マリア信心(崇敬)について
マリア信心について、疑問を持つ方は多いと思います。
私もまだ完成してはいませんが、聖母マリアについて、noteで記事を書いております。
以下が、取り次ぎの母としてのマリアを取り上げた記事です。
ちなみに、マリアに関する私が書いた記事は四つあります。
そもそもの話、マリア信心を疑問に思う方は、次の聖句を心に留めている方が多いと見受けられます。
キリストが神との唯一の仲介者ならば、なぜマリアが取り次ぎをするんだ?と、思いますよね。
ですが、マリアはキリストに密接に関係する者なのです。
マリア信心について、聖書を読み込むと分かることが5点あります。
①マリアは「fiat(聖心がなりますように)」と、受胎告知を信仰によって受け入れた(ルカ1:38)
②マリアはキリストを胎の中に宿した唯一の女性である(マタイ1:21)
③マリアはシメオンから、キリストの十字架の死で心を剣で貫かれると預言された唯一の人(ルカ2:34-35)
④マリアは、イエス様の公生涯を最後まで見届けた(ルカ2:51、ヨハネ2:1、マルコ3:31、ヨハネ19:25)
⑤マリアはイエス様の昇天後、使徒たちと共に祈っていた(使徒1:14)
新約聖書の時代から現代に至るまで、このような体験をした信仰者はいるでしょうか?
そして、私がマリアが取り次ぎの祈りをされる基となったみことばは、ヨハネの福音書の「カナの婚礼」の箇所にあると考えています。
それは、マリアが主にぶどう酒のことで戒められた後、「あの方(イエス様)の言うことは何でも聞いてください」という宴会の世話役に言った一言です。
なぜ、この一言が聖書にあるのか、不思議ではありませんか?
一見、何の意味もない言葉のように思えます。
それから、イエス様は奇跡を行われました。
マリアは私たちの祈りを聞き、イエス様に「この者の言うことを聞き入れてください」と願う者なのです。
聖ヨハネ・パウロ二世は『希望の扉を開く』の中でこのように語ります。
この聖ヨハネ・パウロ二世はキリスト中心主義を重視して、マリア信心から距離を取ろうとした人です。
しかし、ある聖人の影響を受け、マリア信心を持つに至りました。
ですから、カトリックでは、伝統的にマリア信心を受け継いでいるから、マリアを大切にしている人が全てではなく、聖ヨハネ・パウロ二世のようにマリア信心を疑問視して探求した結果、神の母聖マリアを受け入れる過程を歩んだ人もいるのです。
そのため、この人の言葉には重みを感じられます。
聖ヨハネ・パウロ二世は『希望の扉を開く』以外にもマリアのことについて言葉を本にして残しています。
もし、関心があればお読みいただければ、またマリア理解が深まるのではないかと思います。
神の母聖マリアは、キリストの十字架の死の直前に、使徒ヨハネのことで「ご覧なさい、あなたの息子です」と言われました。
これは、今日の教会における神の家族(オイコス)の型です。
それで、マリアは天に召されるまで、使徒ヨハネと共にいました。
マリアの話はこれでお終いです。
余談ですが、仮に聖書本文のみから、信仰理解を深めるならば、致命的な事柄にぶつかります。
それは、洗礼(バプテスマ)という、カトリック・プロテスタント両派のサクラメントについてです。
聖書には、洗礼について、「滴礼(てきれい)」と「灌水礼(かんすいれい)」について書かれていません。
唯一、「浸水礼(しんすいれい)」のみ描写されています(エチオピアの宦官が伝道者ピリポから受けたバプテスマ等)。
聖書のみでは、「浸水礼」以外の洗礼は無効になるということになるのです。
では、その二つの洗礼方式は無効なのか?
『使徒教父文書』にはこのように書かれています。引用では本文を少し省略して、要点だけまとめています。
このように、聖書以外の箇所から、キリスト教において、一番重要とも言える洗礼が取られています。
ですから、みことばを土台にして、使徒や預言者、聖伝と繋がって、今の教会があります。
マリア信心においても、初代教会の使徒たちの時代から、存在していました。
これら全てを総括して、私はマリア信心を受け入れます。
最後に、礼拝では使徒信条が唱えられます。
使徒信条においては、「おとめマリアから生まれ…」という言葉が唱えられています。
ニカイア・コンスタンティノポリス信条を唱える時でも、「おとめマリア」が登場します。
おとめマリアの聖霊によるキリストの受肉は、たった一回の特別な出来事なのです。
そういう意味で、神の母聖マリアは決して、ただの罪人の一人と同じにすべきではないと、私は思います。