太陽が消えた街。
笑い方?
忘れた。
怒り方?
忘れた。
泣き方?
忘れたよ。
人って売れるんだって。
親父は泣きながら、得体の知れない男達にあたしを引き渡した。
泣いてた顔は途端に姿を変えて、得体の知れない男達のボスであろう人物の機嫌取りに媚びた笑いを繰り返す。
あたしはあの顔が世界で1番嫌いだ。
抵抗はしなかった。
親父と暮らしてても、最低な生き方
してたから。
特に変わりない生き方を、親父の
いない場所ですればいいだけ。
ただ、それだけ。
身体を擦る舌。
身体の感覚ってどこにあるんだろ?
何をされても別に平気になってきた。
蹂躙されてもあたしは別に。
やたらに打たれる注射。
それが何だかわかってきた頃には、もうあたしはどうでも良くて。
夜のネオンで踊ってあやとりしてたよ。
昔書いてたノートには何だか未来の
幸せを書き綴ってたっけ?
幸せが何だかわからずに。
『未来』と書いて『ミク』なんて名前を呪いながら、ネオン街で愛と云う得体の知れないモノを売る。
粘液で汚れた制服に、夢が滲んで
真夏の夜の街頭に蛾の群れが集まった真下、浴びる鱗粉に自分の居場所を知った気がした。
光に向かって飛べる蛾より、あたしは下にいる。
「ははっ……」
乾いた笑いでも笑えた。
朝になればまた、太陽がまた消えて
いく。
朝なのに、消えていく太陽。
あたしには、朝が夜で、夜が朝。
悪魔が天使で、天使は悪魔にしか
見えない。
正義側から悪側を見たら罪悪で。
悪側から正義側を見たらやっぱり
罪悪なんでしょ?
立ち位置が違うだけの話だもの。
正常だという人があたしを見たら
異常で、あたしから正常な人を見たらやっぱり異常なのよ。ホント。
なんでそんなに簡単に生きていられるの?
あたしは身体を切り売りして……
もう売れるところが無くなるまで
すり減らしてやっと生きてる。
やたらと眩しいあたしの夜に、
ニコニコしながら擦れ違うあたしと
同じくらいの歳の女の子達を横目に、あたしはどう映るのだろうか?
坂道のど真ん中で、あたしは眩しく
暗い夜に咲きたかった。
あんな風に、誰かと笑って。
咲きたかったんだ。
高望みなのかな?
あたしは売られた人で無し。
そんな事、買ったやつがあたしを
どうしようと自由なんだ。
それがこの世界の全て。
「次は上客だ、粗相の無いように」
そんなこと言われても、あたしは
いつもと変わらない。
それ以上なんて出来ないんだから。
赤髪でスーツの男があたしの
次の相手。
殺されてもなんの文句も言えない
あたしの環境。
「17」
「お前、1日幾ら?」
「3万」
「じゃあ、1年間買う。幾らだ?」
「は?」
「お前の1年、俺が買うと言ってる、
幾らだ?わからなかったらボスを連れてこい」
変な客が来た。
あたしの1年を買う?
それをアイツに告げると、ニヤニヤ
しながらアイツはその上客の元へ
向かっていった。
あたしはまた、売られていく。
もう売られるような中身なんて
何も無い空っぽなのに。
器だけでもいいのか?
買う人のことなんてわからないけど。
何かが倒れる音が聞こえた。
少しすると赤髪があたしの所へ来た。
「契約は成立した。1年と言わずお前の一生を買った。お前は俺のものだ、着いて来い」
事務所をふたりで出る。
あたしはこの人のモノになった。
ヤルことなんて変わらないだろうけど。
事務所を後ろ手に叫び声が聴こえた。
あたしは気になったが、赤髪は
『誰か転んだんだろう』とあたしの
手を引く。
タクシーに揺られて着いたアパート。
赤髪の身なりに対して、質素な作り。
自宅のようにはとても思えなかった。
「ここに住め。好きに使っていい」
「え?」
「これからひとりで生きろ。俺はこれ以上干渉しない」
「はあ?」
懐から出した封筒をあたしにくれた。
中身は1万円札の束。
「300万ある。それで自分の環境を整えて自分で生きろ」
「ちょっ……」
「じゃあな」
放り出されたあたしは……。
途方に暮れ、絶望した。
あたしの太陽が消えた音がした。
[完]