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課長、日常を過ごす

課長ってのは部下がしっかりやってくれてる分には気楽にやっていられるもの。でも、いったん面倒ごとが発生すると、それはもう面倒な状況に巻き込まれる。うちは財務なので、お金の出し入れを管理することはもちろん、資金繰りの管理もしっかりやっておく必要がある。

そんなある日、いつもクールな上杉朱莉から急な報告が入った。彼女は高卒で事務屋一本で15年働いている中堅社員だが、何だかめっちゃ焦ってる。その雰囲気から想像される5分後を思うだけで目の前が暗くなる。「課長、当座残高が2億円足りてなくて、明後日までに入れないと支払いとまるみたいです。」上杉の声は震えている。2億と聞いた瞬間に最悪カバーできない額ではないと確信したが、「状況はしっかり確認しないとな」そんなことを思いつつ言葉を接ぐ「ちょっと待てよ、資金繰り見てたけど、問題ないんじゃなかったっけ?」言い方が冷静だったせいか、上杉の声もしっかりしたものに変わっていた。
「それが、2年前にあったクレームで、結局賠償金払うことになったことがあったじゃないですか。その支払いが今月だったのですけど…」
「あぁ、1000万ドルの支払いだっけ?」
「それが、当初は客先の国内現法に支払う予定だったので1ドル100円で10億円予算計上していたらしいんですよね。でも実際には米国本社に1000万ドル支払いになって、為替分予算と支払額がずれたらしくて…」
「なんだそりゃ?営業は何してんだよ、予算超過じゃないか」
「そうなんですよね、そのことを営業の黒田部長に話したら、そんなの客先の都合なんだから仕方ないだろって、追い返されてきまして…予算超過の件も、社長が同意しているらしくて」
ここまでくると失笑しかない「マジか、資金繰り詰まったらどうすんだよ」
上杉にも笑いが移ってしまったようだ、笑いをこらえながら報告を続ける。「社長は気が付いてなかったみたいですね。でも、一回OKしたものをダメとは言わないと思いますよ?それを何とかするのがコーポレートファイナンス部の仕事だろうって、言われるだけオチですね」
「何とかしてやるけどさ、気に食わないねぇ…まずはキャッシュフローを確認してもらえるかな。これから2日以内に入金される金額を正確に把握してもらえる?それから、当座貸越の枠はいくらだっけ、1億やそこらならカバーできたはずだけどな。」
ところが、続けて入社3年目の柴田聡介から、衝撃的な一言が飛び出した。「課長、実はボーナスの支払いがちょっと増えてるみたいです。業績いいから想定されていた月数のボーナスに加えて、特別ボーナス出すらしいですよ?社長案件だそうです」
「はいぃ?聞いてませんけどぉ~。まずそうならコミットメントライン(融資枠)も使うか、借入申込書に押印して待機しておいてもらえる?てか、早く言ってよぉ~」
人事部はプライバシー保護の名目で情報のブラックホールとなっているが、最近ではそれが行き過ぎて、必要な情報すら隠すようになっている。資金繰りって言葉を知らないまま報酬金額決めるから、もう滅茶苦茶だよ…心の中で人事部の千葉部長の顔がチラつく、黒田部長ほどじゃないけど、あの人も苦手だわ。
今日は午前中から忙しい事だ…そんなことを思いながら、もう昼だ。ボーナスの支払い額が意外と大きい。特別ボーナスは1人20万円、全従業員3000人に支給するため6億円。業績がいいだけに原料調達額もうなぎのぼり。円安効果もあって原料価格は高騰しており、支払額の増加に拍車をかけている。「さて、どうするか。他に資金需要はないようだから、まずは各取引先、支払いを少しだけ遅らせてもらえるようお願いしてみよう。あ、下請法があるから、下請け対象会社は外すんだよ?あと、急ぎの入金が見込める顧客に連絡して、前倒しで支払ってもらえないか営業経由で頼んでもらえるかな。」

実際にはコミットメントラインを使えば容易にカバーできるのだが、せっかくのトラブルである。緊急事態訓練のつもりで、最悪の状況を前提とした実践訓練に切り替わっていく。上杉たちはすぐにプロキュアメント部と、営業部に連絡を取り、支払い延期について交渉を進めてもらっていた。営業は自分たちのミスであることを認めないため、入金の前倒しには協力してもらえていないらしい。まぁ、それでも何とか資金繰りは回るんだが、返す返す気に食わない。てきぱきと動いたおかげで3時間後には支払い作業を完了させることができた。「みんな、よくやってくれた。プロキュアメントの協力もあって、コミットメントラインも当座貸し越しも使わずに乗り越えられそうだ。黒田部長もバツが悪そうな顔してたよ」やはりうちの部下は仕事ができる。こういう時は管理職をやっててよかったと思う。

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