小説を書くときに気をつけるささやかなこと〈語彙アンテナ〉
小説に限らず、文章を書くためには常に、語彙アンテナの感度を鋭くしておく必要があると思っています。
しばらく前に放送されていたドラマ『和田家の男たち』。
三世代の男たちを楽しく、そして、ときどきシリアスに描いたホーム・ドラマです。
祖父の寛さんと結婚することになる眼科医の女性を、草刈民代さんが演じていました。
設定はおそらく五十代。経済的にも精神的にも自立した、意志の強い女性です。
寛さんのプロポーズを一度は断ったのですが、後悔して、謝ってもう一度プロポーズしてもらおうとする。
そのときのセリフ。
「つい気持ちがヨレちゃって、あんなこと言って‥‥」
気持ちがヨレる?
聞いた瞬間、わたしの語彙アンテナが大きく反応しました。
そう、五十代の、とてもしっかりした女性です。ずっと独身で、眼科医として一生懸命働いてきました。「素直になれなくてごめんなさい」なんて、若い女の子のようなことは言わせたくない。それでも、「気持ちがヨレる」なんて絶対に思いつきません。
この脚本家はタダ者じゃない!
すぐに確認したら、タダ者じゃないどころじゃありません。大石静さんでした。
さすがです。尊敬します。
語彙力って何も、難しい漢字や熟語のことばかり言うんじゃないんです。
「素直じゃない」ひとつをとっても、どれだけバリエーションを持っているか、年齢や性格や職業に合わせて、その中からどれだけぴったりくるものを引き出せるか。それもまた語彙力だと思います。
この力を磨くには、普段からアンテナをしっかり立てておく以外にはない。
ドラマでもニュースでもラジオでも本でも、気になった言い回しを貪欲にキャッチして、自分のものにしてしまう。
たとえすぐに使わなくても、いつかは必ず役に立つときが来ます。
「気持ちがヨレる」を聞いた瞬間、わたしはまだまだ語彙力が足りないのだと思い知りました。
これからも絶え間なく、語彙アンテナをしっかり立て続けていたいと思います。