タイトル

はじめての隠れ家

 子供の頃、私は比較的愛想の良いほうだったが独りになりたい時もあった。しかし自分の部屋は無かったし、自営業で従業員も当たり前に家の中を歩いているような環境だったから、外に求めるしかなかった。

 最初に思い出すのは神社の木の上だ。
 一人にはなれるが、木を登るのはそれなりに注意が必要で、しかも不安定。居眠りなどできはしない。

 その次が、病院の貯水槽の上だった。
 正面から堂々と入ってはしごを上ったりすればたちまち職員に見つかってしまうので、いつもこっそり侵入していた。その経路も何となく抜け道感があって楽しかったかもしれない。

 まずお寺の門から入ってすぐの木に登り、そこから塀の上に乗って、ぐるりと歩けば病院の壁と僅かな隙間で並行する一辺まで行けるから病院側へ移る。そうして貯水槽の裏へと回り込んだら、あとは飛び移るだけだ。

 貯水槽の上とはいえ、立っていたら見つかってしまうのでぴったり張り付くように仰向けになる。そうして空を眺めて、長い時には青空が夕焼け空へと変わるほどの時間を過ごした。「今日は帰ったらいつもの場所に行って昼寝しよう」と自分のもののように考えるのが好きだった。

 しかしこの場所はそれほど長く隠れ家にならなかった。考えてみれば当たり前なのだが、病院の屋上から丸見えなのだ。

 おそらく誰かが私を見つけて職員に話したのだろう。ある時から10分もせずに職員が来て「下りなさい!」と怒鳴るようになり、私は壁に飛び移って逃げ出さなければならなくなった。

 私は次の隠れ家を探し回って、そして神社の物置を発見した。
 神社の敷地内の片隅にある小屋だが鍵がかかっていて入れない――と思いきや、南京錠が引っ掛けてあるだけで鍵はかかっていなかったのだ。

 南京錠を外してこっそり中へ入ると、ものすごく埃っぽくてかび臭く、真っ暗だった。天井からぶら下がる電球を回してみると点灯した。

 物置の中には、段ボール箱や木箱、風呂敷に包まれた柔らかいもの――布団か何かだろうか――などがあった。

 私はついに理想の場所を見つけたと思った。

 わずかに扉を開け、そこから中の埃を追い出すようにして少しずつ掃除しながら、いくつか自分の持ち物を持ち込んだ。木箱の上をテーブルや棚のように使い、何かを包んだ風呂敷はベッドのようにした。身を預けるたびにボフッと埃が舞うのは難点だったが。

 それから何日か過ぎて、私はどうしてもこの隠れ家を誰かに自慢したくなってしまった。
 そして一番の親友に話してしまったのだが、彼はあまり口が堅く無かった。あっという間に、この隠れ家を利用する仲間は五人に増えていた。

 一人になりたい時に行く、という当初の目的は失われたものの、この隠れ家遊びは楽しかった。しかし、一ヶ月も続かなかったと思う。

 ある日、私たちが出入りしているところを近所の子に見られた。その子は仲間に入りたがったが、私たちのグループの一員では無く、あまり仲も良くなかったので断った。すると、「仲間に入れないなら大人に言いつける」などと言う。

 友達グループの一員であろうとなかろうと、子供にとって大人への告げ口は重大な裏切りであり、唾棄すべき行為だ。しかし彼は有言実行し、私たちはものすごく怒られた。物置には新しい南京錠がしっかりと掛けられて入れなくなった。

 それで、私はまた新たな隠れ家を探さなくてはならなくなった。

 あの頃、私が求めていた場所は一人になれるプライベートな空間というだけだったのだろうか。いや、おそらくは自分の居場所を探していた。そこに居てもいいと許される場所が欲しかった。どこにいても自分ははぐれ者だと感じていたから。それは今も変わらない。

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権田 浩
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