【漫画原作】メメンタオ ~女道士とキョンシー少女~【連載版脚本】#1
■とある民家
狭苦しく壁も穴だらけの見窄らしい家。
若い夫婦が、部屋の真ん中に置かれた棺の傍らで沈痛そうに
むせび泣いている。
棺の中には、装飾された、まだ十代前半の少女――メイファの遺体。
道服に身を包んだ女性ルオが、棺の中を覗きこんでくる。
年代物とおぼしき北斗七星の模様が刻まれたホルスターと、
八卦の文様を刻まれたリボルバーを腰に下げた奇妙な風体。
ルオ「安心してください。貴方は私が、立派に働かせてあげます」
真っ白な死化粧のメイファは、人形のように美しい。
■宇宙
銀河を彩る星々。
巨大な球根のような物体が、いくつも浮かぶ。
物体同士は木の根のような『洞脈』で繋がれ、結びついている。
T『洞天。それは複数の球状の国、<洞>からなる、巨大で閉じられた世界』
■洞脈の中は
パイプ状の空洞。
黄金色の粒子が川の如く流れており、
その中を浮かぶ線路の上を、蒸気を噴出する機関車が進んでいる。
■機関車内
空いている最後部の座席に座っている、ルオとメイファ。
爆睡しているルオに対し、メイファはぱっちりと目を開けて、
代わり映えの無い外の風景を眺めている。
車内アナウンス「次はカイヨウ~カイヨウ~」
■カイヨウの村・村道
見渡す限り田や畑や竹林の、長閑な畦道。
畑仕事をしている農夫達の姿が、ちらほほらと見える。
ふらついた足取りで歩くルオと、両足で飛び跳ね、
軽快に移動するメイファ。
メイファは歩く死体、キョンシーである。
ルオ「メイファー、もう歩きたくねーよ~」
メイファ「(飛び跳ねながらルオを向き)……」
ルオ「このカイヨウって洞、生産区だからって田舎すぎるぜー。店ひとつねーじゃん。腹減ったー」
メイファ「私はお腹空かないので平気です」
ルオ「そりゃメイファはキョンシーだからいいけどさあ、俺は飯が無いと動けねーんだよー」
メイファ「とにかく、宿泊場所を探すまでの辛抱です師父(すーふ)」
メイファ、跳ねながら先に進んでしまう。
ルオ「待てよ~メイファ~」
メイファ「(呆れ)情けない師父(すーふ)、歩かなければ『玉陽(ぎょくよう)』が省エネモードになってしまいます」
頭上には陽が昇っているが、それは太陽ではない。
空を覆うドーム型の天井に、機械的な球形の光源、
『玉陽』がぶら下がっている。
■さびれた道場の玄関
扉を何度も叩くルオだが、返事は無い。
ルオ「んー、誰もいないみたいだな……」
メイファ「次を探しましょう」
ルオ「(じたばた)やだー、腹減ったー! もう限界ー」
メイファ「道士としてのプライドはどこにいったのですか」
裏から大きな声「誰か来たのかいー?」
ルオ・メイファ「?」
× × ×
道場の裏手に回ってくるルオ、メイファ。
広い畑があり、中年のツー夫妻が畑仕事をしていた。
夫、汗をぬぐいながらルオを見て。
夫「見ない顔だね、旅の人かい」
ルオ「(キリッと姿勢を正し)ああ、ちょっと遠くからね。泊まれる施設を探しているんだが、いい場所は無いだろうか」
妻「カイヨウは小さな村だからねえ……」
夫、メイファをまじまじと見つめている。
夫「アンタ、もしかして……キョンシーかい」
メイファ、こくりと頷く。
夫「(ルオを見て)ってことは、アンタは道士様かい!?」
ルオ「(頷き)ルオ道士って言ったら、それなりに名が通ってると思うけどね」
夫「ほう! 知らん!」
妻「出家(フリー)道士なのかいねえ」
ルオ「……まあ、まだマイナーかな」
メイファ「大飯食らいの道士として、そのうち有名になりそうです」
ルオ「おい」
夫「道士様をもてなさなかったとすれば地洞に落ちる。使っていない道場で良ければ、泊まっていかれなさい」
ルオ「ありがたい! 雨風がしのげて暖かい布団があって、三食腹一杯食えておやつ貰えるなら贅沢は言わない!」
メイファ「贅沢です師父(すーふ)」
背後からの声「ただいまー」
振り向くルオとメイファ。
可愛らしいが垢抜けない少女、リウが米俵を担いでいる。
リウ「……誰?」
夫「リウ、こちら旅の道士様だそうだ。おじいちゃんの道場に泊まっていただくことになったから、お世話してあげなさい」
リウ「道士様? (メイファを見て)もしかしてこっちは……」
ルオ「俺が小間使いにしてるキョンシー、メイファだ」
リウ「(気味悪そう)やっぱり……キョンシー歩く死体の世話なんて嫌だからね」
夫「こ、こらリウ、失礼を!」
ルオ「(苦笑)仕方ねえさ、労働に役立つとはいえ、キョンシーが死体ってことには変わ りはないからな」
メイファ「私も気にしません」
リウ「(怪訝そう)気にされても困るわよ」
ルオ「お嬢ちゃん、キョンシー運用のルール道はきっちり守ってるからさ。安心してくれ」
リウ「どうだか……」
■道場内
磨かれた床、埃一つ無い壁。
古いが、室内は綺麗に掃除されている。
荷物を下ろすルオを、片隅の卓に座って倦厭そうな顔で見ているリウ。
ルオの上着を、ハンガーのように腕にかけているメイファ。
リウ「おじいちゃんがいないときに、こんな性のしれない奴らを泊めるなんて」
ルオ、リウの対面に座って。
ルオ「じいさんは、失踪でもしたのか」
リウ「(沈痛そう)うん……もう何日も経つのに見つからない。ほとんど寝たきりだったから、遠くまでいけるはずもないのに」
ルオ「じいさんっ子なんだな、リウは」
リウ「まーね! おじいちゃん、昔はすっごく強い道場主だったんだから。私も習ってたのよ!」
立ち上がり、形意拳の崩拳らしき型を、敢然と決めるリウ。
× × ×
リウの回想、道場。
元気なリウの祖父が型を決め、隣で弱々しく真似している幼いリウ。
× × ×
ルオ「そのじいさんが寝たきりか。家族も大変だったろ」
リウ「仕方ないよ、人間は年経るんだもの。私達が頑張って支えてあげなきゃ」
ルオ「いまどき見上げた若者だな」
リウ「……ただ、いなくなったのっておじいちゃんだけじゃないのよ。お年寄りがたくさん失踪してるって、お父さん言ってた」
リウ、メイファを横目で睨んで。
リウ「野生のキョンシーが出たって人もいる」
メイファ「(無表情)……」
ルオ「(苦笑)野生の死体なんてのがいたらすぐに見つかると思うけどな……このルオ道士様が探してやってもいーぞ」
リウ「(吹き出し)遠慮しとくわ。あんた符の一つも持ってないみたいだし、このカイヨウにはもう立派な在家道士様がいるから」
ルオ「(不敵に笑い)立派な道士か」
■コウ道士の義荘
鬱蒼とした竹林の奥、豪奢な構えの邸宅。
■同・屋内
大極の旗を掲げた大きな祭壇に、酒や符、餅米、
鈴などの供物や祭具が並ぶ。
長い線香を手にして、粛々と祈りを捧げているダンディな口髭の男、
コウ道士。
その周りには何体ものキョンシーが額に符を貼ったまま控え、
さらにメイド服の少女が祈りを見守っている。
背後の扉から、ノックの音。
コウ「どちらさまで」
リウの声「コウ道士、ツー家のリウです」
コウ「リウか、入りなさい」
扉を開き、恐る恐る入ってくるリウ。
後ろから、ルオとメイファが続く。
コウ「(怪訝)そちらの方は」
リウ「(申し訳なさそう)旅の道士さんです。コウ道士のこと話したら、どうしても会いたいって」
コウ「ほう……」
ルオ、リウを無視して無遠慮に中に進む。
ルオ「どうもどうも、存思(おいのり)のところお邪魔します、ルオ道士です。こいつは俺のキョンシー、メイファ」
堅い動きでお辞儀するメイファ。
コウ「(戸惑いつつ礼)これはこれは、コウです。ようこそいらっしゃいました」
親密に話す二人に、緊張しているリウ。
ルオ「すごいキョンシーの数っすね。全部コウ道士の私物ですか」
キョンシー達を観察するルオ、
その視線は値踏みをするかのように真剣で鋭い。
コウ「ええ、全て私が買い取って術を施したものです。キョンシーは大切な労働力ですからな」
ルオ「それなのに、可愛らしいメイドも雇ってらっしゃる」
ルオの視線の先、柔和な笑みを讃えたメイド。
コウ「(笑い)死体ばかりに囲まれると気が滅入りますしな」
ルオ「(笑い)ごもっとも」
リウ「(ルオに)ちょっと、何でそんな偉そうな態度なの。ただの出家道士のくせに」
コウ、ルオのホルスターをふと見て、北斗七星の模様に驚愕。
コウ「その古き星の徴は――貴方はまさか、宮道人!?」
ルオ「はあ、まあそのよーなもんです」
リウ「(困惑)きゅ……宮道人?」
コウ「全洞天を支配する洞・十州の政府機関、宮府直轄の、エリート道士だよ! いやはや、こんな所で会えるとは光栄だ!」
コウに握手を迫られ、照れもせずに応じるルオ。
リウ「(唖然)説得力無さすぎでしょ」
メイファ「同意です」
リウ「あんたが同意しちゃ駄目でしょ……って何キョンシーにツッコミいれてんの私」
コウ「しかし宮道人がなぜこのような小さな 洞へ?」
ルオ「修行みたいなもんですよ、俺はキョンシーもメイファ一人しか使いこなせない若造っすからねし」
コウ「(腑に落ちない)ほ、ほう……?」
リウ「あ、あの、コウ道士……おじいちゃんのことなんですけど」
コウ「ああ、そのことか。安心しなさい。おじいちゃんは必ず私が見つけるから」
リウ「(不安そう)……はい」
コウ「さあ宮道人どの、ぜひお食事でも!」
ルオの手を引き、家の奥へと進むコウ。
跳ねながら追いかけるメイファ、迷っているリウ。
メイド、リウに優しく笑いかけて。
メイド「リウ様もぜご一緒に」
リウ、惑いながらも頷き、ルオ達を追う。
■道場・外観(夜)
『玉陽』の光が弱まり、三日月のようにおぼろげな燐光を発している。
星は一つも無い。
■同・内(夜)
蝋燭の薄灯り、仄かに明るい屋内で座っているリウ。
卓の上には、八卦を象った羅針盤。
疲れも見せず立っているメイファ、ルオは荷物をあさっている。
ルオ「いやー食った食った。まだ食い足りないけど」
リウ「あれだけ食べておいて……つーか、私はまだ、あんたみたいなチャラ女が超偉い道士ってのが信じられないんだけど」
ルオ「真実は外見には宿らんもんなの。ちゃんとライセンスは授かってるんだから……ほれメイファ、お前もご飯だ」
布袋の中から、飴玉のような『丹』を取り出すルオ。
ルオ「あーん」
メイファ「(大口を開けて)あーん」
ルオ、丹をメイファの口の中に、慎重に入れる。
ゆっくりと、ルオの指先を舐めながら口を閉じるメイファ。
妙に色っぽく、一息に、丹を嚥下する。
メイファ「けぷ。ごちそうさまです」
リウ「(小声)可愛い……」
メイファ「(リウを見て)?」
リウ「(恥ずかしそうに視線を逸らし)そ、それって、練丹術ってやつ?」
ルオ「そうだ。キョンシーには生物を動かす魂魄の内、魄が無いからな。魄を繕って入れてやらないと、エネルギー切れになる」
リウ「アフターケア大変なのね、死体なのに」
ルオ「死んでるからこそ、だ。メイファは俺が責任を持って、きちっと働かせる」
リウ「……その子、子どもでしょ。死んでからこき使われるなんて、可哀想」
ルオ「望んだのは、生前のこいつだ」
怪訝そうにメイファを見るリウ、無感情に視線を返すメイファ。
■冒頭の民家(数年前・メイファの回想)
床に敷かれた布団の上で、横たわっている、生前のメイファ。
傍らではメイファの母が痩せた傷だらけの手で、裁縫仕事をしている。
ルオのN「難病を患っていたメイファは、自分の余命が長くないことを知っていた」
母の手を見つめる、悲哀に潤んだ、メイファの瞳。
ルオのN「メイファが家族にしてやれるたっ一つのこと――それが、自分の遺体を、キョンシーの素材として売ることだった」
■元の道場(夜)
固唾を呑んで、話を聞いているリウ。
ルオ「外的損傷の無い若い遺体は貴重だからな……俺が高く買い取った。あの金だけで、家族の生活は何年も持つだろう」
リウ「……家族想いなんだ、メイファ」
メイファ「そうだったみたいです」
リウ「『みたい』?」
ルオ「メイファに生前の記憶は、全く残っていない。人間とキョンシーは、姿は同じでも全く別の存在なんだよ」
リウ「家族のことも覚えていないの? ……虚しいのね」
メイファ「私は何とも思いません」
ルオ「家族とも会わせていないしな」
リウ「ひどい、薄情者」
ルオ「家族の死体が動いて近くにいれば、人の側が道を外す。科儀(サイエンス)を操り道を重んじるのは、リウが思うよりずっと難しい」
リウ「何よ。農家を馬鹿にしてるわけ」
ルオ「お前は、自分達の洞を照らす『玉陽』が何なのかを知っているか?」
リウ「……? 玉陽は玉陽、でしょ」
ルオ「あれの原理はTMR<進行波炉>――古い世界の発電機関だ。使い道を誤れば洞は汚染され、人が住めない石棺同然になる」
リウ「(恐怖)そ、そんな話、聞いたこと無い」
ルオ「この世界が分断された〈洞〉になったのは、あれのせいだって伝説もある――死と共に暮らすのはキツいことなんだぜ」
そのとき、八卦羅針盤の針が壊れたように激しく回転――
突然止まって、一つの方向を示す。
ルオ「――! 来たか!」
リウ「え、何?!」
ルオ「死が近づいているのさ」
ルオ、突然ホルスターを手にして立ち上がる。
続く
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