万徳院跡へ☆
万徳院跡には行くつもりではなかったのですが、戦国の庭歴史館の学芸員さん?に勧められたので行ってみることにしました。
すると、先に学芸員さんと女性が行ってました。
私の後に来館した女性で、「あの人が家紋ラリーの今ある最後の1枚を受け取る超ラッキーな人なのね✨」と思っていました。
しかも、車で案内してくれるなんて、なんて親切な学芸員さんなんだろうとも思いました。
超熱い歴女なんだと❗️
(そういう対応になったのはその女性の事情がありました)
万徳院跡歴史公園ガイダンス施設で学芸員さんの説明を受けるという幸運にあやかりました✨
その女性のおかげね✨
言葉遣いから中国人かなと思いました。
めちゃくちゃ日本語が上手い❗️
日本人でも知らないような単語を使う。
只者ではないなと思っていたら、やっぱ凄い方でした‼️
そんな方に出会えるなんて、私、超ラッキー✨
今度は東京国立美術館(博物館?)に行ってみたいなと思いました😊
説明を受けながら史跡を見てまわりました。
そうやって見たらいいのか〜と、とても勉強になりました。
この庭園跡の池からあの法華経の版木2つが出てきたそうです‼️
その版木がなぜ池に埋められていたかをまだ判明できてないそうです。
そこで私の夢想癖発動‼️
この地域は青松という地域。
池へ山から水が流れ、そして、万徳川に流れていくとのこと。
万徳…たくさんの徳。
たくさんの徳をこの万徳院からたくさんの人々に与えたいという思いを込めて、法華経の版木2つを池に埋めたのではないか?
もう一つの考えは法華経の教えそのままに池を作ったのではないか?
汚れた泥から綺麗な睡蓮の花が咲くという体現✨
そこに実際に版木を埋めることで、よりいっそうに具現化✨
その池を眺めながら、自分のしてきた所業、一族がしてきた所業の赦しを得たい。あの世で赦されたい。
仏にすがりたかったのではないだろうか?
吉川元長は関ヶ原の戦いの前に亡くなってるんですね〜。
病死。
毛利氏、あまり興味がなかったので詳しくないの。
名前がぐちゃぐちゃに混乱する💦
頑張っておぼえようっと。
謎があるとわくわくする🎵
今回、楽しかった〜🎵
ラッキーだった〜🎵
さあ、次は小倉山城へ。
つづく。