「芭蕉より一茶が好き」26.

(五年前の自らの体調の悪化に気が萎えているうちに現実の体調にも異変が・・・夢うつつのなか遂に入院して三度目の輸血です。)

七月十七日
 寝返りを打った処で目を開ける。顔は丁度窓側を向いている。ブラインドの外は未だ昏い。尿意は感じない。「さて如何するか、起きるか又寝るか」そんなことを考えているうちに尿意を催す。
 起き抜けの動作は鈍い。昨日の選句が影響した訳では無いだろうが今まで以上に鈍い。ベッドの最初の角を曲がる前に看護師さんが来て呉れる。
「大丈夫ですか、ゆっくりで良いですよ」焦りが看護師さんには判るのだろう。気持ちは前に出て行こうとしているが体は思うように動かない。失禁には至らずぎりぎりの処で持ち堪えた安堵感でベッドに戻ってぐったり。「未だ昏いし寝よう」
 
「朝ご飯ですよう」いつものように看護師さんの掛け声で目が覚める。が、此迄とは違い寝起きは怠い。心配だ。
 
 心配は図星だったなと思う。今は既に消灯の時刻。三食のご飯は残すし、食後も調子が出ず選句する気にも成らない。この儘横に成ったら罪悪感に襲われること無く寝て仕舞うのかな。
 
七月十八日
 尿意だけはいつものように有る。生きていることを証明して呉れている。但し足下は覚束ない儘で、用足しに歩いて行けるだけ良しと考えることにしよう。これで御襁褓でもすることになれば其こそ寝たきり老人に成ってしまう。「嫌だなア」
 
七月十九日
 心配が現実に成りそうだ。
 夢の中だったのかどうかは判らないが食事を摂ったことと便所に立ったことは朧気乍ら憶えている。其迄の体の鈍さに加えて頭迄怪しく成って朦朧としている。「愈々か」
 
七月二十日
 看護師さんが私を呼んでいたように思うが夢だったのだろうか。何と無く輸血と聞こえた気がする。
 
七月二十一日
 目を開けると目の前に先生が見える。「ご気分は如何ですか」と言って呉れたように思うのだがはっきり聞こえない。いつものうたた寝のあと目を覚ましたのかと思ったが、如何も然うでは無いようだ。
 先生が聴診器を当てたり、瞳孔にペンライトを当てたり、血圧を測ったり、臑に指を押し当てたりしている間、可能な限り神経を集中させて記憶を辿るが食事を何度か摂ったような、用足しにも何度か行ったような、輸血をしたような気もするし曖昧な記憶許だ。思い出せたのは未だ昏いうちに尿意で起き二度寝したこと位。然う斯うするうちに先生が私に向かって何か言って看護師さんと共に病室から出て行ったが、記憶を辿ることに精一杯で何を言ったか頭に残っていない。ならば姿勢を変えれば思い出すかも知れないと体を捻ると其を待っていたように尿意が来る。
 恐る恐る足をベッドから下ろす。此処迄は順調と言って良いだろう。では歩くことは如何だろうと足を運ぶがベッドから手を離しては足を出せない。
「大丈夫ですか」二歩目を運んだ処で看護師さんが顔を出して呉れる。一歩一歩前に進めて何とか用足しに間に合う。しかも下痢気味だが便通も伴い少し安堵する。
「輸血前に戻りましたねエ」然う言われて「やはり輸血したんだ」と思う。
「有難う」看護師さんの目を見ると二度寝のときに手助けして呉れた看護師さんだ。怖さも有ったが意を決して二度寝から何日経っているのかを聴こうと恐る恐る質問する。
「私のシフトで言うと二回り目の途中なのであの日を入れて五日目ですね」看護師さんは尋ねられる儘に淡々と応えて呉れた。
 又「やはり」だ。其でもトイレは自分で行ったのだろうか、食事は自分でちゃんと食べたのだろうかの疑問は残る。知りたいのは山々だが、知って仕舞って自己嫌悪に陥るのも其は其で嫌なので此以上追及は止めよう。
「そろそろ晩ご飯ですよオ」看護師さんの声で目を開ける。
 輸血をして貰った所為であろう、晩ご飯も残さずに食べ、夜のルーティーンも輸血前のようにしっかり終える。

(七月二十二日へつづく)
 

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