カルチャーとスポーツの間で

ブレイキンとの出会い


 今夏パリで開催されたオリンピックで追加された新種目「ブレイキン」。その華やかさとファッショナブルな点から、開催が決まってから世界中が注目していた。
 私は恥ずかしながら、このブレイキンというスポーツを今夏初めて知った。日本で「ブレイクダンス」として言われていたものと同義だと知り、「あの音楽に合わせてダンスバトルするやつか」程度にしか思っていなかった。というのも、この競技は今まで自分が歩んできた人生と、1ミリも掠ってこなかったのだ。それまでの私のイメージは―こういう言い方はよくないのかもしれないが、あえて本音で言うと―「不良っぽい」「チャラチャラしている」「近寄りがたい」というものだった。だから、パリオリンピックでも見るつもりは全くなかったし、世間でどのように扱われているか全く知らなかった。

初代女子王者AMIさん


 そのようなブレイキンだが、8月初旬に行われた女子の試合で日本代表選手が金メダルを獲得し、オリンピック初代王者になったと報道された。私も何の気なしにLINEニュースでそれを目にし、せっかくだからとそのページをタップした。
 女子初代王者はAMIさんという方だった。ダボダボの服を着て、鼻にピアスをつけている写真がトップに表示された。今までの「チャラチャラしている」という印象を改めて抱いたが、それと対照的に「あまり怖そうじゃない」というやや拍子抜けするような感覚も同時に抱いた。その記事を読み進めていくと、どうやらこのブレイキンがオリンピック種目に正式採用されてから、数多くの葛藤がブレイキン界に渦巻いていたらしいことが分かった。

アーバンスポーツとは


 ブレイキンはそもそも「アーバンスポーツ」というジャンルに属す競技らしい。「アーバンスポーツ」とは、名前のとおり「urban(都会)でやるスポーツ」であり、スケートボードやBMX、スポーツクライミング、3×3バスケットボール、パルクールなども属している。
 アーバンスポーツは元来、街中で音楽やファッションと一緒に多くの人と交流できる「遊び」としての要素が大半を占めていた。外国では昔から多くの若者がアーバンスポーツに親しみ、その遊びを通して自国や他国の文化―いわゆる「カルチャー」―に触れていたのだ。日本でもそういったものが次第に取り入れられるようになり、東京オリンピックでいくつかの種目が正式採用されたことで、一気に陽の目を浴びるようになったというわけだ。

オリンピック正式採用の裏には


 さて、話を戻すが、オリンピックで正式採用されるにあたって生じた葛藤とはどのようなものか。それは、勝敗や順位という目に見える「数値」との向き合い方だった。遊びをルーツとしている従来のブレイキンでは勝敗がつくことにはつくが、それは小さな一要素でしかなかった。目の前にいる他者は、バトルをしているときはライバルであるが、終わってしまえば称え合う仲間になる。お互いの素晴らしいトリックに賛辞を送り、「自分もあのようになりたい」という憧憬を抱く。そのような「リスペクト」が会場全体に溢れていたようだ。
 だが、オリンピック種目になったことで、代表選考会も開催され、勝者と敗者を明確に分ける必要性が生じた。「ブレイキンはこんなにもはっきりと勝敗をつけるスポーツなのか」とAMIさんは戸惑ったらしい。
 でも、その葛藤を振り払い、ステージに立ったのは、ある思いからだった。それは、「ブレイキンを盛り上げたい」という使命感だった。日本ではまだまだ認知度が低く、私が当初抱いていたような間違った印象を抱かれることも多かったのだろう。AMIさんのダンスから「ブレイキンは素晴らしいもの」「カルチャーに触れることは互いを認め合うこと」など多くの前向きなメッセージを感じることができた。

「ブレイキンはブレイキン」


 解説をしていた白井健多朗さんは試合後に、「カルチャーとスポーツに挟まれて…なんてこともありましたけれど、ブレイキンはブレイキンなんです」という言葉を残した。「ブレイキンはブレイキン」―その言葉の裏には、「たとえオリンピック種目になって勝敗を明確に決めることになっても、カルチャーを大切にしたり、他者をリスペクトしたりすることには変わらない」という、ブレイキンを愛するがゆえの信念があるのだと思った。
ブレイキン以外にも、パリオリンピックでは引き続き、スケートボードやBMXで日本代表選手が躍動した。それらの競技の解説者たちが独特の表現をするという別の面での注目も浴びたが、各解説者もさすが競技と関わってきただけあって、選手を称える表現力が実に多彩だった。だれも嫌な思いをしない。みんなが笑顔でいられる。互いを認め合える。そのような綺麗事に思えるようなことが、テレビの中、遠く離れたパリの地で実現していた。だが、思い返せば3年前の東京でもそれは実現していたのだと気づいた。

アーバンスポーツに託す思い


 ちなみに、東京オリンピックでアーバンスポーツが採用された裏には、IOCのこのような思いがあるらしい。「伝統的なスポーツだけではオリンピックはこれ以上、生き残れない。厳しい上下関係やヒエラルキーが根強いスポーツばかりでは若い世代はついていけない。アーバンスポーツは上下関係がフラット。『かっこいい』『楽しそう』そう思えるところに価値がある」。
 東京オリンピックは無観客だったが、パリオリンピックでは観客というさらなるスパイスが足された。テレビ越しでも会場が大いに沸いていたことが感じられた。
 新たなスポーツの姿―勝敗や上下だけでなく、互いを認め敬い憧れ、共に困難を乗り越えていく姿勢―をアーバンスポーツが強く示してくれた。各選手に敬意を払いながら、アーバンスポーツマンシップに則って私もスポーツや仕事や人間関係を充実させていきたいと思った。

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