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食事処れとると:参

 おいらは、はるみ苑と平城京を結ぶ時空の引き戸が
おいら以外に使われることがなかったら、
このれとるとで、飯屋を開くのが
面白いかもと思い始めていた。
まだ、れとるとは米にかけられていないが、
人間が1300年の月日を与えられて、
有無を言わさない仕上がりを
追及しない訳がない。
 お、台所から鼻孔をくすぐる湯気の匂い。
「3つ作ってみました。
右から親子丼、牛丼、カレーライスです」

「どんって響きは民衆に浸透し易そうだな。
最後のかれえらいすと、言うのは?」

「国民的な料理です、
1カ月に1度は食卓に並ぶくらい王道なんですよ」

「朝から何にも口に入れてねぇ、
って酒咲さんも、同じ条件か。
なぁ、唐突だが、
酒咲さんって名前はなんて言うんだい?」

「優衣、ですけど?」

「ゆいさん、か……。どんな漢字を書くんだい?」

「ええと、「優」に「衣」です」
 酒咲さんが優衣と、台所の鉄の板に指でなぞる。

「蔵之助さんの名字はなんて言うんですか?」

「おいらは名字を名乗れない身分だから。
でもな、家持って勝手に思っている」

「やかもち……
なんか貴族のような響きですね。素敵です」

「優衣さんがはるみ苑で羽織っていた桜色の衣には
どんな名前が付いているんだい?」

「ん? あー、あれはカーディガンって言うんですよ。
どうしてそれを?」

「優しい衣って、
ああいう服のことを指すんだろうなって、
ちょっと思って」

「優衣が=カーディガンですか。
ふふっ、なんかいいですね」

「へへっ! んで、れとるとはどうなんでぇ?」

「んむんむんむ……旨い! 旨い! 旨い!
な、なんでぇこれは?
宮廷でもこんな豪華な飯は食えねぇぞ、きっと」

「位の高い方たちは、税で集めた特産物とか
高級食材を食べてるんじゃないんですか?」

「おいら宮大工だけど、
任されている区域は
十二番街だけだからなぁ。
なぁ酒咲さん、
はるみ苑が休みの日に、平城京にきて、
おいらと商売してみねぇか?」

「そんな、隣町に行く様な感覚で、
平城京くんだりに行けるんですか?」

「行ける!
俺の見込みが正しければ!
710号室に急ごう!」

「はぁ、はぁ、はぁ……この引き戸、
時空の引き戸が
おいらたちの世界と
こちとらの世界を結んでいるんだ」

「一度行ったら、
二度と戻れないとか厭ですよ!」

「大丈夫、おいらは
710号室の扉自体は開かなかったが、
この暗室に辿り着ける方法は会得しているから」

「蔵之助さん、信じますよ!
それにしても、
平城京でどんな商売をするんですか?」

「今までの流れで解らないかい?
開くんだよお食事処 れとるとを」

「おしょくじどころレトルト?
平城京で、ふぁ、ファミレスですってぇ?」

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