(SSBL小説)夜の海
夜の海は、街の様々な光が反射しとても美しい。だが、それは何処か切なく儚いように思えた。
夏は夜でも蒸し暑く、それでも海風が、塩の香りと共に火照った体を優しく冷ましてくれる。
夜の海を眺めながらフェンスに寄りかかり、カイトはため息を付いた。
(いつもそうだ。俺は、いつもあいつを待ってばかりいるな、今も昔も……)
カイトはここで人を待っている。だが、約束の時間はとうに過ぎているのに、男はまだ来ない。
(今度は必ず行くと約束したのに……)
カイトは、もう何度目かもわからない大きな溜め息をついた。
カイトを待たせている男の名はオーム。
カイトにとって、オームはとても曖昧な存在だ。友達以上恋人未満と、いう言葉が当てはまるかと言ったら、そうでもない。それくらい曖昧な関係なのだ。だからといって、今まではその関係をはっきりさせるつもりもなかった。はっきりさせたとたん、関係が崩れてしまうのをカイトは恐れていたから。
だが、もうはっきりさせなければいけない、お互いのために。
ジーンズのポケットから携帯を取り出し、電話をかける。何度目かの呼び出し音を聞いた後、機械的な留守番電話の音声が流れてきた。
「来ないなら、もう帰るよ」
そう告げて、電話を切り歩きだした。
このまま帰る気にならなかったカイトは、近くの店でビールを買い、飲みながらあてもなく歩く。
(これからどこに行こうかな)
カイトは不意に思い立ち、ある場所に向かう。
一緒に通った大学。その途中にあるやけに階段の長い歩道橋。飲み過ぎて終電がなくなり、帰れなくなった時に一緒に泊まったホテル。思い出場所をの転々と歩いているうちに元の場所に戻ってきてしまった。
この海は、二人が出会った場所。そして何度も語り合い、笑いあい、ケンカし、仲直りした場所。
「結局ここか」
溜め息をつき、桟橋の柵を背によるかかりながら座りうなだれる。
しばらくしてそこに、誰かがカイトの目の前で立ち止まった。
「お兄さん一人? 俺と飲まない?」
その聞きなれた声に、カイトは顔を上げる。そこにはオームの笑顔があった。
「遅ぇよ、ばか」
笑い、手を差し伸べた。オームはカイト手を握り、勢い良く引き起こし抱き止める。その時、カイトの胸はズキンと痛んだ。
「ごめん、遅れた」
抱きしめる手を強め、顔を摺り寄せてくるオームに、さらに胸が痛む。そんなオームを、もいいよ! と、引きはがし、オームに向かって指をさした。
「今日はお前の奢りな」
「わかったよ」
「財布の中身がなくなるまで飲んでやるからな」
覚悟しておけ。と、肩叩き歩きだし、オームは叩かれた肩を撫でながらカイトの後を追っていった。
二人は観光用の遊覧船に乗り、街の夜景を見ていた。
夏とはいえ夜は、ノースリーブのシャツは流石に寒い。夜風に体を震わせると、これ着ろよ。と、オームが自分のシャツを脱ぎカイトの肩にかける。
カイトは何も言わず、頷きシャツを着る。その時、オームがいつも付けている香水の香りが鼻腔のくすぐった。そしてまた、カイトの胸はズキンと痛んだ。
「俺って優しいよね」
笑顔でカイトの肩を抱くオームに薄く笑って、
「そうだな」
と、呟いた。
(俺はお前のその優しさが嫌いだよ。決心が揺らぎそうでたまらない)
遊覧船が発着場に着き、2人は船を降り歩き出す。
「俺らの関係ってなに?」
言ってしまってから、しまったと後悔する。自分達の曖昧な関係を言葉にしてはいけない。
オームはカイトを見つめたのち静かに笑う。
「あんたは俺にどうして欲しいんだよ」
「……」
カイトは何も答えられなかった。
オームは誰にも縛られたくない人間だと思っていた。自由な関係を望んでいて、相手にもそうあって欲しいと思っていると思っていた。
だが、きっとオームは変わってしまったんだとカイトは思った。
言いたい言葉は飲み込んで、代わりに違う言葉を口にする。
「もっと年上を敬え」
「年上って1歳しか変わらないだろ?」
「1歳でも年上は年上だ。遅れるとか、理由もなしにドタキャンするとか、ありえないだろ」
「そんな面倒くさいこと言うなら、もう付き合わないよ」
冗談ぽく笑うオームに、ぬるくなったビールを一口飲み、オームの目を見ながら真顔で告げる。
「なら、それでいいよ。終止符を打つならいいタイミングだ」
「何言ってんだよ。俺らは友達だろ?」
「俺は思ってない。友達以上の感情を持っているからな」
そう告げたとたん、オームの顔から笑顔が消る。
オームに恋人がいることを、カイトは知っていた。
それはオームに遊ぶ約束をすっぽかされたとき、カイトは帰る気になれず一人でも映画を見ようと映画館へ立ち寄った時だ。オームと知らない男が、楽しそうにどの映画を観るか選んでいる最中だった。小柄で可愛らしい顔をした男は、オームの顔をのぞき込んだり、袖を引っ張ったりと、ころころと可愛らしく表情を変え、オームはそれを愛おしそうに見ていた。
それはカイトが欲しくても手に入らないもの。
(俺にはそんな顔一度もしてくれたことなかったな)
二人が振り向くとき、カイトは慌てて柱の陰に隠れた。そしてそのまま逃げるようにその場を立ち去っのだ。
「お前、恋人がいるだろ? 俺との約束を破るのは全部そいつのためだろ?」
「それは……」
「その時点で俺の優先順位はかなり低いし、脈がないこともわかってる。でもさ、わかっててもその子に嫉妬しちゃうんだよ。お前の事取られたくないって思っちゃうんだ」
そう言って、大きく深呼吸をしたのち、
「だったらここでサヨナラした方がいい」
と、カイトは満面の笑みで笑った。綺麗に笑えているのかはわからなかったが、それでも精一杯の笑顔を作る。
「お前の気持ちはわかった。けど……」
言い終わらないうちにカイトが口を開く。
「オーム、この感情を殺して友達は続けられない、無理なんだ。俺はもう前に進みたいんだよ」
今にも泣きそうな顔でまた笑い、カイトは踵を返して歩き出した。
「じゃあ、元気でな! このシャツは餞別としてもらっておくわ!」
そう叫び、後ろ手に手を振った。後ろは振り向けない、涙で顔がぐしゃぐしゃだったから。
頬から零れ落ちる涙は、夜景の光と混ざり合いってキラキラと輝き零れ落ちた。
あとがき
こちらは「書いて」というアプリに投稿した小説を再編集したものです。
この作品を読んで感の鋭い方は、あれ? もしやアレをヒントにしましたか? と、思われる方もいると思いますが、そこは胸に仕舞っておいてくださるとありがたいです。
この作品を読んでいただいた方に感謝と愛を!
では、次の作品で会いましょう!