【小説】「天国のこえ」4章・空先生(2)
「皆さんは、天国からのプレゼントを受け取る用意ができていると思いますか?」
空先生が、目尻を下げて言った。
私の目の前に立つ空先生は、テレビで見かけるようないかにも「視える」人です…みたいな仰々しい格好はしていなかった。
シャツをラフに着こなし、ボトムスは窮屈では無いパンツルック。腕には腕時計以外以外つけておらず、指には結婚指輪が細く光っていた。
私の見立ての通り45歳くらいだとすると、余計な肉付きはなく、なかなかスマートな体型をしているのではないだろうか。
「天国からのプレゼント」
その言葉に、会議室に集まった者たちが、はてなマークでも浮かべているような表情になる。
もれなく私もその一人だ。
「難しいことではないのですよ。みんなね、天国からのプレゼントを、受け取り拒否しちゃってるんですね」
穏やかに、なおかつテンポよく空先生は話し続ける。
「天国からのプレゼントは、誰でも、平等に受け取ることが出来るんですよ。でも、受け取り拒否をしてしまうのは、心にブロックがあるから」
心のブロック。
それを心の中で反芻する。
天国からどんなプレゼントが送られてくるのかわからない。
けれど、それはそれは素敵なモノなのだろう…。
それをもし、受け取ることができれば、この辛い気持ちから解放されるのだろうか?
「心のブロックを取り払いましょう」
穏やかな、子供をあやすような声で、空先生は言った。
「プレゼントを受け取れない皆さんは、心が疑心暗鬼になっているんですね。どうせ、自分は幸せにはなれないとか、苦労してばかりだとか。心をね、決めつけているんですよ。プレゼントなんて受け取る資格はないと。受け取ってもね…もしかしたら中を見ずに捨てちゃっているかも」
空先生は、ふふ、と笑う。
「決めつけを辞めましょう。皆さんは、一人一人が大切な人達なんです。…心を解放して、天国からの素晴らしいプレゼントを、素直に受け取りましょう」
その時、参加者の五十代くらいの男性が、ふ、と手を挙げた。
「あの…、先生。受け取ったら、受け取れたらどうなるんです?幸せになれるんですか?」
空先生は、慈愛を込めた瞳で男性を見つめていた。
「幸せ…うーん、幸せと言うよりもですね」
空先生は、つ、と人差し指を天に向ける。
「魂が「目覚める」のですよ。サトリと言われる状態になるのです。サトリは、この世界の仕組みを知ることができる」
空先生は、集まった人々ひとりひとりを見つめるように、会場内を見渡した。
「天国はね、いつでも皆さんを見守っていて、常にプレゼントを届け続けているのですよ。受け取り拒否されても、それでも天国は皆さんを見放さない。皆さんには、素晴らしいプレゼントを受け取る権利があるんです」
私は。
気がついたら、ぽろりと一筋の涙が頬を伝っていた。
私のような、孤独で、誰からも見放されたような人間でも…。
天国は見捨てずに私なんかにプレゼントを送り続けてくれているというのか。
それを心のブロックで、拒否して、ひとり人生に苦しんでいるというのか。
プレゼントを受け取って、「サトリ」の状態になれば、私の人生は救われるのか…。
「もう、苦しみの時代は終わりました。皆さん、どうぞ心を解き放って、天国のこえをきく時なのです」
その時の、私の思考は完全に停止していた。
天国からのプレゼントを受け取り、天国のこえをきけるようになりたい。
そればかりがぐるぐると頭の中を巡っていた。
辛い辛い、暗くて長いトンネルのような私の人生に、光が差した瞬間だった。
講演会は、二時間ほどで無事に終わった。
朝よりは、少しだけ外気温が暖かくなっていた。
「来てみて、よかった…!」
私はその場でスキップでもしそうになる。
やはり実物の空先生は素晴らしい人だった!
天国のこえをきくことができれば、辛い世界ともサヨナラできる。
疲れきった毎日を、頑張れそうな気がして、力が湧いてくるように思ったのだった。