冷たい君の溶かし方。
アルルエリさんの企画作品となります!
この度はXのフォロワー2000人突破おめでとうございますっ!!🎉🎉
〇〇「おはよ、和〜」
井上「、、、、、、、、」
〇〇「昨日はさ、咲月と茉央が大変でさ〜」
井上「、、、、、、、、、」
季節は冬から春にかけて少しずつ気温を上げ、殺風景だった街の景色を春色に染めていく。
冬風に舞っていた枯葉は緑色に、厚手のコートから薄手のカーディガンに、冷たい灰色の空は暖かい青空に、、、
少しずつ世界が彩りを増していく頃。
井上「ねぇ」
隣にいる幼馴染、井上和は僕に対する態度を一貫として変えない、冷たすぎる。
もう8年前からずっとだ。
井上「私に構わないでってさ、これまで何回言った?」
〇〇「50から先は数えてないかな〜」
井上「はぁ、、、いい加減にして」
僕のことを疎ましがる素振りを見せながら早足で歩き出す和。
まあ低身長の和の歩幅は小さすぎてすぐに追いつけるんだけど。
〇〇「そんなこと言わずに一緒に行こうや〜」
井上「うざい」
〇〇「それも聞き飽きた。そんでさ、、、」
レスポンスが帰ってこない会話を続けて20分くらい、学校に着くまで。
そして一度も目を合わすことなく同じ教室に入るまで。
僕の話を無視し続けた和が教室の扉を開けたのを最後に、ようやく僕も口を閉ざした。
ガラララッ、、、
井上「、、、、、、、、」
「うおっ、、、」
「井上さんきたぞ」
「今日も怖い顔してんなぁ、、、笑」
「おい!聞こえんぞ!」
〇〇「どーもー、おはよ〜」
教室に入る前までは、クラスメイトたちも恋愛トークだったり教師への悪口だったりで盛り上がっていた。
だけどそこに和が入るだけで空気は一変。
教室に液体窒素をぶちまけた様に凍りついてしまった。
和「、、、、、、、、、」
だけどそんな事を気にも留めない和はさっさと小説を開き、自分の世界へと飛び込んでしまっていた。
和もクラスメイトが自分を腫れ物のように扱っているのもどうやら気づいてる様子。
だからいつも1人でいるってこの前ポツリと呟いていた。
〇〇「はぁ、、、面倒かけんなぁ、、、、、笑」
昼休み。
〇〇「和〜」
井上「なに」
〇〇「飯行くぞ〜」
井上「嫌に決まってるでしょ」
午前中の授業が全て終わり、40分くらいの昼休みへ。
学校側としてはお昼ご飯の時間であるが、僕のお誘いを跳ね除けた和はまた読書の続きを始める。
これもまたいつものことではあるが、ここ数年の和はあまりご飯を食べない。
〇〇「腹減ってないの?」
井上「うるさい」
小さい頃にはほっぺたいっぱいに食べ物を詰め込むような無邪気な子だったのに、、、、、
そのおかげで和の腕や足は木の枝のように細くなっており、軽く叩いただけでも折れてしまいそうだ。
「〇〇もすげぇよな、、、」
「俺、あんだけ拒絶されたら心折れるわ」
「なんか私まで辛くなってきた、、、」
クラスメイトも和が僕に絶対零度の対応をしていることに慣れ始め、最近では同情の目を向け始めてきた。
まあ僕もその対応自体に慣れてきたんだけど。
〇〇「幼馴染の〇〇くんが作った特製弁当あるけど?」
井上「いらない」
〇〇「じゃあ置いとくから勝手に食べても良いよ」
井上「だから食べないってば!」
〇〇「そんな怒んなって、そいじゃ僕は他の奴らと食ってくるわ」
そう言って無理やり和の机に弁当を置いて僕は教室を後にする。
今日は食べてくれるといいな〜、、、と5杯目の紅茶のように薄い期待を込めて廊下を歩いていった。
井上「、、、、、、、、、」
自宅。
両親のいない家の中、僕はリビングのソファに座っていた。
ちなみに僕の両親は2人とも仕事の都合で海外にいることが多く、家を空けていることがほとんど。
まあ1人で生きていけるくらいの家事スキルを持ち合わせているのが不幸中の幸いかな。
〇〇「まあそらそうだよな、、、」
目の前に置かれている見慣れた弁当箱。
昼休みの時、確かに和へ渡したはずの弁当包みはそっくりそのまま僕の元に帰ってきた。
もともと和の昼ごはん兼、僕の夜ご飯みたいなものだったからダメージはそんなないけど。
〇〇「口つけてもらわないのはヘコむけどね〜」
少し傷ついた心のまま包みの布を開けていく。
強く結んだ片結び、、、、、、あれ?
〇〇「朝と結び目変わってんじゃん」
朝、僕がこの弁当を包んだのは蝶々結び。
だけど今は小さい結目の固結びになって帰ってきている。
3ヶ月遅れのクリスマスプレゼントを開けるような、少しワクワクした気持ちを抱えつつ結目を解いていく。
〇〇「よっと、、、、、、えっ!減ってんじゃん!!」
毎日入れておいたピーマンの肉詰めが2つ、それだけが弁当箱からなくなっていた。
小さい頃から和が大好きな料理が。
〇〇「おぉ、、、高校入ってから初めてだわ、、、、、」
和に弁当を作り続けてはや2年、初めて弁当の中身が減った。
なんて言うんだろう、、、フルマラソン走り切ったくらいの達成感がある。
〇〇「ったく、、、、、素直じゃねぇな〜笑」
たぶん料理人が職業の人ってこう言う気持ちなんだろうなと思う。
さっきまでの荒んだ気持ちとは反対に達成感に満ちた気持ちで箸を取る。
〇〇「いただきまーす」
明日も食ってくれるといいな、そんなことを考えながら僕も残りの弁当を食べ始めた。
和「ふわぁ、、、、、」
私の体温で暖められた布団をめくり、まだ眠いと主張する瞼との軽い攻防戦。
何とか身体を起こしてカレンダーの数字に一つ、赤ペンでバツ印を書き込んだ。
お母さんが習慣でやっていたことが私にも移っちゃってるみたい。
井上「はぁ、、、、、」
外から部屋に差し込まれている日差しを見つめ、今日もため息をつく。
1人きりの寂しい部屋でまた目を覚ましてしまった。
朝起きたらお父さんやお母さんがいればいいのに、私も向こうに行けたらいいのに。
中学校の頃から何回考えたんだろう。
まあお母さんは5年前、お父さんは7年前に亡くなってるから無理だけど。
〇〇「おはよ、和〜」
井上「、、、、、、、、」
〇〇「昨日はさ、咲月と茉央が大変でさ〜」
井上「、、、、、、、、、」
今日も私の目の前に〇〇が来た。
小学校から2人で登校してたとはいえ、いまだに私に付き纏ってくる変な幼馴染。
こんなに冷たくしてるっていうのに。
井上「ねぇ。私に構わないでってさ、これまで何回言った?」
〇〇「50から先は数えてないかな〜」
井上「はぁ、、、いい加減にして」
どれだけ突き放しても私から離れてくれない、本当に変な人。
しかも自分でお弁当まで作ってきてくれる。頼んでもないのに。
〇〇「そんなこと言わずに一緒に行こうや〜」
井上「うざい」
〇〇「それも聞き飽きた。そんでさ、話変わるけど明日って時間ある?」
井上「ない」
〇〇「近くに美味いステーキ屋が出来たんだけどさ、一緒に行かね?」
天性のかまってちゃんなのか、ただのM気質なのだろうか。
常人だったらこんな私には愛想を尽かすか顔も見たくないほどに嫌うはずだろう。
それなのにいつも、いつも、、、
彼は私を1人にしてはくれない。
井上「、、、、、行くわけないでしょ」
〇〇「まあ待ってるわ、今日も部活だろ?」
井上「そうだけど」
〇〇「終わったら連絡して」
井上「だから行かない」
今日もしつこく私に構ってくる〇〇を置き去りにして学校へ向かう。
まあすぐに追いついてきて隣でぺちゃくちゃ喋ってくるんだけど。
結局、私たちの教室に着くまで〇〇は私の隣で尽きないエピソードトークを披露し続けた。
一つも頭には残っていないけど。
ガラララッ、、、
井上「、、、、、、、、」
「うおっ、、、」
「井上さんきたぞ」
「今日も怖い顔してんなぁ、、、笑」
「おい!聞こえんぞ!」
そう、全部聞こえてる。
みんなが私のことを煙たがっている声も、楽しそうに陰口をたたいている声も。
〇〇「どーもー、おはよ〜」
そんな空気を1mmも読んでいない〇〇の声を背後に私は席につき、本を読み始める。
私は私だけの世界に入り込めるものが好きだ。
特に読書は人に気を使わなくて楽。
「「「「「、、、、、、、、、、、、」」」」」
氷河期が到来したかのように凍りついた教室の空気は気にも留めず、私は本の世界に飛び込んだ。
〇〇「はぁ、、、面倒かけんなぁ、、、、、笑」
何がよ、〇〇に迷惑なんてかけてないでしょ。
私はただ人と関わることに疲れただけ。
ただ、人と一緒に生きることが怖くなっただけ。
―――――――――――
昼休み。
〇〇「和〜」
井上「なに」
〇〇「飯行くぞ〜」
井上「嫌に決まってるでしょ」
午前中の授業が終わり、また〇〇が性懲りも無く私に話しかけてくる。
こんな風に突き放しても、突き放しても、、、
何度も私をお昼ご飯に誘ってくる。
〇〇「幼馴染の〇〇くんが作った特製弁当あるけど?」
井上「いらない」
右手でお弁当袋の結目をぷらぷらと持ち、私に見せびらかしてくる。
頼んでもないのに。
〇〇「じゃあ置いとくから勝手に食べても良いよ」
井上「だから食べないってば!」
〇〇「そんな怒んなって、そいじゃ僕は他の奴らと食ってくるわ」
少し言葉を強めたとしても〇〇には効かない。
静かにお弁当袋を私の机に置き、手を頭の後ろに組みながら教室を出て行った。
和「、、、、、、、、」
私はいつからか食べ物に興味がなくなった、、、いや。
自分自身への興味とか期待とか、全てが消失してしまった。
だからこのまま栄養失調なんかで倒れてもなんとも思わない。
今は隣に住んでる山下さんが私のことをよく気にかけてくれるから、かろうじて生きているって状況。
井上「、、、、、、ちょっと食べてみようかな」
何十回も、何百回も手をつけずに返し続けたお弁当。
そろそろ私の小さい良心が傷み始めてきたんだろうか、初めて自分の手が包みを解きはじめた。
黒の細長い二段弁当、蓋の部分に少し短いお箸が一緒に入っていた。
井上「いただきます、、、、」
なんだか悪いことをしている気持ちになりながら、ゆっくりと蓋を開けてみる。
お野菜、卵焼き、スライスチーズの海苔巻き、タコさんウインナー、、、、、
〇〇って意外に可愛いお弁当作るんだ。
井上「あっ、ピーマンの肉詰め、、、」
右から左へ、お弁当の中をじっくりと見ていたらそれが目に映る。
いつだったかな、私が『大好物といえば?』と聞かれたら必ずこの食べ物をあげていたなぁ。
なんでこういうの覚えてるんだか、、、
井上「、、、いただきます」
食べる前に何故かもう一度挨拶、久しぶりのお昼ご飯のせいか妙に仰々しくなってしまう。
周りの目も少し気にしながらゆっくりと口にピーマンの肉詰めを運ぶ。
井上「もぐっ、、、、、おいし、、、」
暖かい。
いや実際には時間も経っているし、料理自体は冷めてるんだけど。
どこか暖かい、そんな感想。
井上「ふふっ、、、」
ゆっくりと味わいながら食べていると、名前も知らないクラスの女子が廊下に向かって、、、
「あっ、〇〇くーん!今日の委員会なんだけどさ!」
〇〇「んー?」
井上「えっ?!」
廊下から〇〇の声がするし、時計を見ればもうそろそろ昼休みが終わる頃。
どうやら〇〇が教室に帰ってきたみたいだ。
井上(早く片付けなきゃ、、、!)
〇〇は呼び止めた女の子と一緒に廊下で話しているみたい。
急いでお弁当箱の蓋を閉め、もう一度包みを結び直す。
なんか盗み食いしたみたい、、、
井上(ごちそうさまでした、、、)
何とか〇〇がやってくる前にお弁当箱を元に戻せたけど、黙って食べて黙って返すのも、、、、、
なんか人間としてやだ、それにこんな事してたらお母さんに怒られちゃう。
〇〇「、、、、、、やっぱな」
机の上に置かれたものを見て〇〇が一言、、、、、
あとで一応のお礼は言って、そこでおしまいかな。
先生「最近は学校外で通り魔だったり不審者が、、、」
〇〇「ふわぁ、、、」
井上「、、、、、、」
先生の話をあくびまじりに聞いている〇〇、そしてそれを見て頭を悩ませている私。
あれから〇〇が何回か声をかけてくれたけど『うざい』『話しかけてこないで』『うるさい』などと低俗な悪態しかつけなかった、、、
井上(こんなんでお礼なんて言えないよ、、、)
〇〇は呑気にあくびしてるし、私がこんなに悩んでいるなんて知る由もない。
どうしたら良いんだろ、、、
『近くに美味いステーキ屋が出来たんだけど!』
不意に〇〇が朝に話しかけてきたことが頭をよぎった。
そうだ、この誘いに乗ってやれば良いんだ。
井上(はぁ、、、こんなに悩むくらいなら食べなきゃよかった)
少しだけ後悔しつつ、私の心はお昼からずっとポカポカしていた。
、、、、、、久しぶりにインスタント以外の食べ物を食べたからかな。
翌日、放課後の弓道場。
ヒュッッ、、、、、、パンッッ!!
井上「ふぅ、、、」
校舎から少し離れた弓道部の活動拠点。
今日も私は1番奥の的に向かって淡々と弓を射っていた。
やっぱり弓道も読書と同じ、私1人だけの世界で集中できるから好きだな。
井上(、、、、、、なんてお礼言おう)
頭の中にいるもう1人の私ともう一度だけ会議をしてみる。
昨日、〇〇の料理を食べたお礼をこの後に言うつもりなのだが、、、
井上(いまさら〇〇と顔合わせて会話なんて気まずすぎるし、、、)
ありがとう、美味しかったよ、また作って欲しいな、、、
なんか全ての言葉に自分とのギャップを感じるし、もし言えたとて恥ずかしさで死にたくなる。
キーンコーンカーンコーン、、、、、、キーンコーンカーンコーン、、、、、
井上「えっ、もうそんな時間か、、、」
学校から弓道場までは約300m、だいたい1秒遅れで学校のチャイムは聞こえてくる。
そしてこれが聞こえてくると部活終了の合図でもある。
井上「ありがとうございました」
顧問も同級生もいないけど、礼儀作法はきちんとしなければいけない。
これはお父さんから教えてもらったこと。
少しオレンジがかった空を見つめ、パタパタと道着の中に風を送り込んだ。
それじゃあ着替えて〇〇に連絡するか、、、気が進まないけど。
〇〇「よっ、おつかれさん」
井上「ん」
空はさっきとは異なり墨汁をたらしたかのように真っ暗だった。
〇〇になんとメッセージを送れば良いか、そもそも連絡するかどうかを迷っていたらこんな時間に、、、
〇〇「そんじゃ行くか〜」
サッカー部の〇〇もさっきまで部活の真っ最中だったんだろう。
頬に茶色い土の汚れがついていのが街灯の下で見えた。
〇〇「、、、、、、ねぇ」
井上「なに」
〇〇「なんでそんな距離取ってんの」
、、、、、、気まずさから私は〇〇の2歩くらい後ろを歩いていた。
クールな表情を装ってみるが、気を抜いて仕舞えばすぐに顔は赤くなってしまうだろう。
井上「良いでしょ別に」
〇〇「すげえ仲悪いみたいじゃん」
井上「仲良くもない」
〇〇「はいはい、僕が合わせてやりますよ〜」
手のかかる子どもを抱える親みたいな顔をして私の隣へ。
、、、こういうところが他の女子にも人気なんだろうな。
〇〇「っていうかさ、昨日の弁当食べたなら言えよ〜」
井上「、、、、、、食べてない」
〇〇「嘘つけ、ピーマンの肉詰めだけ食うのは和しかいない」
井上「なんで覚えてんのよ」
〇〇「前に和がうちに泊まりにきた時、夕飯のやつを美味そうに食ってたの覚えてるから」
井上「きもい」
〇〇「でも食ってんじゃん、正解でしょ?」
確かに昔、〇〇のお家に泊まりに行った時に夕飯のメニューとして出てきたことがあった。
〇〇のお母さんが気を利かせて私の好物を作ってくれたって前に教えてくれたな。
〇〇「味とかどうだった?」
井上「まぁ、、、それなりに、、、、、、」
あぁ、ここで言っちゃえばいっか。
緊張するのもそろそろ疲れてきたし。
そして『美味しかった』の6文字を言おうとした時、背筋に何か冷たいものが走った。
「こんばんは〜!」
私の背後からスーツ姿のお兄さん、、、いやおじさんが声をかけてきた。
夜だって言うのに昼みたいに明るい笑顔を浮かべながら。
〇〇「え?あっ、こんばんは」グイッ
井上「、、、、、、どうも」
〇〇が私の腕を強く引っ張り、私たちの距離を一気に縮める。
たぶん〇〇も感じているんだろう。このおじさん、異様な気持ち悪さがある、、、、
〇〇「なんすか?」
「いや?夜遅いのに高校生が出歩いてちゃ危ないな〜って」
〇〇「それはどうも、もう帰るんでご心配なく」
「え?帰っちゃうの?」
なにこの人、、、〇〇と会話してるはずなのに蛙のようにギョロッとした目は確かに私を見据えていた。
夜の闇に段々と目が慣れてきた。
ん?彼の手に何かが握られている、、、なんだろう?
「もっとさぁ〜!俺とお話ししようよ〜!!」
〇〇「うるさいんで静かにしたほうがいいですよ?」
「お前に言ってんじゃないのぉ、隣にいる子に聞いてんの!ねぇ君!名前は?!家はどこ?!」
井上「っっ、、、、、、」ギュッ
やっぱり私のことを見てたんだ、、、
ナメクジが身体中を這い回るような気色悪い声を発しながら大股でこちらに近づいてくる。
〇〇は気押されないように、そして私を守ろうと左手を私の前に伸ばす。
「おい、邪魔なんだけど」
〇〇「いや僕からしたらあんたの方が邪魔なんだけど」
一歩も引かず、しかも男性に圧をかけるように睨みを効かせている〇〇。
こんなに怖い顔してる〇〇は初めて見た、、、、、、あっ。
井上「だっ、、、だめっ、、、、、!」
〇〇「え?」
井上「離れなきゃ、、、、、」グイッ
恐怖のあまり頭の中でちゃんとした文章を作れない。
〇〇は私を気に掛けたままおじさんの方を睨み続けている。
そんなことよりも逃げなきゃ。
たった今、月明かりで男性が持っているものが見えたんだ。
鋭く光る、銀色の包丁だった。
〇〇「和、大丈夫だから僕の後ろに」
井上「そうじゃなくてっ!!」
「あぁ、、、かわいそうに、、、、、」
ゆっくりと右手に握る包丁を体の前に、そして今度は両手で握りしてめいた。
〇〇「っっ!!」
〇〇も包丁の存在に気づいたらしく、先ほどよりも注意深く身構えてるのが分かった。
私はどうすることも出来ず、ただ〇〇の後ろに隠れながら制服の裾を掴むことだけで精一杯。
「そんなやつじゃなくてさぁ、、、僕の方が強いしかっこいいからさぁ〜!」
人に向ける笑顔としては0点の表情を貼り付けながらニタニタと私に語りかけてくる。
〇〇はジリジリと後退りながらアイツと距離をとる。
「おい、離れんなよ。その子をくれれば俺はすぐ消えるからさぁ」
〇〇「は?」
「な?君もそっちの方が傷つかずに済むだろぉ?」
井上「いっ、、、、、いやっ、、、」
蚊の飛ぶような声、いやそれよりも小さい声を振り絞って答える。
それがアイツにも聞こえたのか、急に目の中に光がなくなったように見えた。
「、、、、、、、、、君もか」
無表情のままアイツは続ける。
「君もぉっ、、、、、俺を拒絶するのかぁぁっっ!!!」
〇〇「和っ!!」ドンッ
アイツが信じられないほどの怒号をあげると正気じゃない顔で私を目掛け、包丁を突きつけてきた。
それと同時に、〇〇が私を思い切り突き飛ばした。
その夜、私の記憶はそこで途切れた。
「、、、、、、、、、ねぇ、、、」
「、、、、、、まだ、、、だめだよ、、、、、、」
「1人に、、、、、、しない、、、で、、、、、、」
〇〇「んっ、、、、、あれ、、、?」
何日も、何週間も眠っていたような気がした。
どこかから聞こえてくる声を辿って、暗闇の中を彷徨い続けていた感覚だ。
〇〇「これって、、、病衣だよな?」
僕の中で最後にある記憶では制服を身につけていたと思ったんだけど、今は青色の病衣。
しかもベッドの上で、、、、、、あと、、、、
井上「すぅ、、、すぅ、、、、、」
僕のベッドに腕枕を作り、すやすやと寝息を立てている幼馴染がいた。
なんか前にも増して痩せたような、、、、、
〇〇「おーい、和〜」ユサユサ
とりあえず事情を聞くためにこの眠り姫を起こすとしますかね、、、、、と。
とりあえず彼女の体を揺さぶってみた。
横に揺らすこと数回、和が大きい目をゆっくりと開けて僕を見据えた。
〇〇「おはよ、あのさここって」
井上「良かった、、、!」ギュッ
〇〇「えっ?」
目を覚ますや否や、僕の首に細い腕を回してくる和。
少しすると彼女の頬を伝い、僕の方にも暖かい涙が流れてくる。
和が泣いてるのなんて何年振りかな、、、笑
〇〇「よしよーし、和ちゃんはどうしたのかな〜?」ナデナデ
いつものふざけた口調で話しつつ、和の背中を優しくさすってあげる。
井上「ばかぁぁ、、、死んじゃうかと思ったぁ、、、!」グスッ
〇〇「和を残しては死なないよ」
井上「うんっ、、、」グスッ
僕は和をあやしながらナースコールを押し、とりあえずの事情説明を受けることにした。
井上「私たちの様子を見てた近所の人が通報してくれてたんだって」
〇〇「へぇ、、、和は大丈夫だったの?」
井上「なんとかね。〇〇が刺されてから警察の人が来るまで、20秒くらいだったし。」
〇〇「なんか刺され損じゃね?」
和に車椅子を押してもらいながら病院内を散歩してみる。
少しだけならいいですよって先生にも言われたからね。
井上「んん〜っ、、、〇〇重すぎ、、、、、」
〇〇「和はやせすぎ」
井上「デリカシー無さすぎ」
さっきから一生懸命に車椅子を押してる和がちょっと可愛い。笑
あの夜、僕たちを襲った男は無職の40代。
自分自身が抱える青春時代のコンプレックスから高校生とかを襲ってたんだって、くそ迷惑だね。
こうなるんだったら先生の言うことちゃんと聞いとけば良かった、、、
〇〇「はぁ、、、傷口痛いし、、、、、」
井上「、、、、、、ごめん」
〇〇「和が謝ることじゃないよ、とにかく無事で良かったわ」
井上「、、、、、中庭も見にいこっか」
〇〇「お、いいね」
この病院には各棟の中心に広い中庭があることで有名だった。
中でも樹齢が3桁の桜の木が文化遺産並みにすごいんだと。
井上「ここかな?」
〇〇「うん、あれじゃね?」
指を刺した先には太い枝を360°いっぱいに広げた桜の木が見事に鎮座していた。
日本三大名園の1つに登録されていてもおかしくないくらいに綺麗で、華やかだった。
井上「、、、ちょっと見てこうよ」
〇〇「ベンチもあるし、和も疲れたっしょ」
桜の木がよく見えるベンチのそばに車椅子を置き、すぐ隣に和が座る。
井上「よいしょ、、、、、、綺麗だね、、、」
〇〇「そうだな、、、」
数分の沈黙の中、2人並んで花見大会を開く。
もうすでに桜の木には小さな花びらがいくつか開いていた。
それに春の陽射しが中庭に降り注ぎ、季節がもう移り変わっていることを僕たちに伝えてくれた。
井上「、、、、、、私さ」
隣の和が静かに口を開いた。
爽やかな春風が吹き抜ける音、春の訪れを喜ぶ鳥の鳴き声をBGMにして。
井上「もう生きることに興味なかったんだ」
〇〇「、、、そっか」
井上「お母さんとお父さんがいなくなってからさ。いつ倒れても、事故に遭っても、死んじゃっても、、、全部どうでもいいやって思ってた」
〇〇「、、、うん」
僕は和の方を見ずに相槌を打つ。
声が震え、鼻を啜る音がする。
僕に泣き顔は見られたくないだろう。
井上「でもね、〇〇が刺されちゃった時は違った。〇〇がいなくなっちゃうかもしれない、、、それが怖いって思ったの」
〇〇「、、、うん」
肘掛けに置いていた僕の手に和の手が重なった。
手のひらに涙が落ちたのだろうか、手が少し濡れていた。
井上「〇〇と離れたくなくて、、、でももしお母さん達みたいにいなくなったらって思うと、、、、、」
僕は重なっている和の手を優しく握る。
井上「〇〇と、、、もっと、、、、、一緒にいたくて、、、」
〇〇「大丈夫だよ」
井上「、、、、、、何が」
〇〇「僕は和を置いていなくなったりしないよ、さっきも言ったじゃん」
そういうと、和は僕を見て『またふざけたこと、、、』みたいな顔で見てくる。
違うよ、本気だから。
それにこれは"ある人"との約束でもあるから。
〇〇「前に和のお母さんに頼まれたことがあんの」
井上「お母さんから、、、?」
〇〇「亡くなるちょっと前、家族でお見舞いに行った時にね」
5年と数ヶ月前。
〇〇「おばさん、もうそろそろ退院できるようになる?」
「ん〜、、、無理かな」
あれは僕が小学校6年生から中学1年生に変わるタイミングの時。
こことはまた別の病院の一室、和のお母さんから『2人で話したいことがあるの』って言われた時。
痩せ細った体によく分からないチューブのようなものが付いているのが子どもながらに痛々しかった。
「そこでね、〇〇君に頼みたいことがあるの」
〇〇「なに?」
窓の外を名残惜しそうに見つめて、また僕の方を見る。
「和は元気にしてる?」
〇〇「、、、、、最近は元気ないかな。遊びに誘っても家から出てこないし」
「やっぱね〜笑」
予想が的中し、少し不安げに笑う和のお母さん。
ベッドの掛け布団から痩せ細った腕を出し、布団の上で指を組む。
「和のこと、たくさん笑顔にしてね?」
〇〇「、、、うん!」
「和のこと、1人にしないであげてね?」
〇〇「分かってる!」
「おっ!いい返事だね〜!」
そう言って僕の頭を優しく撫でてくれた、、、
あの手の感触は今も鮮明に覚えている。
そしてこれが和のお母さんと最後に会った記憶だ。
〇〇「だから僕は和を1人にしないよ。まあお母さんとの約束だけが理由じゃないけどさ」
井上「、、、、、、、、ありがとう」
今なら言ってもいいのかな。
小学校から燻らせ続けてきた想いくらいは。
井上「、、、私のこと1人にしないって、、、、、いつまで?」
〇〇「和はいつまでがいい?」
高校から苦手だった料理も勉強したり、クラスで和が浮いたりしないよう気をつけたり。
井上「、、、、、、お婆ちゃんになるまでとか」
〇〇「どんだけ冷たい言葉をかけられても離れなかった僕なら余裕っすね」
井上「それはごめんなさい、、、」
〇〇「まあでも、僕は和のことがずっと好きだったからさ」
井上「えっ、、、///」
あー、、、こんな軽い感じで言うつもりではなかったんだけどな。
もっとちゃんとした服で、ちゃんとした髪で。
井上「、、、、、、私と一緒だね」
〇〇「なにが?」
井上「お互いを想ってる年数、、、、とか、、、///」
先日までの仮面みたいな表情ではなく、昔のように優しい表情の和がそこにはいた。
春の陽射しに溶かされた氷の仮面を外した和は何よりも綺麗だった。
井上「〇〇、ずっと大好きだったよ?」
〇〇「、、、、、僕も」
お互いの顔すらまともに見れず、ただ照れ笑いを浮かべることしかできなかった僕たち。
井上「、、、だめ」
〇〇「は?」
顔を赤くしたままの和が僕に言う。
井上「ちゃんと言葉で言って欲しい!」
〇〇「、、、さっきのは?」
井上「ノーカウントですっ!」
あぁ、、、思い出した。
和って小学生の時とかグイグイくる積極的なタイプだった。
〇〇「はぁ、、、好きだよ」
和「だめっ!もっと心を込めて!」
〇〇「だーかーら!和のこと好きだって!!」
和「、、、、、、もっかい」
〇〇「言うかっ!」
和「ねぇ〜!お願いだからー!」ユサユサ
〇〇「おいこらっ!怪我人を揺するなって!!」
中庭の一角で、昔のようにうるさくはしゃぐ2人。
小学生の頃、氷漬けにされていた過去が今。
僕たちの中にまた芽吹いたようだった。
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