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通勤ラッシュの東京で、長岡大空襲について訊く。  

 

 あー。
 眠いー。

 昨日遅くまで読んでたけど、結局読み終らなかったな。
 社会学の課題図書、『犠牲のシステム 福島・沖縄』(高橋哲哉著)。

 重要なテーマだし、中身が濃いから、読み流すこともできないしな。
 電車の中で読んで行こう。


 大学生だった私は、こう考えながら電車を待っていました。
 通勤ラッシュのホームには人があふれていました。
 
 が、ホームの端、最前車両の停車地には、並んでいる人もまばらです。
 自分の後ろには、年配の女性が一人だけ。

 やがて、ホームに電車が滑り込んできました。

 一号車でも、結構乗ってるな……。
 でも、すぐに乗れば、壁際にもたれることができて、楽かも。

 そう思った私は、並んでいた列を外れました。
 しれっとそっぽを向いて、後ろのお婆さんが先に乗り込むのを待ちます。

 お婆さんは動きませんでした。
 2秒ほどの間が空いた後、トントン、と背中を叩かれました。
「あなたが先に並んでいたんだから、先に乗っていいんだよ!」
 ということらしいです。

「お先にどうぞ!」とも言えず、しれっとそっぽを向いていた私は、
何か照れくさくて、変に笑うことしかできませんでした。


 さりげない親切をしようとして、失敗したの、恥ずかしい!

 照れながら電車に乗って、後に続いたお婆さんを、唯一空いていた壁際に誘導しました。
 人と人の間の狭い空間に収まって、お婆さんはにこにこ笑ってらっしゃる。

 一応、親切成功?
 ひと安心……。

 と思ったところで、お婆さんから、
「バッグ、お持ちしましょうか?」
 との申し出が。

 親切にされて嬉しかったから、親切をお返ししたいという志? 
 尊い……。
 
 あわてて、
「いえいえ」と辞退して、
「これ、軽いので……」と力なく笑う私。
 思いがけない車内交流に、心臓バクバク……。

 その軽いバッグから、『犠牲のシステム 福島・沖縄』を取り出して、熱心に読むふりをします。

 新書の表紙をじっと見つめながら、
「沖縄は大変よねぇ、基地で……」とつぶやくお婆さん。

 通勤ラッシュの満員電車で、世間話するの気まずい……。
 あとこの本読まないと、今日の授業についていけない……。

 でもお婆さんの話も無視できないし……。

 どうしたもんかと思っていると、
「……日本は戦争に負けたんだものねぇ」と一言。


私、新潟の出身で。長岡の空襲の時、火の海の中を走って逃げたんですよ

 この方、長岡大空襲の生存者の方だ。
 そういうお話は、是非とも伺いたい。

 本を閉じて続きを待ちましたが、お婆さんはそれ以上何も言いませんでした。
 
 70年以上経っても、簡単には語れない記憶なのか……。
 それとも、急に食いついて来た寝不足大学生に引いたのか……。

 代わりに、その後の人生について話してくださいました。
 
 現在86歳で、二年前まで歯科医師として働いていたこと。
 今は「男女平等」の時代だけれど、自分が若い頃は、男性の倍の仕事をしても、彼らより低賃金だったこと。
 これから百貨店に、英語の辞書を買いに行くこと。


 新宿駅に着いて、お婆さんは電車を降りました。
 別れ際、
「あなたは美人だし、若いんだから、頑張りなさいよ!」
 にやっと笑って、叱咤激励してくださいました。

 恐縮です!!



 これは今から7年くらい前の話です。

 今週、『虎に翼』で長岡大空襲が話題に出たので、思い出しました。

 慰霊と復興の為に始まった長岡まつり&長岡花火は、8月2日・3日に行われるようですね。


 長岡花火の由来について、多くの人と共有したいと思いました。

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