見出し画像

「失われた可能性」最終話

※トップ画像はAIで生成しました。

【10.ある秋の一日】

 赤と黄の落ち葉舞う秋の森で、アンサーラはカバノキの幹に手を置き、フードの奥から金色の瞳で村を眺めた。

 かつて荒れ放題だった狩人の家はすっかり見違えていた。壁板のがたつきは直され、玄関脇には鉢植えのミントが茂り、囲いの中で数羽のニワトリがのんびりと日向ぼっこしている。茅葺屋根からうっすら立ち昇る煙が、秋の雲のように空へ溶けていく。

 扉が開き、幼子の手を引いて女が出てきた。腹には二人目の子が宿っているため、ゆっくりと慎重に歩いている。玄関先で振り返ると、赤毛の狩人が姿を現した。顔の右側に走る古傷。穏やかだが、どこか空虚な瞳。情熱を失った感情に乏しい表情。可能性とともに、彼の心の半分は永遠に失われてしまった。

 三人は歩きだし、ふと視線に気付いたかのように狩人が森を見上げる。しかしそこに、エルフの女剣士の姿を捉えることはできなかった。

「どうかした?」

「いや、なんでもない……午後は川辺で過ごすんだろ。日が落ちる前に帰るからな。身体を冷やすと良くない」

「ふふっ、あなた、少し心配しすぎよ。こんなに過保護なお父さんになるなんて思わなかった。ね、ぼうや」

 赤毛の幼子は訳も知らずケタケタと笑い、アーダは優しく目を細める。二人の視線を受けて、エスキルはぎこちなく微笑んだ。黄金色に輝く、ある秋の一日のことだった。

〈完〉

少しでもお心に触れましたら「スキ」して頂けると励みになります。