ロリ服の女性をボロクソに言いながら憧れの目で見つめていた父
「何だあの格好は……ッ!」
前を歩いていた父が、ふいに足を止めた。
忌々しそう舌打ちをして、コートのポケットに両手を突っ込み、ウーッとうなっている。
噛みしめた歯の間から漏らしたのが冒頭の一言だ。
母と私も足を止めた。
とある冬の日。真っ青に晴れ渡る空。歩道は広く、人は少ない。両脇の街路樹は、枯れた枝をのびのびと空に伸ばしている。
私たちは中華料理屋でラーメンを食べ、店を出たところだった。
この穏やかな景色の、何が父の逆鱗に触れたのか?
父の視線を追って前を見る。
前方80mほどの歩道に、一人の若い女性が見えた。
ふわふわのパニエでふくらんだスカート。
編み上げのリボンが走るコルセット。
真っ白なファーを首に巻いて、ヘッドドレスで髪を飾っている。
彼女が着ているのは、純白のロリータ服だった。
「こんな場所であんな格好して、恥ずかしくないのか」
「たいして美人でもないくせに」
「自分の年齢考えろよ」
「デブだろ、あれ」
父の口から、次々に零れる呪詛の言葉。
何でそんなこと言うんだ……と呆れて、私は父の顔を見た。
父は女性を凝視している。親の仇ででもあるかのように、執拗に、ギラギラと、食い入るように見つめている。
おっさんの敵意を買っているとは知らず、ロリータファッションの女性は楽しそうに歩いていた。
白いタイツの脚を弾ませ、ウサギの形のバッグを抱き寄せ、踊るように軽やかな足どりで道を行く。
たった一人で、全身全霊で自分のファッションを楽しんでいる。
嬉しくて仕方ないという心のきらめきが、離れて見守るこちらにまで伝わってくる。
己の感性を謳歌する彼女を、私は最高にかっこいいと思った。
「ほら、行こう」
と母が父のコートを、ためらいがちにつまむ。
しかし父は動かない。その背中から、一種異様な雰囲気が漂う。
無言でロリータファッションの女性を見つめる父は、もはや忘我の境地だった。
お父さんは、本当はああいう格好がしたいんだろうな、と私は思った。
思えば、父は昔から「カワイイもの」が好きだった。
ビールグラスにはキティちゃんの絵がついたコップを使い、ハンカチはキャラクターのワンポイントがついているものを好み、最近はちいかわグッズも欲しがっている。
そういえば、大分前だけれど、きゃりーぱみゅぱみゅのアルバムを買ってきて、
「ふ、不可抗力が欲しいって言ってたから……ッ!」
と苦しい言い訳をしていた。言ってないよ☆
もっと思い出せば、
「ブラジャーっていいよな……」
とつぶやいていたこともある。
性的な意味での女性の下着としてではなく、自分の身に着けるファッションアイテムとしての発言らしい。
「良くないよ、ワイヤー痛いし、胸圧迫されるし」
と反論したものの、やはり彼はブラジャーに興味があるようだった。
そんな父の言動を振り返れば、ロリータ願望があったとしても不思議ではない。
しかし、彼は日本社会にはびこるマチズモを内面化した男性だ。
レースやリボン、フリルにあふれるロリータ服に憧れることなど、そんな願望を抱いていることなど、決して認めない、認められないに違いない。
早い話、父はロリータファッションを楽しめるあの女性に、しっとしているのではないか?
遠ざかる白い背中を、いつまでも見つめる父を見ながら、そんなことを考えた。
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