見出し画像

動物愛護センターの子猫

子猫を引き取った。
行政の動物愛護センターに数度足を運び、書類や面接審査、自宅訪問審査を受けてやっと来た。
家での生活で慣れたので、獣医に連れて行った。ワクチン接種や全身チェック、愛護センターで散々言われた避妊手術への最初のステップだと思っていたのだが、獣医さんは、「ああ、愛護センターね」と一瞥し、センターで既に受けていたワクチンについても、「こんな部位には打たないよね」「感染症の検査は受けた?でも、動物愛護センターはどの猫も一緒にするからたとえ一度感染症の検査していても、また感染しているかもよ」と言う。あたかも愛護センターが動物を物のようにまとめて収容し、劣悪環境で放置しているかのように。
その後、近くのホームセンターで猫のフードを買おうとしたら、店員の人に、「愛護センターの餌は安さの追求ばかりだからね」と何も話さないうちに言われた。

それって酷すぎるよ。心が痛くなって、暗い気分になった。

私が行ったことのあるいくつかの動物愛護センターでは、職員の人はできる限りの愛情とケアを収容されている動物達に注いでいる。作りのおもちゃや設備を作ったり、餌も個々の動物の好みに合わせて工夫している。譲渡の説明を受けた時も、その猫が好きなもの、遊び、性格など詳しく説明して教えてくれた。餌も、予算の中で、一番良いものを与えてくれていた。別れ際には最後まで見送ってくれて、個人で趣味だと、その動物個々をモデルにしたレリーフを作ってくださりプレゼントして下さった職員の方もいらした。厳しい審査は悲劇を繰り返さないと言う強い動物への愛情が伝わってくる。

そう言う事実も知らずに、決めつける、見下す、ジャッジする、他者のことを「ああ、ダメでしょ」と軽蔑する。そう言う人が世間に多すぎるような気がするのは私だけだろうか。そう言う態度で何が得られるのだろうか。今回のことだけではなく、あまりにもそう言う風潮が一般化し、私と私の家族は見下される立場にいることが多いので、私の気持ちが下がってしまったのだと思う。

猫フード担当の店員さんは、私が今まで愛護センターで与えられていたフードです、と商品を示すと成分表を見て途端に黙ってしまった。

猫はとっても可愛く、上手に躾けられていたのか、ほとんど問題行動も起こさない。動物愛護センターの人、ありがとう! その場その場で善意で一生懸命働いている人、生きている人に敬意を払うのに何の問題があるのだろう。嘲笑と侮蔑に満ちた社会では、そうやっている人も侮蔑されているんだよね。もうあの獣医さんには行きたくないな。

いいなと思ったら応援しよう!