灰色がかった群青色のズボン
先日、用事をしに駅前のビルに行き、慌ただしく歩いている時に、
きれいな色のズボンが目に入った。
思わず手に取る。
お店の人が来て、「綺麗な色でしょう。それは、染め方が特殊で…」と説明。
しばし見とれる。
その隣にあったズボンにも手を伸ばし、その隣のズボンにも手が伸び、
いろいろと吟味して、
二つ試着させてもらうことにした。
「あっちのも人気ですけど、あれは履かなくていいですか」と訊くので、
「あれは持っているんです」と答えると、
「ああ、前に、『女のズボンにはポケットがないから』と買いに来た人がいました」と言うので、
「ああ、それは私ですね」と言い、
その後二人とも無言で試着室まで歩いた。
そう、女のズボンにはポケットがない、あるいは小さい、という話題がネットを駆け巡った時、
私も思い当たることがあった。
職場で式典に臨むべくパンツスーツを買い、
いざ当日、事務室に鍵をかけ、それをポケットに入れようとしたら、上着のポケットが飾りポケットだった。
びっくりし、何度も確認するが、右ポケットも左ポケットもただの飾り。
慌ててズボンの後ろのポケットに入れようとしたら、
それも飾りポケットだった。
左右とも。
ズボンの前ポケットは本物のポケットだが、浅すぎて、鍵を入れて座るといつのまにか落ちそうだ。
私は、鍵というささやかなものをポケットに入れたいだけなのだ。それも、何十個も入れるのではなく、一個だ。
できればスマホもポケットに入れたいが、望むべくもない。
男物のズボンには本物のポケットがあり、しかも深いと聞きつけ、
おそるおそるメンズ服の店に足を踏み入れた。
そんなにびくびくすることはない。息子を連れた母親らしき人も、カップルらしき人もいた。
でも、私は慣れていないので、おっかなびっくり。
そして、売り場のズボンのポケットに手を入れてみると、「深いっ!!」
その隣のも、その隣のも。
お店の人が来て、私が興奮気味に、「ポケットがこんなに深いんですか」と喜びの声を上げると、
その人は私を見て、何言ってんだ、みたいな顔をした。
《つづく》