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オンガク

東京藝術大学。

芸術における天才の卵たちがここに集結していると言われている大学だ。類稀なる才能だけが集まるこの場所に昨年度、2人の天才が入学した。

1人目、齋藤〇〇。

作詞や作曲のスペシャリストだ。彼独自の音楽センスは業界でも大きな評価を受けている。彼の実績は多くのメディアで報道され、最近では国内に限らずに世界各国の著名アーティストからの楽曲提供を申し込まれている。

そしてもう1人の天才、生田絵梨花だ。

彼女の持つ清流の如く澄み切った歌声、鍵盤を撫でる指先の技術、そして美貌、、、、、

どれを取っても類を見ないほどの素晴らしさだ。

しかも、それらの才能を1人で持っているのだと言うのだから全く恨めしいものだ。


最近はまだ5月であると言うのに、初夏を感じさせる気温が続いている。そろそろカーディガンを脱いで半袖に衣替えか。

齋藤〇〇は薄手のカーディガンの袖を2回めくり、肩から落ちそうな黒いリュックサックを背負い直した。

昨年の誕生日に絵梨花から貰ったもの、大学に入学してからずっと使用している。

もうすっかり通い慣れてしまった大学への道を1人で歩く。

周囲には2〜3人のグループを作った同級生たちが油絵の技法や楽器の演奏法について物議を醸している。

残念なことに、僕に友人は2人ほどしかいない。恐らく、テレビなどのメディアにて「人間を超越した鬼才!!」とか「1000年に1度の天才!!」など持て囃されているためだろう。

入学して1年だと言うのに、ほとんどの人間が萎縮して話しかけてこない。こんな異名など恥以外の何者でもないのに、、、

ただ2人だけ、例外がいた。

1人は僕と同じように「天才!」と言うレッテルを貼られている生田絵梨花。

そしてもう1人は、、、、、、

??「〇〇ぅ〜。」

気の抜けた声が僕の耳に届く。この声の主が先ほどのもう1人、池田瑛紗だ。

〇〇「おはよ瑛紗。」

瑛紗「おはよぉ〜。今日はあったかいねぇ〜。」

大して眩しくも無いのに目を細めている瑛紗。重度のドライアイらしい。

〇〇「目薬はどうしたの?」

瑛紗「忘れてきたぁ〜。」

〇〇「そっか笑。僕のあるけど使う?」

瑛紗「つかう〜。」

僕はリュックの中から普段から使っている目薬を瑛紗に渡す。

瑛紗「ありがとぉ〜!」

瑛紗は入学式で席が隣だった事がきっかけで話し始めた。思えば最初からだいぶ変わった人間だったなぁ、、、


入学式。

ガヤガヤ、、、、、、

入学式特有の緊張感からであろうか。出席している同級生は落ち着きがなく、少し騒がしかった。

隣に座っている女の子を除けば。

まるで2次元から飛び出して来たようなルックスだ。大きな瞳を据えた目は、見るもの全てを惹きつけて離さないだろう。

それよりも少し怖い。さっきから1ミリも動かずに前をジッと見ている。

そして突然、、、

瑛紗「ねぇねぇ。君って齋藤〇〇くんでしょぉ?」

〇〇「はっ、、、はい、、、。」

突然に首をこちらに向け、話しかけて来た。

瑛紗「〇〇くんって確か乃木坂46にも楽曲提供して
   たよねぇ?」

舌ったらずな話し方にペースを飲まれそうになる。

〇〇「まぁ、、、秋元さんのお願いでしたから。」

瑛紗「えぇ〜!やっぱりぃ〜?
   私あの曲が1番好きなんだぁ〜!」

〇〇「そうなんですか、、、」

瑛紗「私、池田瑛紗!これからよろしくねぇ!」

〇〇「よろしくお願いします、、、」

なんか1度も目が合わないんだけど。こっちを向いて話しているはずなのに、顔もこちらに向けているのに目が1度も合わない。

なんか不思議な子だなぁ、、、


出会った時からずっとこんな感じ。
ほんとに不思議だよなぁ、、、

〇〇「今日は昼飯どうする?」

瑛紗「わたし今日はずっと絵を描いてるから
   行けないんだぁ、、、目薬ありがと!」

大きな目に2滴ずつ目薬を落とした瑛紗は僕に目薬を返す。

〇〇「どうも。じゃあ今日は2人か。」

普段から昼飯は僕、生田、瑛紗の3人で食べている。

瑛紗「2人とも友達増やした方がいいよ〜。」

〇〇「いや瑛紗も僕ら以外に友達いないでしょ。」

瑛紗「私はいるもん〜。56匹も。」

〇〇「それ瑛紗が持ってるアヒルでしょ。」

瑛紗「アヒルじゃないよ!谷垣源次郎だよ!」

〇〇「急にバッキバキになるな。
   っていうか56匹もいるのかよ、、、」

瑛紗「〇〇も1匹いる?はい!」

そう言ってポケットから1匹の源次郎を取り出して僕に差し出して来た。

〇〇「いや要らないから、、、
   それにさっき友達だって言ったじゃん、、、」

瑛紗「まぁ後55匹いるから〜。」

瑛紗「あっ、、、もう時間だぁ〜!
   じゃあ〇〇またねー!」

そう言って走り去っていく瑛紗。
なんだか凄く不思議な時間を過ごした気がする、、、

僕は気を取り直して作曲家活動をするための部屋へ向かった。


〇〇専用、作曲部屋。

僕は大学から功績を認められ、作曲専用の部屋を支給してもらっている。普段からここで楽曲提供のために音符を並べている。

えっと、、、

今日は依頼されている曲を完成させる予定だ。

僕は傍に置いてあったヘッドフォンを付け、作業に取り掛かった。


数時間後。

ふぅ、、、

予定よりもだいぶ早く終わって、ちょうど昼の12時に作り終わった。

この後、昼飯を食べにいくから絵梨花を探さないと。

すると次の瞬間、、、

ドンドンドンッ!!

入り口の扉がまぁまぁ強くノックされている。
この部屋に来るのは瑛紗か絵梨花くらい。

瑛紗は今、作業中だから、、、

バタンッ!!

生田「〇〇ー!ご飯いこー!」

生田絵梨花。

今年度、この大学に入学したもう1人の天才。

以前に2人で仕事をした事がきっかけで仲良くなった。見た目によらず結構ガサツ、そして絵が下手。

生田「ちょっと!
   絵が下手なのは関係ないでしょ〜!」

〇〇「そんな事より、もうちょっと静かに入って
   こいよな、、、」

生田「だってお腹すいたもん〜!
   早く瑛紗ちゃんを探しに行こっ!」

〇〇「あっ、瑛紗は忙しいからパスだって。
   だから今日は2人。」

生田「ふ〜ん、、、そうなんだ、、、///」

〇〇「うん。それじゃ行こっか。」

生田「はーい!」


食堂。

「ねぇねぇ!あれ生田さんと〇〇くんだよね!」
「やっぱ天才2人はオーラが違うなぁ、、、」

生田「流石の天才〇〇様だね〜♪」

〇〇「いやこれは絵梨花のせいでしょ?」

生田「でも最近だって海外のすごい人に曲
   書いたんでしょ?」

〇〇「それ言うなら絵梨花だってソロコンサート
   で会場満席にしたじゃん。」

生田「まぁね〜♪」

レベルの高すぎる会話に周囲の人間は引きまくっていた。

〇〇「まぁいいや。絵梨花はなに食べる?」

生田「うどん食べたい!」

〇〇「はいはい。
   じゃあ僕の分と一緒に買ってくるよ。」

生田「おー優しいじゃん、、、///」

〇〇「まぁその代わりにさ、今度に出す曲に
   絵梨花の声を入れたいんだよね。」

生田「私の?」

〇〇「そ。絵梨花の声がぴったりだと思うから。」

生田「へー、、、どんな歌?」

〇〇「それは秘密。
   強いて言うならラブソング的なやつ。」

生田「おー!〇〇のラブソングはみんないい曲
   だよね〜♪」

〇〇「そんなことないよ笑。」

生田「だって出す度にみんなが『泣けるわ〜、、、』
   って言ってるし。」

〇〇「、、、まぁ今回の曲は発表しないから。」

生田「??」

〇〇「それじゃあ行ってくるわ。
   席取っといて〜。」


ラブソングなど今まで何曲も書いてきた。

しかし、それは僕の頭の中で作られた架空の人物の恋愛模様を投影した物でしか無い。

今回の曲にするのは"僕自身"の恋愛を落とし込むのだ。

相手はもう1人の天才。

きっかけは些細なことだった。

以前、僕は絵梨花に曲を作ったことがきっかけだ。


1年前、あるスタジオ。

この日は、僕が提供した楽曲のレコーディングが行われる。

以前から僕は、僕の作った曲へのレコーディングが行われる際には絶対に居合わせることにしている。

僕の持つ曲のイメージを歌い手と共有したいからだ。

今日は僕と同い年、生田絵梨花さんと言う方とのレコーディングだ。

僕が先にレコーディング部屋で待っていると、、、

ガチャッ

生田「おはよーございます!」

扉を勢いよく開け、生田さんが入ってきた。
第一印象は元気な人。

〇〇「おはようございます。今回、この楽曲を
   作った斎藤〇〇と申します。」

僕は落ち着いて自己紹介をする。

生田「生田絵梨花と申します!
   確か私と同い年の方ですよね?」

〇〇「そうですね。」

生田「じゃあタメ口で行きましょう!そっちの方
   が距離近くてやりやすいと思いますよ!」

〇〇「え?」

生田「なんで呼ばれたい?」

もうタメ口だし。
人との距離の詰め方すごいなこの人、、、

〇〇「あー、、、〇〇って呼び捨てでいいですよ。」

生田「じゃー私は絵梨花ね!あとタメ口!」

〇〇「、、、分かったよ笑。」


〇〇「それじゃあ始めるよ?」

生田「はーい!」

〇〇「Aメロの入りからね。」

生田「おっけー!」

彼女が呼吸をひとつ、僕の歌詞を口ずさんだ。

彼女の歌を聴いた瞬間。

そこから、僕の時間が止まったようだった。

彼女の口から放たれる言葉のつ一つが僕の心を掴んで離さなかった。

今まで数々のアーティストの歌を直接聴いてきたが、彼女はこれまでとは別格だと感じる。

〇〇「これは、、、、、、」

僕が呆気に取られている内に、生田さんは歌い終わってしまったようだ。

生田「どうだったー?」

僕はあの時、なんと答えただろう。

凄い、上手い、素晴らしい、感動した、、、

どの言葉にも当てはまらない初めての感覚だった。

僕はもう、生田絵梨花という人間に釘付けだった。


それから同じ大学に入学することが分かり、2人で一緒にいることも増えた。

いつか自分の気持ちを伝えようと何度も何度も考えた。

だけど僕は今まで音楽一本でやってきた。

彼女などは居たことがない。

絵梨花を思う気持ちなら何文字でも話せる。

もし僕が音楽ではなく、文学の才能を持っていたら芥川賞もののストーリーが書けるだろう。

僕はどうやったら絵梨花に気持ちを伝えられるだろう、、、

そこでもう一人の友人、池田瑛沙に相談をしたのだ。

池田「へぇ〜。〇〇って彼女いたことないんだ〜。」

〇〇「そこじゃない、告白の方の相談してんの!」

池田「まぁ私も彼氏いたことないからな〜。」

少し腕組みをして考える瑛沙。

瑛沙「あっ!生ちゃんのために一曲作っちゃえば
   いいんだよ〜♪」

〇〇「曲?」

瑛沙「〇〇は生ちゃんの歌声で好きになっちゃった
   から、今度は〇〇の曲で生ちゃんを好きに
   させちゃおー!」

〇〇「、、、それもらうわ。」

瑛沙「頑張ってね〜!」


それから僕は、今までにない位に時間をかけて音楽を作った。

たまに瑛沙にアドバイスもらったり、絵梨花が曲作り中に部屋へ突撃してきてビビったり。

絵梨花には、どんな曲か内緒でレコーディングを手伝ってもらったり。

いろいろな困難はあったけれども何とか僕は曲を作り上げた。

そしてついに、絵梨花に曲を聞かせる時がやってきた。

僕はLINEで絵梨花を作曲部屋に呼ぶ約束をした。



〇〇💬 絵梨花ー。あした時間ある?

生田💬 明日は午後から暇だよー!
     どうかしたの?

〇〇💬 んー。まぁちょっとね。

生田💬 なになに笑
     気になるじゃーん!

〇〇💬 絵梨花にちょっと話があってさ。

生田💬 話?それならLINEでもいいじゃん笑

〇〇💬 絵梨花に直接言いたいから。

生田💬 うーん、、、大事な話ってやつ?

〇〇💬 それなりに。

生田💬  そっか!
      じゃあ明日〇〇のお部屋行くね!


生田「〇〇から大事な話、、、///」

生田「もしかして告白とか?!キャーー///」ジタバタ

部屋の中でじたばたしちゃってる生田さんでした。は


翌日、作曲部屋。

生田「はぁ、、、なんか緊張する、、、///」

昨日、〇〇から「作曲部屋に来て」というお誘いを受けました。

今までこんなことはありませんでした。

っていうよりも、私がお誘いを受ける前にどんどん〇〇の部屋に突撃しているからです。

生田「大事な話って何だろ、、、///」

不慣れな事に緊張してしまいます、、、

いつもより少しオシャレに、大人っぽい服で〇〇のお部屋に向かいます。


〇〇の作曲部屋前。

コンコンッ

生田「入るよー!」

私はお部屋に入る前、すこし深呼吸してお部屋に入る。

ガチャッ

生田「やっほー〇〇!」

〇〇「ん。今日はありがと。」

生田「いやいや〜、、、、、、それで話って何?」

私は昨日の夜からずっと聞きたかったことをようやく聞く。

〇〇「じゃあこれつけてもらっていい?」

そう言って差し出したのはヘッドフォン。

、、、そんなわけないか笑。

〇〇みたいな音楽バカに限って。

私はすこし残念に思いながらもヘッドフォンをつける。

〇〇「結構前からさ、ずーっと曲作っててね。」

〇〇は私にはよく分からない機械を操作している。きっと音楽関係のものだろう。

〇〇「よっと、、、その曲を絵梨花に聞いて欲しくて
   呼んだんだ。」

生田「あー!私がこの前、レコーディングを
   手伝ったやつ?」

以前、学食で〇〇に頼まれたレコーディング。

その時に「曲を全部聞かせて!」と頼んだが〇〇は聞かせてくれなかった。

どんな曲なんだろ、、、、、、

〇〇「じゃあ再生するよ。」

生田「はーい!」

〇〇が再生ボタンを押す。

流れ出したのは弦楽器から始まるしっとりめの曲。

心の奥まで染み渡っていくような美しい音。

あぁ、、、この音だ。

私はずっとずっと前から〇〇の大ファンだ。

だから〇〇と仕事が出来たあの日は本当に嬉しかったな、、、

イントロが終わり、〇〇の歌声も聞こえてきた。

〇〇も歌が上手なんだよな〜、、、

確か〇〇はラブソングを作ったと言った。

、、、あれ?

歌詞をよく聞いて、あることに気付いた。

全て私と〇〇の思い出の話だ。

一緒にミュージカルを見に行った帰り道、星空が綺麗だねって話したあの夜。

有名アーティストのコンサートに2人で行った日、夜が明けるまで語り尽くしたこと。

この作曲部屋で2人で曲作りをしたこと。

いろんな思い出がこの曲に詰まっていた。もしかしてこの曲の相手って、、、///


約4分半の曲が終わった。

〇〇「、、、、はい。」

生田「え?」

彼が1枚のティッシュを差し出してきた。どうやら気づかないうちに涙を流していたようだ。

生田「、、、ありがと。」

〇〇「この曲なんだけどさ。
   絵梨花に向けて作ってみたんだ。」

生田「、、、やっぱり私のことなんだ。」

〇〇「僕って不器用だからさ、こんな事でしか
   絵梨花に気持ち伝えらんなくて、、、」

生田「、、、うん。」

〇〇「、、、絵梨花。」

〇〇が私に向き合って言う。


〇〇「、、、僕は生田絵梨花の事が大好きです。」

生田「、、、私も大好き!!」ギュッ


〈後日談〉

池田「いや〜、、、2人もやっと付き合ったか〜♪」

〇〇、生田「「え?」」

池田「2人して私に相談してくるんだからさ〜笑。」

〇〇「、、、絵梨花も瑛沙に相談してたのか。」
生田「、、、〇〇こそ。」

池田「てれぱん先生は嬉しいぞ〜♪」

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