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初演前夜の悲劇を乗り越えた不朽の名作の日本公演が圧巻だった

伝説のミュージカルが日本にやってきた。1996年から12年に渡りロングラン上演を行い、2006年には映画化されたミュージカルの傑作とも名高い『RENT』だ。

舞台は1989年のニューヨーク。 イースト・ヴィレッジで毎月の家賃も払えないような生活を送る若きアーティストたち。当時、社会問題となっていた人種・セクシュアルマイノリティ・麻薬・エイズなどの困難に直面しながらも、彼らが夢に向かって今を生き抜く物語であるーー。

プッチーニのオペラ『ラ・ボエーム』をもとにNYイースト・ヴィレッジに生きる若者たちの姿をビビッドに描き、ピュリツァー賞やトニー賞などに輝いた青春ミュージカルが、2024年8月、山本耕史をはじめとする日米合同のキャストで上演された。

RENT JAPAN TOUR 2024

演者のエネルギーが鳥肌を生む曲の数々

『RENT』が大ヒットした理由の一つが、観客を感動と共感の渦に巻き込む曲の数々である。

ロック、タンゴなど、ジャンルの垣根を超えて1980年代のMTV世代に迎合した音楽は、オペラが主流であった当時のミュージカルシーンに革命を起こした。

なかでも、ゴスペル調のSeasons of loveは圧巻である。1列に並んだ演者達による美しいメロディーラインに沸々と込められる「生きること」への力強さに鳥肌がたった。舞台は撮影禁止だったので、映画版を見て欲しい。

私はドラマ『Glee』でカバーされていたのを聴いて以来、この曲が好きだ。シンプルかつ人の心を鷲掴みにするコード進行で、死を彷彿とさせながらも「生きる」を愛で全肯定する歌詞に生の本質を感じる。

実は『RENT』、オフブロードウェイでの初日公演前夜に悲劇が起こった。脚本、作詞作曲、演出をほぼ1人で手掛けたジョナサン・ラーソンが開幕前夜に急逝したのだ。

Jonathan Larson(1960-1996)

ジョナサンは大動脈解離を患っており、1996年1月25日未明、未診断ではあるがマルファン症候群を発症したものとされている。

525,600 minutes
525,600 moments so dear
525,600 minutes
How do you measure, measure a year?
--
How about love?
Measure in love
Seasons of love

Seasons of loveの歌詞より

「1年を愛で数えよう」という、エイズで亡くなった実の親友への想いが込められたSeasons of loveは、奇しくも初演前夜に35歳という若さで亡くなったジョナサンへ捧げる魂の歌と昇華した。

山本耕史のプロ根性を垣間見た

2024年の日米合作公演で主人公のマーク役を演じたのは山本耕史だ。日米合同ミュージカルということで、NYのブロードウェイから来日したキャストと共演した。

ここで立ちはだかるのが、言語の壁だ。本公演は全編英語で上演される。日本人の話す英語を聞くと/r/で舌を巻かないなどの発音が妙に気になる私は、舞台で英語ネイティブ役者に囲まれた山本耕史の英語は浮かないのかと疑問に思っていた。

しかし、そんな心配は無用だった。動画を観ていただきたい。

山本耕史は純ジャパである。大切なのでもう一度言う、彼は純ジャパである。20代の小娘がなに上から目線で言ってるんだと思う気持ちを抑えて聞いていただきたい。発音もネイティブに遜色ない、さらに役になりきっている。どれだけ練習したのだろう。これぞ役者魂である。

そんな山本耕史の「気合い」が『RENT』の舞台版特設ページに記されていた。

現在ではドラマ、映画、CMと多彩な活躍を見せる山本耕史が、自らの原点となった作品と話す『RENT』。

1998年の日本語版初演時、初めてマークとしてスポットライトを浴びた瞬間、役者として、これまでに感じたことのない何かが弾ける感覚に衝撃を受けたという。その時の感覚はいつまでも色褪せることなく「いつかまたRENTのステージに立ちたい」と強く願い続けていた。

日本語版で山本演じるマークを見たアメリカのプロデューサーから「本場ブロードウェイでの『RENT』出演に挑戦してみたら?」と助言を受け、アメリカに渡りレッスンを受けたこともあったそうだ。その後、ジョナサン・ラーソンの人生を描いたミュージカル『tick, tick…BOOM!』で主演・演出を務めることで、より一層『RENT』への思いは高まっていく。

そしてこの夏、日本語版初演から26年の時を経て、ついに山本の想いが通じることになる。アメリカのクリエイター&キャストとともに立ち上げる日米合作『RENT』の上演が決定し、マーク役をオファーされたのだ。

https://rent2024.jp/

舞台では、山本耕史の一言目から『RENT』の世界に引き摺り込まれる。語彙力も失われるほど、開いた口が塞がらないほど驚愕することになる。すごい本当に、すごい。

さらに、モーリーン役として参加した日本側キャストのクリスタルケイの圧倒的な歌唱力はじめ、ブロードウェイで活躍する米国側の役者達の演技と会場を震わせるほどの歌唱力も圧巻である。1989年のニューヨークにタイムスリップしたかのような没入体験ができる。

この役者の凄さを、ぜひ一度舞台で観ていただきたい。

LGBTQの認知が進んだ現代に生まれたからこそ感じる魅力

『RENT』では、1980年代に社会問題になりつつあったHIVを始めとする、ゲイ、バイセクシャルなど性にまつわる問題提起がされている。

正直、最初に映画で見たときには話に没入できなかった。登場人物の若者の多くがHIV罹患者、ゲイ、バイセクシャルという設定にどこか非現実味を感じてしまったからだ。

『RENT』人物相関図。登場人物の半数がHIV陽性である。

しかし、それは私が2000年代に生まれたからかもしれない。女性の権利はもとより、物心ついたときからLGBTQの権利も確立されつつあった時代。エイズ患者も長寿を全うできるようになった時代。

1996年、当時の観客が『RENT』の登場人物に自身を重ね合わせた時代背景を、どこか他人事と感じてしまうくらいに社会は進歩したということなのだろうか。多様性が叫ばれるきっかけにもなった革新的なミュージカル『RENT』。もっとも、多様性が進みすぎた現代では、好きを好きと言えない新たな問題も湧いているが。

設定こそ時代が異なるものの、『RENT』に登場する若者の悩みは国も時代も超えた共通点がある。恋愛、友人の死、就職など登場人物8人それぞれが抱える問題に、「今」の自分の悩みと重ね合わせられる。

生の声を感じられる臨場感溢れる舞台だとなおさらである。演者によって刹那的に生み出される空虚な真実に自身の悩みを投影することで、観客一人一人の解釈に基づく独創的な作品に仕上がる。

時間とともに、演者とともに、自分なりの解釈が完成されることこそが舞台『RENT』が誇るストーリーとしての魅力であり、何回も劇場に足を運びたくなる中毒性のある所以である。

最後に

長々と書いたが、要するに『RENT』は最高である。ぜひ、舞台で観ていただき、魅力を感じてほしい。

ここまで読んでくださりありがとうございました!

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