国語力崩壊とは
朝ふと思って書いたこれ
思ったよりTwitterの議論が盛り上がって(?)いて
授業した先生へ非難が行きそう…
上記で書いた通り、そこじゃないけど読み取れない児童はいる
というのが私の経験
ここからは勝手な持論です
国語って難しいし、私も本当は苦手
だからこそ授業では遠回しではなく、伝えることはストレートに伝えるし、考えることはじっくり考えたい
先輩先生に聞いたことですが、国語の読み取りはどこかに「根拠となる描写がある」もの
ごんが兵十のおっかあの死を知ったのは
・村の人の様子(お歯黒をぬる女性)
・村人の行列
・兵十が先頭にいる
みたいなヒントがあったから
みたいな?
描写が少ないものや、物語の本筋にあまり関係のない部分は「想像」になったり、「道徳的な読み取り」になってしまう
だって、いきなり
「葬式の場面でお歯黒をぬっていた女性(弥助の家内だったかな)の気持ちは?」とか聞かれてもわからないじゃないですか
「悲しんでいる」?
「葬式をめんどうに思っている」?
私はわかりません
話題になった「葬式の準備」は知ってるか知らないか、つまり知識を問う問題でしかない
これで国語力の低下と言うにはちょっと無理がある
それでも前の記事で書いたように、読み取れない児童はいます
ごんの償い(イワシ、くりや松茸をあげたこと)がごんの自己満足な償いであると読み取れる児童は全員ではありません
でも、そもそもですけど……
これ言っちゃっていいのかな
初めてやる授業なんだから、知らないことも間違えることもあるんじゃない?
児童全員が正しく(?)読み取りできたら私は失職します
正直、私は教師として授業で問う問題に正解なんて求めちゃいません
どんな意見だろうとたくさん意見が出ればまずOK
その中で根拠のある意見があれば、ちょっと注目させてみる
そうすれば自ずとみんな「あーなるほどたしかに」ってなる(ならない子もいるけど)
間違いも勘違いも全部ひっくるめて経験させて、それが積み重なった先に、読解力とか感受性が芽生えてくれれば(希望)
国語力の低下というか読み取りが浅いのは
ゆっくり考える時間がない
からではないでしょうか
映画とか観たらそのあと2時間くらいぼーっと反芻してほしい
いい小説読んだら数日はその物語で頭の中をいっぱいにしてほしいし、妄想してほしい
今の子って忙しいのでじっくり考える前にすぐ別のスケジュールが埋め込まれるんですよね
桃太郎の話のその後とか、自分で想像、妄想してみる時間が有ればいいのに
うーん、またオチがない
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?