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課長、異世界で副業する

遠くから聞こえる軍勢の声、剣戟の音、爆発音、PCの前にいたはずなのに、どういうわけか肌寒い中に自分がいることに気が付く。夢のような状況のはずだが、夢でないことは自覚できた。体を起こす、全身がきしむように痛い。目を開けると、目の前には醜悪なゴブリンの姿…!?
あまりにも非現実的な状況に呆然としていると、数名の騎士らしき一団がゴブリンを取り囲み、手際よく倒していく。

彼らの甲冑は銀のごとく輝くプレートメイル、微かな風に揺れる青のマントは、遠い海の色を思わせる。兜(バルビュータ)の隙間から覗く双眸には燃え盛る炎が宿っていた。胸元には家名を示す紋章が誇らしげに刻まれ、手にする長剣の柄には精緻な彫刻の周りに加護の言葉、刃は月光を宿したかのように鈍く輝いていた。彼の足元を包む金属製の脛当て(グリーブ)は、長年の戦いの中で幾度も砕け、鍛え直されてきたもののようであった。

よく訓練されている。第一印象はそれであった。ゴブリンの大軍を完全に取り囲み確実な勝利に向けて動き始めている。しかし、ゴブリンも反撃してきているせいで騎士側にも損耗が出ている。
「完全に囲まないで、そこの人、こっちに来てください」何が起きているのか混乱はあるものの、ここは騎士を助ける場面と思い、山側に陣取っている一団に声をかけ逃げ道を作ってやる。すると、ゴブリンたちは悲鳴を上げながら雪崩のように山の斜面へと逃げていく。追い詰められた獣のように、逃げられる道が開けた瞬間、その場の戦意を捨て、我先にと命を惜しむ。騎士たちはそれを見逃さず、一糸乱れぬ動きで包囲を縮め、確実に敵の数を減らしていった。「見事だな…」無意識に漏れた言葉。自分の状況も理解しきれていないのに、彼らの戦いぶりに魅入っていた。しかし、ここは見物するための場ではない。自分が今どこにいるのか、どうしてこの戦場にいるのかを考えるべきだ。

「そこのあなた、大丈夫ですか?」声をかけられ、顔を上げると、一人の騎士がこちらに向かって歩いてきていた。彼は戦いの最中にもかかわらず、冷静な表情を崩さず、すでに戦局の流れを見極めているようだった。
「立てますか?」騎士の手が差し出される。見ると、自分の服装は普段のものではない。気づかぬうちに、まるで中世の衣装のようなものを身にまとっている。それに、体の痛みはまだ引かない。「…ええ、何とか。」差し出された手を取り、ゆっくりと立ち上がる。騎士の目がこちらをじっと見つめた。
「あなたは、いったいどこの者ですか?」どう答えるべきか、迷う。しかし、正直に「PCの前にいたはずなのに気づけばここにいた」と言っても信じてもらえるとは思えない。「それは…」何と答えるか考えていると、突如、遠くから甲高い咆哮が響いた。戦場に残っていた騎士たちの動きが止まる。そして、一斉に視線を声の方向へ向けた。山の向こう側、黒い影がゆっくりと姿を現す。巨大な体躯、ねじれた角、爛々と光る赤い瞳。ゴブリンではない。それよりも遥かに大きく、凶暴な気配を放つ存在。
「オーガだ…!」騎士の一人が叫ぶ。その声には明確な警戒と緊張が込められていた。
「くそっ、ここで出てくるか…!」先ほどの騎士が剣を構え、他の騎士たちも戦闘態勢を整える。しかし、そのオーガの体躯は通常のものよりも巨大で、ただの野生の個体とは思えなかった。
「まずいな…撤退の判断が必要かもしれん。」騎士団の隊長らしき男が呟く。しかし、オーガはすでにこちらへ向かって歩を進めている。そして、理解してしまった。この状況、何かのゲームや物語で見たことがあるような気がする。だが、これは夢ではない。自分は確かにここにいる。
これはもう逃げるしかない。焦ってその場を立ち去ろうとすると、若い騎士が声をかけてきた「私の名はアモグナス、私の要請にこたえてくれたのはあなたですね?」。は?何が起きているのか分からないが、確かに聞いたアモグナスという名前。確かにその名前は見ましたが、言いかけた私に彼は声をかける「要請にこたえてくれて感謝する、我々はグ王国の騎士団だ、報酬ははずむからよろしく頼む、手始めにあのオーガを倒してくれないか?」。

何を言われているのやらだ、倒すどころか逃げることだっておぼつかないこの中年サラリーマンに何をしろというのだ?
そんな思いを無視するように、彼らは鋭い視線を向けてくる「あなたは我々の神官に指名を受けた勇者だ、あれくらいは早々に倒せるはずと聞いている、まさかできないとは言わないですよね?」
もしかしたら、できるのか?ラノベみたいに、俺はここでは強いのか?失敗したら死ぬことになるが、オーガはもうすぐそこに迫っており、逃げても多分死ぬだろう…こうなると自分が強くなったことに賭けるしかないということか。改めて見るだけで怖いオーガに対して私は手を振りかざし、思いきり叩き込んだ。

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