「つくったもの」が人を動かす
冬真っ只中の東北らしく、その日は灰色の空から雪がぽたぽたと降りそそぐような天気だった。
東京駅から東北新幹線で盛岡に向かう。時速320キロという驚異的なスピードのおかげで、盛岡まではわずか2時間ちょっとの旅だ。
新幹線から在来線に乗りかえる。20分ほど経ったころ、乗っていた2両編成の列車は東北本線の紫波中央駅に着いた。ここが今回の目的地だ。
雪が積もっていて、窓の外は真っ白だった。暖房の効いた列車の窓ガラスはうっすらと曇っていて、そのせいか余計に外がかすんで見えた。
紫波町は、岩手県のほぼ真ん中に位置する人口3万3千人の町だ。
ここには、僕の友人であるあまのさくやさんが住んでいる。彼女は「地域おこし協力隊」の隊員としてこの町で暮らす。
地域おこし協力隊とは、各地で農林水産業の振興、または住民支援などを行いながら、その地域への定住や定着を促す制度のことだ。国の制度の一つで「隊員」が各自治体から募集・任命される。
ちなみにこの紫波町の場合、町の地域資源を活用しながら、自分の経験やスキルを生かす「企画提案型」というかなり自由度の高い活動ができるのが特長らしい。
あまのさんは、その協力隊員として活動しながら「ZINEづくり部」というワークショップを立ち上げ、地元の人たちをメインにZINE(ジン。少部数で発行する自主制作の冊子)づくりを教えている。
もともと東京でクリエイターとして活動していた彼女が、ある日突然岩手への移住を決めてもう2年以上が経つ。東北には縁もゆかりもなかったというけれど、気がついた頃には彼女はすっかり「岩手の人」になっていた。
そんなあまのさんに招待されて、僕はこの紫波町にやってきた。ちょっとしたイベントのゲストとして誘っていただいたのだ。
昨年、僕は写真の個展を行い、また展示に合わせて100部ほどZINEを制作した。たまたま東京にいて、会場に来てくれたあまのさんから連絡があったのは、それからすぐのことだった。
近々企画するイベントで、「かたちにして発信すること」について話してほしいという。特に、実際にZINEをつくった動機、その過程、そしてつくったことによる気持ちの変化などをして話してほしいということだった。
意外なオファーだった。自分の展示のためにつくった冊子が、まさか誰かの役に立つであろう日が来るとは考えていなかった。自分なんかが出ていいんだろうか、、、と思いつつも、こうしたチャンスを作ってくれたことへの感謝を表したかった。
しかし問題は、場所が東京なのではなく、彼女のいる紫波町だということだ。行くだけで片道3時間以上かかるし、交通費だってそれなりにする。自分がわざわざ足を運んで、お客さんを満足させられるような価値を提供できるのだろうか。
少し考えた上で、あくまでも自分の体験談という形でなら話せるかもしれないと伝えた。この瞬間、僕は2月の岩手県へ向かうことになった。
会場となったのは、紫波町内の商店街にある「YOKOSAWA CAMPUS」。空き家になっていた古民家を改装し、カフェ併設型のコミュニティスペースとしてオープンした場所なのだという。
代表の南條さんは、大学在学中にこの紫波町でインターンをしたことがきっかけで、そのまま起業することになった。現在はまちづくりの一環として「YOKOSAWA CAMPUS」を含めた空き家の利活用を進めている。かわいらしい笑顔からは想像しきれないほどのすごい行動力だ。
10人入ればいっぱいになりそうなほどの小さな部屋には、すでにお客さんが集まっていた。アットホームな感じでちょうどいい。これが100人単位の部屋だったら、そのまま会場から逃げ出すところだった。
はじめに簡単な自己紹介をしながら、自分がZINEをつくるに至った思いや、実際にやってみてどうだったかという話をした。ひとりでしゃべるだけではなく、あまのさんや南條さんも含めた対談形式に近いものだったので、気持ちがどんどんと楽になっていった。
参加者の方ともいろんな話をした。
若い頃からずっと漫画を描き続けている方、毎年かならず自分の水彩画の展示を展示しているという方。年令や性別、そして好きなこともバラバラな人たちが「なにかをつくりたい」という強い思いを共有しながらここに集まっていた。ものをつくるってやっぱり楽しいことなんだよな、と改めて実感することができた。
夜は焼肉を食べに行った。地元の人たちが集まる庶民的なお店だった。ひとりでは決して足を踏み入れなかったであろう場所に、初対面の人も含めて、自分が今いることの偶然をかみしめた。
たくさん食べてたくさん話をした。せっかく岩手に来たのだからと「盛岡冷麺」も注文した。もちろん、お肉のおいしさもしっかりかみしめてきた。
考えてみればとても不思議な体験である。
写真を撮らなければ、文章を書かなければ、勇気を出してかたちにしようと思わなければ、そしてそれが誰の目にも止まらなければ、今こうして目の前にいる人や場所との出会いは決してなかったであろう。
それはまさに、「つくったもの」が自らを新しい世界へといざない、また新たな出会いに導いてくれたということだ。
自分で何かをつくってみる。周りの人に見てもらう。また新しいものをつくる。また別の人に見てもらう。
それを少しずつ、しかしあきらめずに一生懸命繰り返したとき、やがてその「つくったもの」のおかげで、自分自身が想像もしなかったような、遠く新しい世界へと足を踏み入れることだってできるはずなのだ。
「つくったもの」こそが自分の人生を変えてくれる。僕の周りにいる大人たちはそうやって自分の人生を切り開いていったし、あるいはまだ何者でもない僕自身だって、いつかきっと彼らの後に続くことができるのかもしれない。
これからも何かをつくって、誰かに見てもらいながら、まだ見ぬ世界へと足を踏み入れていきたい。
なにかをつくって、誰かに見せるっていいことですよね。
最後にはなりますが、今回紫波町で出会ったみなさん、本当にありがとうございました。この場を借りてお礼申し上げます。