第八章:監査法人と専門用語
※この物語はフィクションです。
閲覧中に気分を害されたり、過去のトラウマがフラッシュバックしたりした場合は一度深呼吸をするか、閲覧を控えてください。
専門家は専門用語が好きである。専門用語を使うと業界に帰属しているアピールになるからであろう。監査法人勤務の会計士も同様で、特に繁忙期に近づくにつれ「バウチ!」「リアセス!」「レップ!」等の専門用語が飛び交う。初の繁忙期を迎える新人も背伸びして専門用語を使ってみるが、余裕のない上司に「意味わかって使っている?」と詰められることもあるため、同業者に対して使うなら覚悟を持って使ってほしい。そしてどの業界でも同様だが、業界外の者に使うことは可能な限り控えるべきだ。コミュニケーション時に認識、伝達齟齬が生じやすくなるし、不愉快だから。
さらに彼らが使う専門用語の中には、一般的に使われている言葉と、表記あるいは発音が同じだが違った意味を持つ用語も存在する。以下は一例である。
虚偽表示
[一般]
意思表示の表意者が相手方と通謀して形成した意思表示 いわゆる通謀虚偽表示
[監査法人]
監査上在るべき財務諸表項目と会社が開示しようとしている(又は既にした)財務諸表項目の差
厳密な定義は以下のとおりである。
監査基準報告書 (序) 「監査基準報告書及び関連する公表物の体系及び用語」
虚偽表示と聞くと不正を匂わすような大事のような印象を与えるが、監査用語の虚偽表示は単なる誤り(誤謬)から生じたものも包含している。
虚偽表示という単語は仰々しい。そのため特に誤謬から生じたものを会社へ報告する際は、気を遣って別の単語で代用して説明することが多い。
事務所
[一般]
弁護士事務所/会計士事務所等様々
[監査法人]
自身が所属している監査法人
監査法人も他の会社同様に拠点があるが、その拠点を○○事務所、△△事務所というからである。
会計士を知らない知人に「会計士試験に合格した」と伝えると「事務所で働くの?」と頻繁に言われるがおそらくは会計士事務所のことを指しているはずだ。
社員
[一般]
会社員
[監査法人]
役員(パートナー)
一般的な会社とは異なり、監査法人で社員というと監査法人に出資をする者(役員)を指す。
中小
[一般]
中小企業
[監査法人]
中小企業/大手監査法人(BIG4)以外の監査法人
ちなみに公認会計士・監査審査会では大手監査法人と中小監査法人の間に準大手監査法人なるものを定義しているが、残念ながら、準大手と中小を使い分けている例はほとんど聞いたことがない。
パッケージ
[一般]
包装/容器/ひとまとまりになったもの
[監査法人]
子会社監査人が親会社監査人の指示により監査した財務諸表等一式
特に上場企業の監査をすると、必ずと言っていいほど聞く単語だ。
品質管理(品管)
[一般]
顧客のために製品やサービスの品質を保つこと
[監査法人]
監査、レビュー上合理的な保証業務を提供するための管理
意味については一般的に使われている用語との差はほとんどない。
だが監査法人の品管がいくらがんばっても、顧客である監査会社にも財務諸表利用者にもメリットはない。
そのため一部の有識者は厄介者という意味で使うことがあるらしい。
ex「おい、品管が来たぞ!隠れろ!」
レビュー
[一般]
評論/検討
[監査法人]
①部下が作成した調書を査閲すること
②期中レビュー(旧四半期レビュー)
③品管レビュー
品質管理レビュー制度 | 日本公認会計士協会
社内で使う場合は基本的には①か②を指している。
AR
[一般]
拡張現実(Augmented Reality)
[監査法人]
①監査報告書(Audit Report)
②監査報告書日(Audit Report date)
③期中レビュー報告書や期中レビュー報告書日
③は正確にはRR[Review Report (date)]だが、面倒なので少なくとも口頭では使い分けをしていないことが多い。
BIG4
[一般]
ロジャー・フェデラー/ラファエル・ナダル/
ノバク・ジョコビッチ/アンディ・マレー
[監査法人]
大手監査法人
他の監査法人より品質管理水準が高いため、会計士の多くが開示例を調べるときはBIG4が監査をした開示書類を検索するらしい。
BG
[一般]
バックギャモン/背景(Background)
[監査法人]
バランスゲートウェイ
バランスゲートウェイの説明をすると体調が悪くなる会計士が続出するためここでの詳細説明は割愛する。
C
[一般]
炭素(Carbon)/虫葉(Cavity)/C言語
[監査法人]
アサーションの網羅性や内部統制のコントロール
アサーションとは、監査で何を検証したいかの要点を示したものである。例えば建物について監査計画を立てる際、実在性を検証したいならE(Existence)を、評価額を検証したならV (Valuation)と特定する。
この監査要点によって入手すべき監査証拠も異なる。
ex「この勘定のアサーションは何を特定している?」「CとVです。」
GAAP
[一般]
差/隔たり
[監査法人]
一般に公正妥当と認められる企業会計の基準(Generally Accepted Accounting Principles)
GAAPには日本、米国、国際的なもの等があるが、それらの差を示したいときはGAAP差、又はJ-I差(日本-国際財務報告基準)等と表す。
GAAPギャップと言うかは不明。
I (i)
[一般]
虚数(数学)
[監査法人]
IFRS (国際財務報告基準)
単独で使われることは少なく、後述のJと共に使われる。
J (j)
[一般]
虚数(電気工学)
[監査法人]
日本の(公認)会計士又は日本の会計基準
ex「J-I差なら全て頭の中に入っている」
J1 J2 J3
[一般]
Jリーグのカテゴリー
[監査法人]
実務補習所のランク/スタッフ1年目から3年目
実務補習所とは、論文式試験合格後会計士になるために収容される簡易施設のことである。原則3年間は通わなければならない。
ex「今年のJ1は豊作だね」
M
[一般]
プリプリの曲/サイズ/メガ
[監査法人]
重要性の基準値
単独でMが使われていたら9割は重要性の基準値を示している。Sと合わせて使われている場合は他のことを指し示しているかもしれない。
P
[一般]
リン(元素記号)/プロジェクト
[監査法人]
パートナー
SAM
[一般]
ダンサー
[監査法人]
虚偽表示要約表(Summary of Audit Misstatements)
監査法人によっては、SuAMやSoAMと表記する。
SAP
[一般]
ドイツのソフトウェア開発会社
[監査法人]
分析的実証手続
分析的手続全般を指すこともある。
数年前までは分手と呼ばれていたが、最近はめっきり聞かなくなった。
US
[一般]
United States=アメリカ
[監査法人]
USCPA又はUSGAAP
USCPAは米国公認会計士、USGAAPは米国の会計基準を示す。
どちらも半々くらいで使われるため文脈で判断する必要がある。
ex「〇〇さんってJ?」「いやUSだったはず」
ex「今年からUSの要求事項が厳しくなった」
3点セット
[一般]
物件明細書-評価書-現況調査報告書
[監査法人]
業務記述書-フローチャート-リスクコントロールマトリクス
監査報告書-経営者確認書-マネジメントレポート(監査結果報告書)
後者は今ではほとんど使われない。
おまけ
315
[一般]
315系(JR東海)
[監査法人]
監査基準報告書315
315又は315と呼ぶ
おそらく会計士が一番好きな監査基準報告書である。
58
[一般]
元日ハム稲葉の背番号(05年)
[監査法人]
5月に公認会計士1次試験(短答式試験)に合格し同年の8月の2次試験(論文式試験)にも合格した者。又はそれを目指そうとする者。通称ゴッパチ
※1次試験(12月)→2次試験(8月)受験が一般的なスケジュール
入社後試験の話になる機会は限られるが、58を達成した者は「根性があるな」と一目置かれる傾向にある。なぜなら58は精神的にも体力的にも大変だからである。
その他にも、各監査法人や監査チーム特有の用語もある。法人やチームへの帰属意識を高めてもらうために毎年必死こいて作成しているのであろう。