一緒にかえろ(8日目)茶トラゆずとの幸せな日々 vol.42
8日目(金)vol.41のつづき
夜9時に電話を掛ける約束だったので、恐る恐る聞いてみます。
「昨夜のゆずですが、様子はどうでしょう?」
「今から来られますか?」
今日はお父さんが車を出してくれると言うので
「大丈夫?」
「今日はその為に飲んでないんだよ」
「いや、気持ちが動揺しているんじゃないの…」
「大丈夫だよ」
キャリーケースとゆずのクッションをトランクにいれて出かけます。
病院は、昨夜以上に混んでいて扉の外で待つ人もいます。次から次に訪れて来ます。
私達3人も行ったり来たりして待ちます。
しばらくして昨日とはちがう先生に呼ばれました。副院長です。
院長が忙しく手が離せない事を謝り一緒にゆずの所に案内してくれます。
エリザベスカラーは外してあり、私達を認識して嬉しそうに反応してくれます。奈々が昼間に持って来た水飲みの器もあります。
副院長からも、危険な容態は変わりなく、強心剤を打って様子を見ていると告げられます。家に連れて帰って一緒にいてあげたい事を伝えると、強心剤の管を抜いてしまうと、帰る間に車の中で亡くなってしまうかも知れない、家に帰っても長くはもたないと確認されます。
お父さんも
「これでゆずを連れてかえったら、もう病院には行かないよ」
と奈々と私に念押しします。
私達は心臓病の事を調べ、ここで助かっても苦しく、辛い時間が長引くだけであると知っているので、一緒にいる事を選択しました。
副院長はしんみりといいます。
「肺炎ならなんとかなるけど、心臓だからね。奇跡が起きるかも知れないけど…」
(もう奇跡が起きないと生きていられないんだ、奇跡なんて起きないから奇跡なんだよー)
若い人とは違い、歳を重ねると奇跡を信じる気持ちは少なくなります。自分が選ばれて奇跡を勝ち取る姿が想像出来なくなります。
帰りの支度をするのでまた待合室に戻り、車のトランクからキャリーケースを持って来ます。
待合室は新しい顔ぶれの人がさらに増え、老犬が嘔吐や粗相をしないようにシートを広げて待つ年配の夫婦や、産まれたての子猫をゲージに入れて話しかけてくる年配の女性と成人した息子さんの組み合わせなど様々です。
(こんなに救急病院に来る人が多いんだ!)
次に呼ばれた時はゆずを抱いた院長が対応してくれました。
最初に会った印象と違い優しい顔で、動物が亡くなってしまう事の残念な気持ちが現れているようです。最後に胸水を抜いて少しでも呼吸が楽になるように処置するから、先に会計を済ませるように、移動時間がなるべく少なくなるようにと配慮してくれました。
奈々が払おうとしましたが、私が行き気持ちだけ貰います。高額です。しかし、ここに来た事で原因がわかり、今後誰がどうして肺炎を引き起こしたのかと詮索する必要が無くなった事への慰謝料?です。
ゆずをケースに入れ帰ろうとすると、忙しいだろうに院長がすぐ近くに来て何度も頭を下げてくれます。私達も感謝して頭を下げます。扉を出るときも、さらにエレベーターに乗り扉が閉まるまで何度も頭を下げあいました。
(ありがとうございました)
なるべく側でゆずを感じていたい奈々が、クッションの上にゆずを出して抱いて行くと言うので、半分ずつ、奈々と私で抱いて帰りました。思ったより元気で擦り寄って来ます。手のひらをゆずのお尻に添えパワーを送り込みます。
(お手当、お手当)
無事に帰って来れました。
ゆずの呼吸も腹式呼吸ではなくなって、楽になっているように感じます。
車から玄関までの道のりを、ゆずの胸と私の胸が合わさるように縦抱きにし、ゆずの手が私の肩に、ゆずの顔が少し私の顔に傾きます。私はゆずの耳に口を近づけてささやきます。
「ゆず、帰ってきたよ、お家だよ。1人で寂しかったね、偉かったね。もう1人じゃないからね、ずっと一緒にいるからね…」
ゆずの生きている温もりと、重さを感じて、ゆっくり歩きます。これが最後かもしれないから…感謝を込めて抱きしめます。
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