#23 S様
点灯する部屋番号を確認しながらうす暗い廊下を奥へと進んでいく。指定された部屋の前に立ち深く大きな深呼吸をしてからチャイムを鳴らした。3秒ほどして扉がゆっくりと動き20センチほど開いたところで止まる。扉の裏側に暗く大きな影を感じた。その瞬間飛びだしてきた何かに左上腕をわしづかみされ声を出す間もなく扉が大きく開き目の前に壁のような上半身が現れた。見上げて顔を確認することもできず強引に部屋の中に引きずり込まれる。男は左手で扉を素早く閉めると掴んでいた手を放し腹部に軽く前蹴りを入れてきた。私は耐えきれず床の上に仰向けに倒れこんだ。トートバッグからペットボトルが勢いよく飛び出し音をたてて床を転がっていく。男は寝転がった私の腹の上に土足をのせてじわりと体重をかけてきた。私は目をつぶって恐怖が過ぎ去るのを待った。たまらず「ううっ」と呻き声をあげた。男は足を持ち上げ横っ腹にトゥキックを入れると寝転がった私の足を両手で持ち上げ部屋の奥に引きずっていった。
天井の鏡に床を滑る自分の姿が映っていた。
男はソファーに深く腰掛け背もたれに身体を預けていた。私は男の膝の前で下着姿で正座していた。男は最初遠くから私の目を凝視していた。男はシャツの袖のボタンをはずして両袖をまくり上げネクタイを少し緩めると前のめりになり30センチほどの距離に顔を近づけた。死んだ魚のような目の恐怖に耐えきれず目をそらすと同時に右頬に平手が飛んできた。キィーンという耳鳴りが止まらずこらえていた涙が溢れ出た。男は潤んだ私の瞳を直視しながら右足の皮靴を私の左の太ももに乗せしばらく無言でリズムをとっていた。
財布の中から紙幣を1枚づつ取り出すと横のテーブルの上に肖像を確かめながらそれを重ねた。いーち、にーいっと声を出して10枚取り出し束にすると右手に持ち私の左頬を薄っぺらい札束でペチペチとたたいた。札束で顔をたたかれながらの罵倒が5分ほど続き涙目になりながらもうやめてと心の中で訴えていた。
男は左手首に目をやり「もう時間か」とつぶやくと電話の場所に移動しフロントに「先に一人出ます」と伝えた。戻ってくるとテーブルの上の10枚をつかみとりその中の5枚を選んで1枚ずつ私の頭の上に落とした。そして一人で部屋を出て行った。
部屋に残された私は安堵につつまれ床の上に散らばった渋沢栄一をぼんやりと見つめていた。
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