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『才能は、2番目か3番目に好きなことにある』
さて、点子さんの、
魔法の壺探しは、進んでいるのでしょうか?
漫画家、けいこさんの仕事場です。
けいこさんは一生懸命ペン入れをしています。
ところが、どこからか、いびきが聞こえてきます。
アシスタントの点子ちゃんです。
ペンを持ったまま、きちんとした姿勢で熟睡しています。
けいこさんが、ペンをゆっくりと置きました。
「人一倍、真面目な点子ちゃんなのに、こんなこと初めてだわ。
よほど疲れているのね」
絵本を読んでいたふみおくんが、顔を上げ、
「おねえさん、ぼく、みんなの紅茶を入れてきま〜す。」
「ありがとう、ふみおちゃん!(彼は、心を読めるから助かるわ)。」
ふみおくんが、キッチンに、トコトコと駆け込んで行きます。
その足音で、点子さんが、目を覚ましました。
「あっ、先生すいません!申し訳ありません!
今後気をつけます!アシスタント料は引いてください」
と、平謝りです
しばらくして……。
リビングに、紅茶のベルガモットの香りが広がります。
点子さんは、申し訳なさそうに、うつむきながら、
紅茶をすすっています。
けいこさんは心の中でこう思いました。
(点子ちゃん、最近、疲れている感じだわ。少し痩せたみたいだし)
ふみおくんは、リッツのクラッカーをパリッと食べ、
「点子おねえさん、魔法の壺、みつかりそうですか〜?パリッ」
「ふみおさま。ものすごく、苦戦してます〜。」
と、紅茶を飲む手を止め、涙をポロポロこぼしました
「どんなふうに、たいへんなの〜?パリッ」とふみおくん。
「私も聞きたいわ」と、けいこさん。
「はい、実は、ここ一年、
いちばん大好きなジャンルの、恋愛漫画を描いているんです。
編集部に、5回、持ち込みしましたが、全部ボツでした。
今度こそはと、新しい作品を、
徹夜して今朝まで描いていたんです。」
「居眠りは、そういうわけだったのね」と、けいこさん
「けいこ先生、私、やっぱり、才能がないのかも。
苦しいばっかりで、魔法のツボのかけらさえ見つかりません……。」
ふみおくんが紅茶のスプーンで、穴を掘る真似をしながら、
「それって同じところを深くほりすぎているの。
ほりすぎると、地球の裏側まで行っちゃうから、
場所を変えたほうが、いいです。」
「ふみお先生、場所を変えるってどういうことですか?」
「自分がいちばん好きなことよりも、
2番目か、3番目に好きなことの中に、
魔法の壺が埋まってたりするの」
けいこさんが、強く頷き、
「ふみおちゃんの言う通りかも。
点子ちゃん、自分の可能性を広げるためには、
新しい視点が必要かもしれないわ。
恋愛漫画以外で好きなことってある?」
「そうですね……、お笑いかなあ……。
サンドウィッチマンとか、中川家が好きです。
あ、あと、ねづっち、も大好き!」
「点子ちゃん、とても楽しそうに話すわね。
なんだか、顔が輝いてきたわよ。」
「そうですか〜。てへへへへ。」
「そうだ!点子ちゃん、ギャグ漫画を描いてみたら?」
「え〜っ!けいこ先生、
そんなこと言わないでくださいよ〜。
ギャグ漫画なんて格好悪いです!」
けいこさんは、姿勢を正し、凛とした佇まいで、こう話しました。
「点子ちゃん、そこ、とても大事なところなの。
プロの作家は、自分が好きなことを描くんじゃなくて、
読者が求めるものを届けるのが仕事なの。」
「えっ!読者のために描く……」
けいこさんは続けます。
「Netflixで大評判のドラマ、『極悪女王』って、見たかしら」
「あ!女子プロレスラーの、ダンプ松本さんの実話ですよね。
ものすごく、面白かったです。それに、とても感動しました!」
「見たなら、話がはやいわね。
ダンプさん、最初は正統派アイドルレスラーを目指していたの。
でも、いくら努力しても、認められなかったの。
ちょうど今の、点子ちゃんと同じ状況だわ」
「ぼく知ってる。ダンプさん、地球のまんなかまで、ほってたよ。」
「ふみおさま、ダンプさんも、魔法のツボを探していたんですか!」
「そうなの、パリッ。」
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松本香ちゃん。ライオネル飛鳥さんと一緒に
けいこさんは、話を続けます。
「そんなダンプさんを、見かねて社長さんが、ある日。
『松本、お前、悪役をやれ』って言ったの。
『お前は、アイドルレスラーになりたいかもしれないが、
お客が求めているのは、多分、お前の悪役ぶりだ。だから悪役になれ。』
ダンプさん、愕然としたわ、悪役なんてカッコ悪いと絶望したの。」
「先生、ますます、今の私とおなじです。ギャグ漫画なんて嫌です!」
「ところが、ダンプさん、そのころ、実家が借金だらけで火の車、
切羽詰まっていたの。
だから、レスラーを辞めることもできず、『やるからには、徹底して、どこにもない悪役になってやる!』と、覚悟を決めたの。」
「あのねえ、ぼく、そのとき、ダンプさんに、
こわいメイクをするといいですよって、おしえてあげたの」
「あら、ふみおちゃん、ダンプさんと、お友達だったのね。」
「そうなの、みんなには、ないしょです。」
「というわけで、ダンプさん、強烈な悪役メイクで、
アイドルレスラーを血祭りにあげると、会場が大熱狂。
ダンプさんが出ると、どこの会場も超満員。
ついに、才能が開花して大スターになったの。」
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点子ちゃんは驚いた表情で聞き入ります。
「そんなことが……?」
「だからね、点子ちゃん。あなたも『やるなら徹底的に』って
覚悟を決めてみたらどう?
新しい才能が見えてくるかもしれないわ。」
「そうそう、点子おねえさん、魔法の壺のかけらが、見つかるかもしれないよ」
「先生、ふみお様、ありがとうございます。
とても、元気が出てきました。魔法の壺のかけらどころか、
まるごと、見つかりそうな気がしてきました」
点子ちゃんは、深く息を吸い込んで、笑顔を見せました。
そして、
「よし……、やってみます!
ギャグ漫画で、読者を笑顔にします!
覚悟を決めたら、急に食欲が湧いてきました。」
ふみおくん、リッツクラッカーの箱を手にして、
「じゃあ、これ、プレゼントします」
「きゃ〜っ!ふみおさま、ありがとうございます。
いただきま〜す。バリバリバリバリバリバリ」
「あっ、点子おねえさん、もう、ギャグマンガみたい」
「ウフフフフ、ほんと、やっぱり、点子ちゃんは、ギャグ向きだわ。」
「そうです、私は、歩くギャグ漫画です。
え〜い、もう、クラッカーの粉も、なめちゃいます。
ペロペロペロ、キャハハハ〜!」
リビングに、三人の明るい笑い声が響きました。
3ヶ月後。
点子さんの、ギャグ漫画が、出版社に採用され、
週刊誌での連載が始まりました。
点子さんの、魔法の壺は、
自分の中に埋まっていたんですね。
⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
自分の好きなことに固執するのは、悪いことではありません。
でも、私たちは時として
「好きだから成功しなければ」
肩に力が入りすぎることがあります。
点子さんも、恋愛漫画での成功を夢見て、
同じ場所を掘り続けていました。
ふみおくんはそんな彼女に
「深く掘りすぎると、地球の裏側まで行っちゃうよ」と言いました。
この言葉が示しているのは、
「一つのことに固執していると、視野が狭くなり、
新しい可能性を見逃してしまうかもしれない」ということです。
実は、私たちが見逃しがちな才能は
「2番目や3番目に好きなこと」に眠っていることがあります。
大切なのは、
いくら努力をしても、
結果が出ないと言う
〈黒い努力〉状態のときには、
勇気を持って新しいことに挑戦すること。
そして、自分の中に眠る可能性を信じることです。
さあ、あなたも自分だけの、
魔法の壺を掘り起こす冒険に出てみませんか?
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