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『ブルックリン99』ロス。
アメリカの刑事ドラマ『ブルックリン99』を見終わってしまって、ロス状態である。ロスを埋めるために、良かったところを書き留めておく。
良かった点その1:各エピソードの尺が短い。
ほぼ全てのエピソードが20分程度なのがありがたい。一日の終わりにサクッと見ることができて、必ずどのエピソードでも大笑いできた。まず番組冒頭のイントロで2分程度のギャクで笑いを取ってから番組タイトルロールへ、その後本編という形なのだが、タイトルロールに流れるトランペットが効いたジャズっぽい短い曲も心を踊らせてくれる。
良かった点その2:『ダイバーシティ』について説教臭くない。
このドラマを一言でまとめるなら、「ダイバーシティ社会における刑事ドラマ」と言える。こうしたテーマだとどこか説教めいた雰囲気が漂ってしまうが、エンターテイメントの中にうまくハマっているところがいい。基本的にシリーズ全体の約90%がコメディなのだが、残りの10%程でつい胸が熱くなるようなマイノリティに対する偏見の話が盛り込まれていて、心がぐっと掴まれる。ベースとなる刑事ドラマの部分もしっかりとしていて、いろんな犯罪の謎解きエピソードも出てくるのだが、従来の刑事ドラマだったら50分程もしくは2時間の長編映画にでもなりそうな複雑な事件でも、各エピソード内の20分に収めるという荒業の脚本である。また、事件を全く扱わず、各シーズンに「Heist」と呼ばれるハロウィーンなどのイベントに絡んだ署内での余興ゲームの回があるのだが、この「Heist」のシナリオも、非常に入り組んでいて、最後に誰がゲームの勝者になるのか、毎回息を呑んでラストを見守ってしまう。
良かった点その3:ステレオタイプとは真逆のキャラ設定を貫く。
主要キャラクターは、ほぼ全員人種や性別からくるステレオタイプとは違う性格で描かれている。一番わかりやすい例は、基本的に社会的地位を持った白人男性と女性の役に「かっこいい」というイメージで描かれているキャラは皆無だ。彼らは組織で高い地位にある人物ならばずる賢く、反対に高い地位にいない立場の白人キャラクターは、だらしないか変人だけど愛嬌があるという描き方をされている。主人公のユダヤ系刑事ジェイクに至っては、第一シーズンではクレヨンしんちゃんのような幼稚園児程度の精神年齢に設定されている。一方で、白人以外のキャラクターについては、それぞれ自分の真っ当な努力が実って署内の地位を築いてきたという設定になっている。99分署のトップであるホルト署長は、アフリカ系でゲイというダブルマイノリティーでこれまで組織から爪弾きにされて昇進も阻まれていたけれど、やっと署長まで上がってきた。署長補佐に当たるナンバー2であるテリーもアフリカ系で、同僚・家族思いの熱血漢。女性刑事は二人ともヒスパニック系で、男性の容疑者逮捕にも体を張ってガツンと逮捕できる身体能力の持ち主であり、そのうちの一人は最終シーズンにはかなり高い地位まで出世していく。こう言うと比較的に白人以外のキャラクターが少し好意的に描かれているような気もするのだが、キャラクター全員が人種・性別に関係なく必ず一つ異常とも思える強烈なこだわりを持っていて、最初は少々引いてしまう。それでも、シーズン1の後半ぐらいになると、だんだんその濃いキャラクターの毒素の虜になってしまう。
良かった点その4:やっぱり社会に希望が持てる気がする。
いくら主人公のジェイクがだらしない男として描かれていたとしても、やっぱりアメリカのファミリー向け番組なので、ジェイクも8年に渡る全シーズンを通して「大人の男性」として成長していく。シリーズ開始は2013年#BlackLivesMatterのハッシュタグがSNSに登場した年に始まり、2021年に終了している。2020年には白人警官がアフリカ系男性を不適切な拘束で殺害した事件がきっかけとなって全米各地でもBLM運動が起きた。その影響もあってか、2020年以降のシーズンの笑いのキレは、ちょっと最初の頃にくらべて劣っている。実社会で起きたことを考慮すれば、2020年で打ち切りになってもおかしくないようなドラマだ。それでも2021年まで続いて、ジェイクの人間としての成長を描ききってくれたおかげで、この混沌とした社会にどう向き合っていくべきなのかというヒントがかすかな希望の光のように灯される。
まだまだ語りたいことはあるのだが…。
あっという間に2300字を超えてしまったが、まだまだかなり思い入れが強い場面がたくさんあって、自分がNYで楽しい仲間ができたかのように、ドラマの世界が、自分に実際に起こったいい思い出になっているような気分だ。その中でも、一つ書き残しておきたいことは、厳格で喜怒哀楽の表現が下手なホルト署長と、精神年齢が幼稚園児の主人公ジェイクの関係だ。二人の師弟関係は、80年代に日本のお茶の間の制したザ・ドリフターズのいかりや長介と志村けんのコメディを思わせるテンポの良さがあった。残念ながらホルト署長を演じたアンドレ・ブラウアーは、2023年に61歳の若さで病死してしまい、そのことがさらに私に郷愁に似た思いを起こさせるのかもしれない。そして、もう一つ心に強く残ったセリフ。ネタバレになるので、どのエピソードで誰が言うセリフなのかはここでは明かさないが、それを拙訳で書き留めて終わりにしたい。
「人生には何が起きるかわからないし、将来にはいつも波乱に満ちている。でも、いつも自分にとって、大切な人、自分を大切にしてくれる人に囲まれていれば、何が起きても絶対に乗り切れるって信じてる。」