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(SS小説)雨宿りとカフェ

 今日の天気予報は確か晴れだった。なのに突然の雨。

「うそだろ?」
  
 その雨に水瀬薫は困惑し、急いで走り出す。

(とにかく雨宿りできるところを探そう)
 
 せっかくの休日を台無しにされ怒り心頭といきたいところだが、雨脚がさらに強くなりそれに伴ってじわじわと髪や服が濡れていく。それに多少うんざりしながら水瀬は雨宿りできる場所を探した。

「ついてないな」
 
 小さく呟き辺りをきょろきょろしながら見渡すと、目の前に『かふぇ』の文字を見つける。水瀬は軽く胸を撫で下ろし、その扉を開けようとするがすんでのところで壁にぶつかった。

「うあっ!」
 
 目の前が一瞬暗くなり体制を崩す。だが、倒れそうになる水瀬の腕を誰かが掴み引き上げた。その勢いでまたその壁にぶつかるが、壁にしては違和感がある。
 
 顔を上げ目を開くと、目の前に美青年と言っても遜色ない人物がいた。しかもその美青年に抱きしめられる格好となっていたのだ。その時点で自分がぶつかったのは壁ではなく人だと気づく。

『水も滴るいい男』とは、まさにこんな男のことを言うのだろうと、水瀬は漠然と思った。顔にかかる前髪から雨雫が滴り落ちる。
 
 その雫は水瀬の頬に流れ落ち、その瞬間水瀬の中で微かに何かが弾ける。

「大丈夫ですか?」
 
 男の心配そうな声に我に返り、水瀬は慌てて男から離れ頭を下げた。

「すいません、前をよく見ていなくて」
「大丈夫です、けがはありませんか?」
「はい」
「あなたも雨宿りですか?」
「え? あ、はい」
「じゃあ、一緒に入りませんか?」
 
 男が喫茶店の扉を親指で指差す。

「はい?」
「ここにいても濡れてしまいますし」
「あ、そうですね」
 
 一瞬、誘われているのかと勘違いしてしまった自分を恥ずかしく思いながら、男の後について喫茶店の中に入った。

「いらっしゃいませ、二名様ですか?」
 
 雰囲気の良い初老の男性店員が軽く会釈をする。

 水瀬は軽く首を振り、

「あ、違います。席は空いてますか?」
 
 と、質問するが、

「そうですか……」
 
 と、少し困ったような顔をした店員は、少し振り返り辺りを見渡したのち、また頭を下げた。

「大変申し訳ありません。只今、少々混んでおりまして、相席でもよろしかったらすぐにご案内いたしますが」
「そうですか……。あの、僕と一緒でもいいですか?」

 男を見上げ質問をすると、

「はい。問題ありません」

 男は微笑み頷く。その笑顔に一瞬見とれたがすぐに向き直る。

「では二人で大丈夫です」
「かしこまりました。では、こちらへどうぞ」

 店員に案内された席は、店の隅にある小さなテーブル席だった。男二人では多少手狭に見えたが文句を言える立場ではないこともよくわかっている。

「急な雨で大変だったでしょう。只今タオルをお持ちいたしますね」
「あ、有難うございます」

(ここの地域の人は善人しかいないのか?)

 店員の暖かさに感動しながらジャケットを脱ぎ、二人は椅子に腰を下ろした。

「お待たせいたしました」

 店員が持ってきたタオルを受け取り、頭と洋服の水分をふき取る。さすがに服の中はふけないが、ふいに横目で男を見ると同じように髪や顔を拭いていた。それすらも絵になってしまうとか少女漫画の主人公みたいだと思ってしまう自分に心なしか苦笑いする。

 その視線に気づいたのか、男が水瀬に視線を向けると慌てて目線を外した。

(あぶない、なんか不審者みたいだよ。ここはなんとか誤魔化さないと)

「あ、あの先程ぶつかった謝罪なわけではないですが、ここは僕に奢らせてください」

 この言葉で誤魔化せたかどうかは定かではないが、男は軽く笑み首を振る。

「こちらもちゃんと前を見ていなかったので謝罪は要りませんよ」
「いえ、ぶつかった挙句、転ぶところを助けていただいたので、そのお礼もしたいので」
「あれは咄嗟に手が出ただけですし、お怪我がなくて良かったです」

 男の綺麗な微笑みが眩しすぎて、それ以上は何も言えなかった。

(顔が良くて、背も高くて、性格まで良いなんて希少すぎる。誰か教えてくれ、どういう環境で育ったらこんなイケメンになれるんですか?)

「どうかしました?」
「あ、いえ、この世の不公平さを痛感しております」
「は?」
「気にしないでください。独り言です」

 へらへらと笑うに水瀬に男はクスリと笑う。

「面白い方ですね。えっと……」
「あ、水瀬です」
「来栖です」

 軽く会釈をする来栖の胸元に光るネックレスに目を奪われる。先程は気づかなかったが、開けたシャツの隙間から見えるチェーンとヘッド。シンプルなデザインなのに存在感はしっかりある。そのおかげかどうかは定かではないが、首の長さと肌のきめ細やかさを強調しているようにも思え、男の美しさと隠しきれていない色気に花を添えている感じがした。

「なにか?」
「すみません、じっと見ちゃって。そのネックレスがとても素敵で思わず魅入っちゃたんです。彼女さんからのプレゼントですか?」

 水瀬の質問に一瞬場の空気が変わるのを感じた。来栖が一瞬眉をひそめたからだ。水瀬は慌てて言葉を口にする。

「すみません、失礼なこと言いました。初対面なのにジロジロ見て気持ち悪いですよね、本当にすいません」
「あ、大丈夫です。これは自分でデザインしたものなんですよ。これをしているのはある意味宣伝みたいなものなので、デザインを褒められるのは嬉しいです」
「デザイナーさんなんですか?」
「ああ、まあそうですね。水瀬さんは何の仕事をしてるんですか?」
「僕は普通のサラリーマンです。仕事上アクセサリーを付けることもないので、アクセサリーが似合う人がちょっとうらやましいです」
「水瀬さんもつけてみたらいかがですか? 似合うと思いますよ」
「いや、僕は金属アレルギーなので、そもそもつけられないんですよ」
「そうなんですか?」
「金属を付けるとすぐに肌が被れて痒くなるんです。金属の種類によっては腫れたりするので病院行きになちゃうんですよ」
「けど、耳にピアスの跡が」

 来栖の指摘に水瀬は耳たぶを触り、少し苦笑いしながら「ああこれは」と、言葉を繋げた。

「昔、頑張ってつけたんですよ。チタンだと大丈夫って言われて。でも耳が腫れて中が膿んでしまったのでピアスが埋まってしまって……。それで仕方なく外したんです。だから前は穴が開いているように見えても後ろは塞がってるんですよ」
 
 ほらッ。と、来栖に見えるように耳の裏を見せる。すると来栖も身を乗り出し水瀬の耳に少し触れた。

「本当だ塞がってる」
 
 来栖の息が耳にかかり水瀬のからだはビクりと震える。

「あ、すいません」
「いえ、ちょっとくすぐったかっただけです」

 二人は気まずそうに席に戻り沈黙する。暫くその沈黙が続いたが、その沈黙を先に破ったのは来栖だった。

「水瀬さん、ピアスを取る時痛くなかったんですか?」
「多分痛かったと思いますよ、昔の事なんで忘れましたけど」
「何故、付けようと思ったんですか?」
「ピアスをですか?」
「ええ」
「その当時、好きだった人に似あうって言われたからかな」

 水瀬は少し昔を懐かしむように言う。学生時代とても好きだった渋谷亮平という男の事を。

「その方とはお付き合いなさってたんですか?」
「いえ、友人です。その友人に似合うって言われてつけてたんです」
「そのご友人に告白はしなかったんですか?」
「友人関係が壊れるのが怖くて言えなかったんですよ」
「そのお友達とは今も仲がいいんですか?」
「その人は結婚して子供もいるから少し疎遠になってます」

(本当は疎遠じゃなくて一方的に避けているんだけど。にしても急に質問攻めにしてきたな、もしや興味をもたれたとか?) 

 一瞬なにかを期待する、が次の言葉でそれはないと悟る。

「それこそお付き合いなさっている方にせがまれたりしませんか?」
「お付き合いですか……。お恥ずかしながらお付き合いはしたことがなくてですね……」
「え? 一度もですか?」

 来栖は驚いたように目を見開き固まる。水瀬は慣れたように、はい。と、頷いた。

  明らかに動揺するように来栖の目が泳ぎ始める。見慣れている状況に水瀬は内心苦笑いした。

(大体みんなそういう反応するんだよな、憐れむな余計虚しくなるから)

「なんか失礼なことを聞いてすいません」
「いいんですよ。来栖さんは彼女いますか」
「はい、一応います」

(でしょうね。わかりきってましたよ、もう!)

 予想どおりの展開すぎて思わず、

「来栖さんみたいな素敵な方とお付き合い出来て彼女は幸せですね」

 と、半ば嫌みのような口調で言うが、来栖は軽く鼻で笑い溜息をつく。

「彼女が好きなのは、私の容姿とステータスであって本当の私ではないですから」
「そうなんですか?」
「会うたびに気を張らないといけないし、愛の証が高価なモノだったり金銭ですから、正直疲れます。彼女にとって私は、高級品のバッグを持ち歩くようなものですね」

 本当にうんざりした表情で深いため息をつく。

(イケメンって色々大変なんだな。イケメンにこんな顔させるなんて許せん! イケメンの笑顔は人の心を癒すんだぞ! 正確には僕の心を癒すだけど……)

 不意にそんな言葉が頭をよぎる。そして何故か来栖を笑顔にしなければと使命感に燃える水瀬だった。

「僕も昔、同じサークルの女子に何故か高いバッグをねだられたことはありますよ」

「どいうことですか?」
「買えないって言ったら『この貧乏人が!』って言われたんですよ、おかしいでしょ!」
「面白いですね」
「面白くないですよ! こっちは奨学金で大学行って生活の為にバイト三昧なのに『お前はそんなんだから恋人も出来ないんだ』って言うんですよ、酷いでしょ?」
「それは酷いですね」
「しかも、『私はお前の為に言ってやってるんだ感謝しろ』って、何様なんだよ! って思うじゃないですか。それで彼女になんでそんな事言うんだって聞いたら何って言ったと思います?」
「なんて言ったんですか?」
「昔死んだ愛犬に似ているからだそうです」
「犬ですか?」
「犬ですよ!  そもそも犬って何ですか? 人間ですらないんですか? いや確かに可愛いですよ、四足歩行のプリチーなやつらですよ。でもさ、せめて人間に例えてくれよ。って思うじゃないですか!」

 水瀬の力説に来栖は笑いだす。その笑顔に少し安心した。

「もしかしたら、その方は水瀬さんの事好きなんじゃないですか?」
「あ、それはないです。彼女にはずっと付き合っている彼氏がいるので。むしろ、あの気性の荒い彼女と付き合えるなんて相手の方に敬服すらしますよ」
「水瀬さんは彼女のことは好きじゃないんですか?」
「まったくそっちのタイプじゃないので」

(むしろ、貴方のような方がタイプです。なんて口が裂けても言えませんけどね)

 不意に窓を見ると、外は雨が上がっていた。

「雨、あがったみたいですね」
「そうですね」
「なんかすいません自分だけべらべらしゃべっちゃって」
「いえ、こちらも色々と質問してすみませんでした」
「いえ、僕は来栖さんと話せて楽しかったので大丈夫です」
「僕も水瀬さんと話せて楽しかったので良かったです」

 突然来栖の携帯電話バイブレーションがくぐもった音を立てて震えだす。軽く息をつき携帯電話鳴らした主を見た。

「もしかして彼女さんですか?」
「いえ、会社からです。そろそろ行かないと」
「これからお仕事ですか?」
「一度、会社に戻らないといけないので。水瀬さんは?」
「僕は休日を満喫しますよ!」

 そういいながらガッツポーズをすると来栖はいいですね。と、笑顔になる。

「それでは水瀬さん、良い休日を」
「ありがとうございます。来栖さんもお仕事頑張ってくださいね」
「ありがとうございます。では」
「お気をつけて」

 手を振る水瀬に軽く会釈をし来栖は踵を返し歩き出す。

(後ろ姿さえイケメンなんてどんだけだよ)

「すいません、お会計をお願いします」
「お会計はもうお済になられています」
「え?」
「お連れの方がよい話を聞かせていただいたお礼だといっておられました」
「どんだけイケメンなんだよ。もうホレそうですよ」

(あ、連絡先聞くの忘れたぁ……。相変わらず詰めがあまいな自分)

 深く溜息をつきうな垂れる。

 水瀬は仕方なしに歩き出した。空を見上げると雲の隙間から青空が見えていた。

 その半年後、また出会うことになることを二人はまだ知らない。


あとがき

皆さん、こんにちわはさきとです。今回もBL風です。
ジュエリーデザイナー(来栖)✖サラリーマン(水瀬)となっております。
前から構想はあった作品なので、やっと陽の目を見ることができて良かったと思っております。

この作品の続きは、アルファポリス小説にて投稿する予定となっているので、ご興味があればそちらも宜しくお願い致します。因みに同じ小説を投稿しています。微妙に違いますけど。

私の作品を読んで頂いた皆様に感謝と愛を!
また次の作品で会いましょう!









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さきと
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