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理想の読書会(その2)・pha『パーティーが終わって、中年が始まる』(幻冬舎、2024年)

その日は午前11時から会合があったのだが、出張先のホテルを少し早めに出て、近くのミスタードーナツでコーヒーを飲みながら原稿の校正をしていると、隣のテーブル席に若い男性が座った。ほどなくしてもう一人の若い男性がその席に座り、二人の会話が始まった。
最初、二人は友人同士なのかなと思って、ふたりの話を聞くとはなしに聞いてみると、お互い敬語を使っている。どうやら初対面のようである。
ふとテーブルを見ると、ふたりはそれぞれ本を手にしている。最初に来た男性は、あとから来た男性にいろいろと質問を始めた。
「どんな本をお読みになったのですか?」
「これです」
と、文庫本を見せた。
「星野道夫さんの『旅をする木』という本です。僕、実はこれまで本を読んだことがなくて、大人になってからちゃんとした本を読んだのは初めてかも知れません」
「読んでみてどうでしたか」
「とてもおもしろかったです。アラスカに行きたくなりました。…でもこれって、単純な感想ですよね」
「そんなことありませんよ。本を読んで新鮮な気持ちを語ってくれたのは大事なことです」
今度は最初に来た男性が自分の手元にある本について話し始めた。
「これはphaさんという人が書いた『パーティーが終わって、中年が始まる』(幻冬舎、2024年)という本です」
そういうと、彼はその本の内容を説明し始めた。
「へえ、おもしろそうな本ですね。僕も読んでみたいです」
お互いが自分の読んだ本のことをプレゼンしている。この二人はどんな関係なのだろうと気になり、原稿の校正をするふりをしながら、もう少し二人の会話を聞いてみることにした。すると、二人の人物像がおぼろげながら見えてきた。
最初に来た青年は、年齢が30歳で、地元で書店員をしているという。なるほど、だから本についてのプレゼンが上手だったのだな。
あとから来た青年は、年齢が23歳で、宮大工の修行をしているのだという。
「宮大工ですか」
書店員の青年は、「宮大工」という言葉を初めて聞いたらしく、宮大工とはどういう仕事をする人なのかを聞くと、宮大工見習いの青年は自分の素性を語り始めた。それによると、もともと沖縄の出身なのだが、あるきっかけで宮大工になりたいと思い、沖縄では宮大工の仕事がないので、東北地方に移り住み、宮大工のもとで修行しているという。
「こちらの人ではないんですか?」
「そうです」
「その行動力はすごいですね。僕にはとてもできません」
一方で書店員の青年は、どうやら定期的に読書会を主宰している人らしかった。
するとこれは、二人による読書会なのだろうか。
「読書会って、敷居が高そうですね」宮大工の青年が言った。
「たしかに読書会と聞くと身構えてしまいますよね。でも僕がやってる読書会は、自分の読んだ本や好きな本を自由に紹介してもらってかまわないし、読み終わってなくても、いまこの本を読んでいますと紹介するだけでもかまいません。本の内容を話していくうちに、そこから離れて雑談になってしまっても大丈夫です。もちろん、参加する気分でなければ参加しなくてもかまいませんし、ユルい感じの読書会なんです」
「それなら僕にも参加できそうです」
…うーむ。聞けば聞くほど、二人の関係がよくわからない。そもそも二人はどうやって知り合ったのか?いま私の隣でくり広げられている二人の会話は、読書会なのか?それとも読書会への勧誘なのか?
一瞬、怪しい勧誘か何かかなとも思ったのだが、書店員の青年の話にはうさんくささをあまり感じなかったので、読書をサカナにみんなで雑談しよう、という彼の言葉は、言葉通りだと受けとっておきたかった。
30歳の書店員の青年と、23歳の宮大工見習いの青年による初対面の会話。この不思議な取り合わせにすっかりと魅了された私は、もう少し二人の会話を盗み聞きしたいと思ったのだが、会合に行かなくてはならない時間になってしまい、ミスドを出た。
宮大工の青年が紹介した星野道夫さんの『旅をする木』は以前に読んだことがあるが、書店員の青年が紹介していたphaさんの『パーティーが終わり、中年が始まる』は読んでいないので、せっかく紹介してくれたのだから出張から帰ったら読んでみよう。…待てよ。私もまんまと読書会の一員になってしまったのか?


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