいる。
シートの色の使い分け
概ねのチームは以下のようにルールを決めて色分けをしている。たまに変わった色遣いをしている者もいる。もちろん色分けをしないチームもあるが黄色ハイライト=作業中という文化はかなり多くの者に根付いているはずだ。
筆記体の使い方
監査調書の構成として一般的に、目的(Objective)、実施する手続(Procedures performed) 、データのソース(Source)、サンプルの母集団及びサンプル抽出方法(Sample)等が書かれるがこれらの見出しを筆記体で記載するチームも存在する。
理由は単純明快。なんとなくカッコいいからである。
印刷範囲の設定
何人もの人物が手を加えるような資料だと、まれに欄外に謎の入力形跡が見つかる。黒文字なら比較的発見しやすいがシートの色と一体化していると見つけるのは困難だ。これらを防止、発見する方法の一つが印刷範囲の設定である。
①本来の調書範囲は「H列」までと仮定する。
②なぜか「N列」まで印刷範囲が設定される。
③N列のセルに白文字の入力形跡が発見される。
④自動で印刷範囲が15行目まで再設定される。
……というのは後付けで青色の枠で囲まれており、カッコいいから文化として残っているのだろう。
コメントのつけ方
作成が完了した監査調書は必ず上席者のレビューをもらわなければならない。レビュー者は修正箇所や不明瞭な点を指摘する必要があるがコメントのつけ方にも個性がある。チームというよりかはレビューをするパートナーやマネージャー、シニアスタッフに依存する。
見づらいので勘弁してほしいと不評なメモ形式である。調書作成者がつけたメモと混ざるし、どのタイミングで付されたコメントかもわからない。
あくまでメモ目的として使われるもののはずだが、パートナーがまれに使用する。
辛辣だが的確なコメントが来ることが多い。
コメント形式では一覧でコメントを確認できるため、レビューを受ける側としては都合が良いが、レビューする側としては若干面倒である。
調書の体もなしていないようなものに対して大量にレビューコメントをつけたい際に使われる手法である。コメントが進むにつれ語気が荒くなり、誤字も散見される傾向にあることから、深夜にストレスのはけ口としてコメントを付けているのであろう。もちろん作業者にも落ち度がある。
これらの文化はごく一部である。また文化として認識していないような常識として習慣づいたものも存在するだろう。
これらを醸成したExcel職人だが最初は単なるExcel作業者だったはずだ。彼らは何らかのきっかけで歴史上のExcel職人や近くのExcel職人から薫陶を受けExcel職人へと進化を遂げたのだ。Excel職人になるのに資格はいらない。もちろん文化継承者にも。ただExcelを愛する気持ちがあれば誰でもなれる。未来のExcel職人と文化継承者には、ぜひExcelルール検定なるものが開催されることがあったら、参考書の1ページ目に記載されるような常識や文化の醸成、継承を期待したい。
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