特別支援学校の体験授業に参加してみた
夏休みが終わったある日、学区の特別支援学校に電話をしてみました。
内心ドキドキ緊張しながら初めての番号に電話…。
「来年就学を控えている娘がいるのですが…。自閉症スペクトラムの診断を受けています。家族での学校見学と体験授業をお願いできますでしょうか。」
すると、いとも簡単に
「見学、体験授業共にもちろんお受けしますよ。」
とのお返事を頂きました。
「来年から1年生になるのですから、1年生のクラスに参加した方が宜しいですね。ご希望の日時は決まっていますか?」
との事。
こちらの希望をお伝えすると
「その日なら子供達は通常の授業予定になっていますので体験可能です。
特にご希望時間が決まっていなければ、朝の会の前に行っている運動の時間から参加してみては如何でしょう?」
「内容はマット運動やダンス、簡単なゲームなどです。」
「皆一緒に身体を動かす遊びを楽しむ時間ですから、スムーズに参加できると思いますよ。」
とお返事を頂き、2週間後の学校訪問が決定しました。
さあ、今度はその事を娘に伝えて何とかその気になって貰わなければなりません。
娘はその頃
「どうやら近い将来に今通っているデイサービスが終わっちゃうらしい。そうしたら『学校』というすごく恐いところへ行かなくちゃならないみたい…。」
という憂鬱な現実に気付き始めたようで、少々情緒不安定になっていました。
そして、事ある毎に
「ずっとここにいる。他の所は行かない!!」
と涙ながらに訴えてきます。
しまいには
「良い子にするから、学校はやめて!」
などと頭を下げて懇願するので、私も困っていました。
「それが可能ならママもそうしてあげたいんだけどさ…。」
娘の涙を見ると途方に暮れる思いでした。
だからといって
「よ~し!もう学校は辞め!」
などと言うわけにもいかず…。
全く気が進まなそうな娘を相手に
「ちょっと遊びに行くだけだよ。パパもママも一緒にやるよ。お友達とダンスたくさん出来るって!」
と半ば強引に言い聞かせ、とある月曜日に家族3人で特別支援学校へ向かったのでした。
指定された時間に受付に向かうと、教頭先生が出迎えて下さいました。
「おはようございます!今日は遊びに来てくれてありがとう。」
と満面の笑みで娘に声を掛けて下さり
驚いた事に娘も
「おはようございます。」
と、蚊の鳴くような声で答えたのです。
ここまで来ちゃったらもう逃げられない…、と
本人なりに覚悟を決めての一言だったのかも知れませんが。
「子供達の運動時間が始まりますから、まずそこから参加して、その後の朝の会までを一緒に体験してもらおうと思っています。」
「説明と校内見学はその後にゆっくりさせて頂きますので。」
との説明があり、教頭先生と私達家族3人でさっそく『プレイルーム』に向かいました。
案の定、娘は私達2人に隠れるようにして俯いたまま後ろを歩いていました。
それはまさに不安が服を着て歩いているような状態。
さあ、どうなることやら…。
こちらまで心配になりつつ、プレイルームに到着しました。
教頭先生が
「今こちらの部屋にいるのは小学部の1年生です。毎朝こうして運動を楽しんでいるんですよ。」
と部屋の扉を開けて下さいました。
緊張で明らかに挙動不審な娘を、先生方は殊更気にする様子もありません。
そして笑顔で
「おはよう!来てくれてありがとう。」
「お兄さんお姉さん達と一緒に遊ぼう。」
と口々に声を掛けて下さったのでした。
しばらくすると、1人の女の子がニッコリ笑顔でやってきて娘の手をとりました。
そして繋いだ手を優しく引き、躊躇する娘を仲間の元へと連れて行ってくれたのです。
言葉こそありませんでしたが
「一緒にやろう。」
と誘ってくれる優しさがこちらにも伝わってきました。
知らない大人は恐くて苦手だけれど、子供には子供の優しい気持ちは娘にも伝わるのでしょう。
あっという間に皆の輪に入れてもらった娘は、間もなく鳴りだした音楽に合わせ、見よう見まねで歩いたり、走ったり、ジャンプしたり…。
「さっきまでの泣きそうな顔はいったい何だったの!?」
と言いたくなるような笑顔で楽しみ始めました。
あっという間にすっかり仲間に溶け込んでしまった娘。
そして
突然やって来た知らない女の子を当たり前のように受け入れてくれた子供達。
道具を使うダンスを始める前には、そばにいる子供が娘の分まで用意し
手渡してくれました。
そこには言葉こそ無いのですが
「次はこれを使うんだよ。こうやるの。」
とばかりに、動きを見せてくれるのでした。
そばで見守り続けて下さっている先生が何も手を貸す必要がないほど
子供達の誰かが少しずつ娘を手助けしてくれたのです。
こんな光景が見られるとは全く想像していませんでした。
「ここで泣いてはいけない!」と必死にこらえましたが
子供達の温かさ、優しさに触れて心が洗われたような気持ちになったのを覚えています。
以前に
「障害児、特に自閉症児はあまり横の繋がりを欲していないように思います。」
「一緒に同じ場所にいても、意識としては1人ずつが同じ場所にいるという感じです。」
との話を聞いたことがあります。
確かに、私が思い描く友人関係と娘のそれとを比べると同じでは無いかも知れません。
同じでは無いけれど、私とはまた違う形で『お友達』はちゃんといます。
相手を思う気持ちも、仲間意識も間違いなくあります。
表現が違うだけ。
娘と共に生きて15年目の今なら自信を持ってそう言えます。
しかし
娘は学校という場所に溶け込めるのだろうか…?
と悩んでばかりいた当時には、まだそんな事は分かっていなかった気がします。
そして
「私がいない場所で、知らない人達ばかりの中にいられるだろうか?」
と、後ろ向きな心配ばかりしていたように思います。
今になって思うのは、子供達は子供達のやり方でちゃんと仲間になっていくのだと言う事。
この頃の自分を振り返ると、私はいつでもどこでも
「自分こそが1番の理解者なのだから、そばにいてやらなくちゃ!」
と思ってしまっていたような気がします。
けれど
「子供には子供が1番。」
という場面は間違いなくあるのですよね。
そして恐らくそんな場面はこれからもっともっと増えていく。
嬉しいような寂しいような、ですが。
とにかく、この体験授業に参加した事で、娘の気持ちもいくらか軽くなったのではないかと思います。
そして私にとっても
思いがけず心の準備ができた大切な時間になりました。
その後の校内見学、学校についての概要説明を経てこの日の予定は終了しました。
行きの道は
「これからすっごく嫌な所に行くんだ…。」
と言わんばかりの怯えた顔をしていた娘。
帰りの道は
「学校なんて全然怖くないよ!面白かった~!」
と、いくらか強気な顔に変わっていました。
正直、夫は当初特別支援学校入学には抵抗があったようです。
「学区の小学校で支援級に入れて貰ったら良いと思うけど。」
「支援学校じゃ無くても大丈夫でしょ?」
などなど…。
体験授業参加までの日々で、折に触れては
「特別支援学校は見学に行くまでも無いんじゃないの?」
と、話していたのでした。
私はと言えば
「両方見てみなければ決められない。」
と結論を棚上げし、心の中で堂々巡りを続けたまま…。
それでも夫婦間では
「とにかく娘の気持ちを1番優先して決めよう。学校に通うのは親じゃないのだから。」
と、それだけは約束していました。
それがこの日体験授業を見学し、一瞬にして違和感なくお友達に溶け込んでしまった娘を目の当たりしたその瞬間、私の心は決まったのでした。
恐らく夫も同じタイミングで心を決めたのだと思います。
車で自宅へと向かう道すがら、夫が娘に話しました。
「今日行った学校はどうだった?」
「楽しかった?」
「パパは見てるだけだったけど、楽しかったよ。」
「もちろん自分で気に入った方の学校を選んで良いんだけど、パパは今日の学校が好きになっちゃったよ。」
まるで霧が晴れたような笑顔でした。
娘も
「今日のところにする!恐くなかったから。」
と、少しだけホッとしたような様子でした。
もちろん
「ママも賛成だよ!」
と言うことで、長らく悩んだ我が家の就学問題は何とか結論に辿り着きました。
子供の数だけ、家庭の数だけ答えは様々にあって
「これが間違いなく最善の道です。」
と言える選択肢なんか存在しないのでは?と思います。
我が家もどちらが正しかったのかは分かりません。
散々迷って出した答えだというのに、正直今になっても分からないのです。
選ばなかった方の道を選んだらどうなっていたのか…?。
どっちを選んでも間違いなんて無いような気もするし。
ただ
「これはやって良かった。」
と言える事があるとしたら
やはり
実際に現場に行って自分達の目で見る事。
そして、可能なら体験してみる事。
大切な事を決める上で本当に大きなヒントになりました。
もう学校に入学して早くも9年目です。
本当にあっという間の日々でした。
今ではまるで自分の庭みたいに
学校の中を闊歩している娘ですが、
そんな時もあったのだなあ…、と今では懐かしい大事な思い出です。