私の最期の先生 十五話

十五話 「感謝」
class committee side 
目の前のアクリル板は分厚く、透明なのにのし掛かってくるような圧がある。その先に見えるのは、少しひげが生え、やつれた様子の先生だった。
「……おう、神田栞。」
「お久しぶりです。先生。」
そんな挨拶を交わした後、私は佐野先生とのいきさつを話した。話の途中で
「そうか。」や、
「あぁ。」
など、すっかり燃え尽きたような声で相づちを打っていた。
そして、私が話し終えると
「頑張ったな。」
と、ひどく優しい言い方をした。
先生の目には、私はどう写っているのだろう。まだ生徒のように見えているのだろうか。
それとも、イカれた人間に見えるのだろうか。
「先生。」
「どうした?」
「………………死んじゃうんですよね。先生は。私より先に。」
「…………。」
「ずるいです。私はまだ死ねないでいるのに。一人で死ねばいいのに出来なくて…………。」
本当はこんなこと、言っても仕方ない。仕方ないのに……!

「神田栞。俺はお前に感謝している。」
「……………………へ?」
「あー……。お前が死ねないことに感謝しているんじゃなくて、俺の個人的な理由でお前に感謝してるってことだ。」
「どういう……ことですか。」
「……俺が初めて人を殺したのがお前くらいの時なんだ。その時は俺が殺されそうだったんだ。しばらくはとても生きた心地なんてしなかった。」
―――――――――――え?
「そしたら半年前、また人を殺してしまった。その時、唐突に殺されそうになったときのことがフラッシュバックして、この恐怖心をどうにかしようと何回も人を殺した。」
何回もなにかを言葉にしようとした。でも言葉が出てこない。
「正直、俺のことを殺そうとしたあいつをやっつけているみたいで楽しかった。まぁ、そんなことをしても満たされる訳ではなかった。」
「…………それで?」
「いつの間にか俺は、ただ人殺しをするだけの死にたがりになっちまった。お前と関わっているときも、ずっとずっと死にたかった。死ねなかった。俺はお前にもずっと嘘をついていたんだ。ごめんなぁ、神田栞。」
初めてだった。大人が、こんなに弱々しく見えることが。先生が私に謝ることが。
「今考えたら、もしかしたら俺は、神田栞と俺を重ねていただけなんだろうな。死ぬ勇気がない、生きたがり。まぁでも、俺はもうじき死ぬ。死ぬ機会を与えてくれて俺は嬉しいよ。ありがとう。」
「…………そんなこと言わないで下さい。私は、先生を利用しようとしただけです。ただそれだけです。感謝なんて……。」
「おい、泣くなよ。」
「むしろ、感謝するなら私の方です。貴方のおかげで千穂を助けられた。私も、心が楽になれた。ありがとうございます……!」

先生も、私も似た者同士だった。二人とも、死にたがりで生きたがりだった。
私は貴方を許さないだろう。最後の最後に
「生きろ」って言った貴方を。

              さようなら。




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