雲と幽霊 from ヨルシカ
9月2日。
ため息が出そうな暑さが息を潜め、この青々とした木々の葉っぱも紅くなる頃だ。
そんな日に僕、丹生〇〇は死んだ。
原因は単なる交通事故。
交差点に高齢の御婦人が運転する軽自動車が突っ込んできた。
その時、僕が何もしていなければ事故に遭うこともなかっただろう。
そう、その自動車の延長線上に小さな子供がいたんだ。
まだ4〜5歳の女の子。
手に持っていた氷菓を落として膝を曲げて泣いていて、車が突っ込んできていることなど気づいてもいないようだ。
僕は咄嗟にその女の子の方へ走り出し、車の延長線から女の子を突き飛ばした。
おかげでその子は無事だったようだ。
その代わりに僕は死んだ。
9月3日。
こんなことって本当にあるんだな。
僕は死んだ人間に意識なんてないものだと思っていた。
しかし、僕はまた新しい1日を迎えている。
どうやら死んだ人間はその後の道が決まるまで、幽体となって待つのだという。
うーん、、、
これと言ってやり残したことも無いんだよなぁ。
そうだ、両親の顔でも見にいこう。
、、、、、、行かなければよかった。
僕がまだ生きていた頃の両親はとても明るく、勝気な性格だった。
そのため、僕の家はいつでも明るく、騒がしいと近所で有名になっているほどだった。
今ではそんな噂など誰も信じないだろう。
母は机にうつ伏せになり啜り泣き、父もいつにも増して酒の量が多く、また涙を流してくれていた。
、、、死ななきゃよかった。
僕はそんなことを思い、今日という日を終えた。
9月4日。
このままこの世界にいられるのもあと2日くらいだろうな。
体感でそのくらいだって分かる。
さて、今日はどこにいこうか、、、
近くの喫茶店に入って考えようか。
そうだった。
僕は死んでいるんだった。
一生懸命に店員へ向かって「すみません!」と
呼びかけていたのが馬鹿らしくなってくる。
幽体ってのも面倒だな、、、
ふと外を見るとまだ残暑が厳しいらしい。
サラリーマン、女子高生、ご老人、、、
どの人もハンカチで額に滲んだ汗を拭っている。
僕は何も感じない。
暑いか寒いかと問われたら分からないと答えるだろう。
、、、まぁそんなことはさておき。
行きたい場所ができた。
子供の頃、大好きだった祖父母の家に行こう。
やっぱり落ち着くなぁ、、、
僕の祖父は近くの山に畑を持っていて、僕もよく遊びに行っていた。
冷たい川の水をかけて遊んだり、一緒に畑を耕したり、作ってきたお弁当を分け合ったり、、、
懐かしい思い出が次々に脳裏へ浮かんでくる。
、、、祖父母に会えることを考えたら死ぬことも悪くないかな。
僕の顔を見たら久々に会えて泣いてくれるかな。
それとも早く来すぎだって怒られるかな。
あれから僕はまた実家に戻ってきた。
正直、両親の泣き顔を見るのは心にくるものがある。
だから少し躊躇っていたのだが、そんな心配は無用だった。
父「、、、〇〇は俺らがこんな顔してたらどう
思うんだかな。」
母「、、、笑われちゃうかもね。」
父「、、、だな。」
僕が死んでもう3日が経とうとしてる。
両親は本当に強い人間で、僕の愛する人たちだ。
そんな人を残して死んだ自分に少し腹が立つ。
さぁ、、、おそらく明日が最後の日。
明日はどこに行こうか。
9月5日。
、、、決めた。
僕は最後に幼馴染の小坂菜緒に会いに行こうと決めた。
彼女は僕の一番の親友と言っていい。
もちろん他に友達がいなかったわけではないが、菜緒ほど心が通じ合ってると思った同級生はいない。
菜緒は僕が何を考えているか、僕は菜緒が何を考えているか手に取るように分かった。
できれば最後まで菜緒会いたくはなかった。
会ったら涙が溢れて止まらなくなりそうだから。
だけど、菜緒の顔を見ないで逝ったら死ぬまで後悔しそうだから。
まぁもう死んでるけど。
そんなくだらない事を考えながら、僕は菜緒の家に足を運んだ。
あっ、、、行く理由がもう一つ見つかった。
今日はあの日だったな。
しかしそれまで持つかな、、、
小坂家。
菜緒は僕が死んでから学校に行ってないらしい。
正直、意外だった。
菜緒は細かい事を気にしない大雑把な性格だから僕の死などあまり気にしない、、、と言ったら変だけど。
そんな人間だと思っていた。
まぁその欠席の理由が僕の死でなかったらとても恥ずかしい話だが。
その時、菜緒の家から声が聞こえた。
どうやら菜緒のお母さんと菜緒の会話だ。
母「菜緒、、、気分はどう?」
菜緒「、、、最悪や。」
母「、、、今日も学校お休みする?」
菜緒「、、、うん。来週からは行くから。」
母「、、、そう。無理はだめよ?」
菜緒の声のトーンが聞いた事ないくらいに低い。
いつもだったらあの3倍の声量で2オクターブくらい声は高い。
あんな菜緒の声を聞くのなんて本当に初めてだ、、、
ガチャッ
僕が菜緒の声に驚いていると、家の扉が開いた。
菜緒だ。
3日前、9月2日。
私は委員会の仕事が残っていたため、いつも一緒に登下校してる〇〇とは別々で帰る事になった。
菜緒「あぁ、、、はよ〇〇に会いたいなぁ、、、」
私は委員会の仕事中、〇〇への気持ちを呟いた。
美玖「ほんとに菜緒は〇〇くん好きだよねぇ、、、
さっさと告白しちゃったら?」
この子は金村美玖。
私が〇〇のことを好きだと知っている唯一の親友。
〇〇のことで悩んだらいつも美玖に相談している。
菜緒「告白なんて無理やぁ、、、
振られたら菜緒は生きていけん、、、」
美玖「そんなこと言ってたらずーっとこのままの
関係だよ!」
菜緒「そうやけど、、、」
美玖「人生何が起こるか分からないんだし!
今のうちに想いを伝えておかないと!!」
菜緒「、、、そうやな!その通りや!!」
美玖「うんうん!」
菜緒「今日の夜!菜緒は〇〇に告白するでっ!」
美玖「おーよく言ったよ菜緒!」
菜緒「えへへ〜!」
委員会の仕事も終わり、私は早く〇〇に会いたい気持ちを抑えきれずに走っていた。
早く会って、、、告白して、、、それからキスなんてしちゃったりして、、、///
膨らむ妄想にニヤけつつ、〇〇の家へ走っていく。
ピンポーン、、、ピンポーン、、、
〇〇の家のインターホンを2回押した。
いつもは〇〇がめんどくさそうに玄関を開けるのだが、今日は違った。
ドアを開けたのは妙に焦っている〇〇のお母さん。
母「、、、菜緒ちゃん。」
菜緒「あっ〇〇のお母さん!〇〇っておりますか?」
母「、、、落ち着いて聞いてね。」
菜緒「え?」
菜緒「はぁ、、、はぁ、、、〇〇、、、!!」
私は病院の中を走っていた。
追い越した看護師さんに注意されるも、気にしている暇はない。
〇〇のお母さんから、〇〇が事故に遭ったことを聞いた。
それに加え、現在も危ない状態だと言われた。
〇〇のお母さんに病院まで送ってもらい、お礼も言わずに手術室の前へ走っている。
菜緒「まだ、、、行かないで、、、」
私は手術室の前についた。
「手術中」の赤いランプがまだ点灯している。
私は走ったためか〇〇が心配のためか、鼓動が早まっている心臓を落ち着けようとする。
、、、だめだ。
全く鼓動がおさまらない。
母「はぁ、、、はぁ、、、菜緒ちゃん!」
〇〇のお母さん、その後ろに仕事終わりに駆けつけた〇〇のお父さんもいた。
父「、、、大丈夫だ。〇〇ならきっと。」
お父さんはしっかりと私を見つめてそう言った。
、、、そうだよね!
あの〇〇が簡単に、、、死んじゃうなんて、、、
ガタンッ、、、ウィーーン、、、
「手術中」の赤いランプが消え、中から手術医が出てきた。
母「先生っ!〇〇は、、、〇〇は、、、!!」
私はきっと、先生から良い答えが返ってくるものだと思っていた。
しかし現実はそんな甘くない。
先生の口から出た言葉は、私を深い沼の底に突き落としたようだった。
それから私は何もする気が起きなかった。
ご飯もまともに食べることができなかった為か、体重が5kgほど落ちてしまった。
私の中で〇〇という存在がこんなにも大きかったのだと改めて思う。
この3日間、涙が枯れることはなかった。
勉強机の上に飾られた〇〇との2ショット、2人で出かけた遊園地のカチューシャ、一緒に見た映画の半券、、、、、、
〇〇と作った思い出を全て振り返っても、一つ一つに涙が出てしまう。
人生何が起こるか分からない。
想いを今のうちに伝えないと。
いつだったろうか、美玖に言われた言葉。
今になってはこんなにも心に響く言葉はない。
、、、今日で〇〇が亡くなって3日。
私は〇〇のお葬式にも出ることができなかった。
出たら〇〇が亡くなったことを認めてしまうようで。
、、、せめて〇〇にお線香をあげよう。
私から何もないじゃ〇〇も怒ってるやろなぁ、、、
そう思い、私は〇〇の家へ向かう事にした。
ガチャッ
私は玄関の扉を開け、〇〇の家に向かう。
コンクリートで舗装された道を歩く。
3日前まで毎朝、〇〇と歩いていた道だ。
少し歩いた後のバス停から学校に通っていたなぁ。
夏の間も大きな木の影になっていて涼しい場所だ。
上を見上げれば、青い空に入道雲が浮かんでいる。
そういえば〇〇と雲の話もしたな、、、
あれは今年の8月半ば。
まだまだ猛暑に耐えなければいけない絶望感が私を襲う時期のこと。
私と〇〇はバス停で行きのバスを待っていた。
菜緒「なぁ〇〇、、、」
〇〇「なに?」
〇〇は手に持っている小説から目を離す事なく返事をする。
菜緒「雲って何であんな高いところに
あるんやろなぁ、、、」
私は突然に頭に浮かんだ疑問を〇〇にぶつけてみた。
そういえばこの時も、今みたいな入道雲があったなぁ。
〇〇「、、、急にどうしたの?」
菜緒「、、、なんとなくや。」
〇〇「なんでだろうね。」
菜緒「なんでやろなぁ。」
側から見たら、こんなにもつまらない会話は珍しいだろう。
しかし、私たちにはこの位の会話でちょうどよかった。
どうして今になってこんな会話を思い出すんやろ。
菜緒「なぁ、、、〇〇、、、あの答え教えてや、、、」
私は入道雲を見上げながらポツリと呟く。
〇〇「うーん、、、
僕が菜緒を見守りやすいようにとか?」
菜緒「なんやそれ、、、」
〇〇「だめだった?」
菜緒「なんかストーカーみたいやし、、、えっ?!」
私は急いで振り向いたが誰もいない。
とうとう私もおかしくなってしもた、、、
〇〇「おーい菜緒?これ聞こえてるの?」
菜緒「まっ、、、〇〇なん、、、?」
〇〇「そうだけど。」
近くに人は誰もいない。
ましてや〇〇なんてもうおらんのに、、、
菜緒「、、、私たちが初めて2人きりで行った場所は?」
私は〇〇しかわからない問題を出した。
〇〇「隣町の水族館。菜緒が爬虫類コーナーから
離れないから帰るの遅くなったよね。」
菜緒「、、、正解。」
〇〇「姿は見えないけど声は聞こえてるんだ。」
菜緒「どうせだったら姿も見せてくれたらええのに。」
〇〇「しょうがないでしょ、死んでんだから。」
あぁ、、、あの時の雰囲気や、、、
私が一番大好きだったあの時間。
〇〇とくだらない事を話しているあの時間。
正直、〇〇の声が聞こえる不思議はもういい。
〇〇が近くにおるという事実だけで良い。
〇〇「あっそうだ。たぶん今日で僕は本当に
消えるからね。」
中々に重要そうな一言をサラッと言う〇〇。
これも以前から変わらない。
菜緒「、、、いつまでもおる訳にはいかへんの?」
〇〇「まぁね。
こればっかりはどうしようもないよ。」
菜緒「、、、そうか。」
〇〇「それに今日は約束してたあの日でしょ。」
菜緒「あの日、、、あっ!」
〇〇「、、、忘れてた?」
菜緒「うるさいなぁ!こっちは〇〇が死んで凄い
悲しかったんやぞ!!」
〇〇「、、、それはごめん。」
菜緒「はぁ、、、それじゃあ行くか。」
〇〇「そだね。今年はどこでやるんだっけ?
花火大会。」
私たちが住んでる地区では、毎年9月の初めに花火大会を行う。
この花火大会が夏の終わりを知らせる風物詩となっている。
生前、私と〇〇はこの花火大会に2人で行こうと約束をしていたのだ。
〇〇「じゃあ今年もあの場所で見るか。」
菜緒「そやな、、、あのな〇〇?」
〇〇「ん?」
菜緒「出来るだけ喋り続けてくれへん?」
〇〇「えーなんでよ。」
菜緒「だって姿が見えへんもん!
声がしてないと不安になってまうやん!」
〇〇「あぁ姿は見えてないのか、、、分かったよ。」
菜緒「頼むなぁ。」
そうして時間は夜になり、花火大会が始まった。
海上花火が夜空を綺麗に彩る。
いつも〇〇と見ていたこの景色も今日で最後、、、か。
隣を見ても〇〇の姿はない、、、だけど、、、
〇〇「うわー、、、めっちゃ綺麗だな、、、」
この通り、声はしっかりと聞こえてくる。
本当に今日、消えてまうのかな。
菜緒「なぁ〇〇、、、いつ消えてまうの?」
私は思わず聞いてしまった。
〇〇「んー、、、あともうちょい。
この花火が終わるまでのどこか、、、かな。」
菜緒「、、、そんなに早いんかぁ。」
私と〇〇に残された時間はもう少ない。
、、、いうなら今すぐやな。
菜緒「、、、好きやで。」
私は溜まりに溜まった思いを〇〇にぶつける。
菜緒「いつも菜緒と一緒にいてくれてありがとう。
これからも一緒におって欲しいけど、、、」
〇〇「、、、うん。」
菜緒「菜緒は〇〇のいない人生なんて
考えられへんなぁ、、、」
だめだ、涙が出てくる。
菜緒「そういえば〇〇の返事聞いとらんかったな。
〇〇は私のことどう思ってるん?」
〇〇はいま、どんな顔をしているんだろう。
私は多分真っ赤になっている。
私の顔だけ見られるのは少し癪だなぁ。
菜緒「、、、〇〇?」
問い掛けても返事がない。
、、、どうやら時間が来てしまったようだ。
菜緒「ずるいなぁ、、、
私だけ気持ち伝えただけやん、、、」
私の声は賑やかな花火の音にかき消されていくようだった。
4年後。
あれから私は学校にも通い、無事に卒業した。
そして今は大学2年生の夏休み中。
今日は〇〇の命日だ。
私は〇〇のお墓のあるお寺に来ていた。
菜緒「おー〇〇!元気やったか?」
もちろん、あの日みたいに返事はない。
ただまたあの時みたいな奇跡が起きないかと期待しているだけ。
毎年ちゃんと来てるんだけど、そんな奇跡は一回も起きない。
菜緒「ほらほら。ちゃんと花も持ってきたで。」
私は〇〇の好きだった花を添え、少し世間話をしていると、、、
??「あっ、、、あの、、、」
菜緒「ん?」
声の下方を向くと、小学生くらいの女の子が花束を抱えて立っていた。
ひなの「、、、そこのお墓の方に助けていただいた
上村ひなのと申します。」
〇〇があの日に助けた女の子らしい。
菜緒「、、、お墓参り?」
ひなの「はい。今年も無事に進級することが
出来たのでそのご報告に、、、」
小学生だというのに言葉遣いがしっかりとしている。
きっと〇〇が助けたことが作用したのだろう。
菜緒「そっか、、、私はこいつの幼馴染でな。」
ひなの「、、、っ!!すみませんでした!」
ひなのちゃんが急に頭を下げ出した。
菜緒「ええっ!急にどうしたん?!」
ひなの「私があの時、、、あの場所にいなければ、、、」
震えながら喋るひなのちゃん。
きっと自分のせいで〇〇が死んだと思っているのだろう。
菜緒「、、、ひなのちゃんが謝ることやないよ。」
ひなの「、、、え?」
菜緒「ひなのちゃんを助けたのは〇〇の意思やから。
それに〇〇もひなのちゃんに罪の意識を
持たせるために助けたんやないよ。」
私はひなのちゃんの分も線香を取り出し、火をつけた。
菜緒「ひなのちゃんは〇〇の分まで頑張って
生きるんよ?それが〇〇にできる最大の
恩返しや。」
ひなの「、、、、、、はいっ!!」
ひなのちゃんは涙を流しながら返事をしてくれた。
〇〇もこんな良い子を助けることが出来て本望だっただろう。
菜緒「、、、ほな私はそろそろ行くわ。
〇〇にちゃんと報告してやってな?」
ひなの「はい!」
そう言って私はその場を去った。
私はまだまだ〇〇のことが忘れられない。
今も心に大きな穴がポッカリと開いているようだ。
、、、それでも何とか前に進めている。
唯一の気掛かりは告白の返事くらいやなぁ。
〇〇は私のことをどう思っとったんやろ、、、
お寺に柄杓やバケツを返し、車に戻ろうとした時。
、、、好きだよ。
菜緒「、、、え?」
不意に聞こえた4文字の言葉。
本当に聞こえたのか、私の幻聴なのか、、、
菜緒「、、、やっぱりか。」
私はクスッと笑いながらそう言った。
また返事は返ってこなかった。
でも、この4文字を聞けたから勘弁したるか、、、
じゃあまた来年な?
ばいばい、〇〇。
from ヨルシカ/雲と幽霊
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