2019年YBCルヴァンカップ決勝戦観戦記-新しい景色は必ず見られる-
2019年10月26日は一生忘れられない日になった。
北海道コンサドーレ札幌は初めてのタイトル獲得の舞台――「Jリーグ唯一の決勝」ことルヴァンカップ決勝――に立った。
そして、歴史に残る激闘を見せた。
2019年のルヴァンカップ決勝は北海道コンサドーレ札幌と川崎フロンターレの組み合わせとなった。
北海道コンサドーレ札幌はタイトルへの挑戦自体が初めて、川崎フロンターレはJ1連覇中の王者であり、ルヴァンカップ決勝には4回進んだ経験を持つ。
決勝の舞台は埼玉スタジアム2002。
赤黒のサポーターとサックスブルーのサポーターが巨大なサッカー専用スタジアムを埋め尽くした。
北海道コンサドーレ札幌と川崎フロンターレは「J2オリジナル10」と呼ばれるJ2リーグ発足当初に参加したチームで、コンサドーレの一部サポーターはその昔はフロンターレをライバル視していた。
しかしながら、フロンターレは早々にJ1に定着した一方、コンサドーレはJ1とJ2を行ったり来たりという状況に長年甘んじていた。
北海道コンサドーレ札幌は2017年に再びJ1の舞台に戻ってくると11位というクラブ最高成績でJ1残留を決めると、2018年は監督を経験豊富なミハイロ・ペトロヴィッチ(以下ミシャ)として招集すると怒涛の連勝で4位という好成績を納めた。
そして、ミシャは就任当初からタイトルを取りたいと公言していたが、それが現実的な話であると誰も受け取っていなかった。
2年目もミシャはタイトルを1つ取ると公言した。
前年のリーグ戦の成績は4位であるのだから、非現実的な話ではない。
それでも、多くの人は現実的な話とは考えられなかった。
「このチームにはタイトルを取る力がある」
ミシャは選手達に対して、絶大な信頼の言葉を公言してきた。
そこには願望も含まれると皆は考えた。
しかし、それは誤りであり、正しく認識していたのはミシャの方であった。
北海道コンサドーレ札幌はミシャ体制2年目でルヴァンカップ決勝に進み、タイトル獲得まで、あと一歩と迫った。
川崎フロンターレは5度目のルヴァンカップ決勝進出である。
2019年のフロンターレは不調だ。
ACL制覇を掲げて補強を行ったにも関わらずグループステージ敗退、怪我人続出、補強の目玉のレアンドロ・ダミアンがチームにフィットしない、天皇杯も敗退、リーグ戦の優勝も遠い。
唯一残ったルヴァンカップのタイトル獲得は悲願であり、必達目標だった。
浦和レッズの本拠地埼玉スタジアム2002にコンサドーレとフロンターレのサポーターのチャントが響き渡った。
ルヴァンカップ決勝戦開始より何十分も前から両チームのサポーター達は選手を鼓舞する。
荘厳なアンセムと共に選手が入場し、男性歌手による君が代独唱が行われると、あとは試合が始まるのを待つだけとなった。
2019年10月26日13時09分、ルヴァンカップ決勝戦が始まった。
コンサドーレの実力はフロンターレに及ばない。
ただし、フットボールは相手のミスを突いて得点するスポーツである。どんなに実力者を集めても、ミスがない試合を行うことはできない。足元への正確無比なショートパスでミスを最小限に抑えるフロンターレも例外ではない。
この試合で最初に相手のミスを得点に繋げたのはコンサドーレの方だった。
10分過ぎ、右WBの白井がフリーで上げたクロスはDFがヘッドで弾いたが、ボールの落ちた先にいた左WBの菅が詰めてボレーシュートでゴールを奪った。
菅の表情は喜びより困惑が強く出ているのが面白い。
失点したものの、試合自体はフロンターレが支配する。
コンサドーレのボランチの脇に上手く入って、簡単にゴール前までボールを進め、何度もコンサドーレのゴールを脅かした。
フロンターレは大島僚太が怪我から復帰し、正確なトラップと速く正確なパス回しのレベルが一段階上がっている。精神的支柱は小林悠と中村憲剛であるが、チームの中心は2年前から大島が担っているのだ。
圧倒的な力でフロンターレは敵陣地を蹂躙し、決定的な得点機会を何度も作り出す。
それにも関わらず、コンサドーレのゴールは守護神ク・ソンユンと幸運の女神に守られ、前半45分まで失点を0に抑えた。
ドラマの始まりは前半45分+2分だった。
フロンターレはCKのこぼれ球を阿部が冷静にゴールに蹴り込む。
川崎フロンターレにタイトルをもたらすため、ガンバ大阪から移籍して来た「勝ち方」を知っている男が大舞台でまた仕事をしてみせた。
コンサドーレには痛すぎる失点だったが、これだけ攻められていれば、いつかは失点することは必然であった。
ハーフタイム、フロンターレのサポーターは声高にチャントを歌い上げ、優勝の後押しをする。コンサドーレのサポーターは若干声量が落ちた。
後半もフロンターレのペースで始まる。強い当たりで相手のミスを突き、正確なパスでゴール前に迫る。
コンサドーレはいつ逆転されてもおかしくないシーンが続く。
ミシャは交代策で流れを引き寄せるため、ワントップのジェイを下げて、アンデルソン・ロペスをシャドーとして投入。鈴木武蔵がワントップに入る。
この交代は功を奏し、前線のプレスでフロンターレの支配率を下げることに成功した。
コンサドーレはカウンターで、フロンターレは崩してゴールを狙うが得点には繋がらない。
フロンターレは脇坂に替えて中村憲剛を投入し、チームを落ち着かせる。
コンサドーレは右WBの白井に替えて、ルーカス・フェルナンデスを入れて、サイドからの攻撃強度をさらに高める。
それでもゴールが生まれない。
1-1のスコアが動いたのは後半終了の2分前であった。
88分、小林悠が見事な抜け出しから楽々とゴールを奪った。73分にレアンドロ・ダミアンから交代したキャプテンが、センターフォワードの仕事を果たした。
フロンターレのゴール裏から絶叫のような歓喜の声が沸き上がった。
誰もが小林悠のゴールが「起承転結」の「結」であると思った。
これで試合は終わりだ。
しかし、コンサドーレには不屈の男がいた。
今はまだ「承」であることを男は知っていた。
88分に失点を許したコンサドーレが取る手段は一つしかない。
パワープレイである。
アンデルソン・ロペスと鈴木武蔵にロングボールを蹴り込み、残りの選手がボールを回収する。
90+2分、武蔵がゴール前で競ると谷口と接触。
谷口は傷み、ピッチに倒れ込む。
時間が流れていく。
既にアディショナルタイムに入って90分+4分。
これは終わったか。
スタジアムから熱が引き始める。
そんな中、武蔵が右サイドのライン際で抜け出し、コーナーキックを得る。
正真正銘、ラストプレー。
GKのク・ソンユンもゴール前に上がり、得点を狙う。
コンサドーレのサポーターは熱を取り戻し、声にならない声とクラップで奇跡を願った。
奇跡は成った。
不屈の男、深井がスカウティング通りにゴール前に入り込み、ヘディングを流し込み、ネットを揺らした。
GKの新井が悔しさからボールを地面に叩きつける。
この日一番の歓喜の絶叫が溢れた。
選手も、ベンチも、ゴール裏も狂喜乱舞する。
まだ、コンサドーレの冒険は終わらない。
首の皮一枚でコンサドーレは勝負を五分五分に戻した。
見たことのない景色が目の前に広がっていた。
ルヴァンカップ決勝戦は前後半45分で決着がつかない場合、前後半15分の延長戦を行う。
延長前半開始までの5分間、コンサドーレのサポーターは試合開始前に毎回歌う『GO WEST』のチャントで「いつも通りに戦え」「これが試合開始と思って戦え」とメッセージを送る。
延長戦前半開始と共に、フロンターレは足が止まった阿部を下げて、長谷川竜也を投入。
2019年10月26日時点のフロンターレにおいて、長谷川は最もドリブル突破に長けた危険な選手である。
鬼木監督は最善手を打った。
長谷川は一人でサイドを突破し、クロスを上げ、または中に切り込んだ。
開始早々、フロンターレは連続して決定的なチャンスを得る。
コンサドーレの失点は時間の問題のように見えた。
ドラマはついに「転」にたどり着いた。
苦しい延長戦の始まりは谷口のクリアミスをチャナティップが拾って抜け出たことで大きく状況が変わる。
ゴール前までドリブルでボールを運んだチャナティップを、フロンターレのCB谷口が後ろから突き飛ばしてしまい、これがVAR判定でDOGSOと判断され、レッドカードが提示される。
さらにフリーキックをJリーグ最高のキッカー、コンサドーレの妖精こと福森晃斗が直接ゴールに入れてしまう。
VAR判定が入り、随分待たされて集中が難しい状況にも関わらず、いとも簡単に直接フリーキックを決めて見せた。フロンターレからプロのキャリアを始めた福森にとって最高の恩返しとなった。
(ついでに言うと、福森は78分頃から足をつっている。さらについでに言うと試合後の膝を付いたパフォーマンスは新日本プロレスの内藤哲也の真似であり、その後に胸の前で腕を交差したのは同団体のBUSHIの真似である)
98分――延長戦8分――でビハインドを許し、10人になったフロンターレ。
圧倒的に不利な状況に追い込まれた。
しかし、王者は屈しなかった。
後半に入るとコンサドーレは守備固めのために福森を外して石川を投入するが、それにも関わらず小林悠がCKのこぼれ球をゴールに突き刺す。
これがエースの仕事である。
苦しい時にゴールを決めことで、小林は自らがフロンターレのエースであることを証明してみせた。
小林悠も怪我の多い選手だった。
高い身体能力が仇になったのか、何度も大怪我に泣かされている。
その不幸に屈さず、何度も復帰して、日本代表に登り詰め、川崎フロンターレをJリーグ連覇に導いた。
小林悠もまた不屈の男であった。
絶体絶命の状況から5度目のルヴァンカップ決勝で勝利を手繰り寄せた。
ドラマの「転」はここで終わる。
フロンターレは一人少ないためにゴール前にブロックを作り、ボールを跳ね返す。
コンサドーレは攻め込むが、疲労のためか最後のクオリティが足りず、得点までたどり着けない。
ミシャは最後の交代として、117分に中野を投入するが遅すぎた。
120分の激闘の決着はPKに委ねられた。
フットボールにおいて、PKは「引き分けに終わった試合で勝者を決めるための儀式」である。
PKの代わりに徒競走や腕相撲、何ならジャンケンでも用が足りる。
とは言え、現在のルールではPKで決めることになっている。
コイントスでフロンターレのゴール側でPKが行われることが決まった。
両チームからキッカーの順番が提出され、ベンチにいる選手・スタッフが肩を組んで横一列に並び、PKの結果を見守る。
フロンターレの先行でPKが始まった。
両チームとも3人目まで連続して成功してゴールネットを揺らす。
フロンターレの4人目のキッカー、車屋のシュートがバーを叩き、最初のPK失敗者となった。
そして、コンサドーレの5人目のキッカーが決めれば、コンサドーレの優勝が決まるという状況になった。
5人目のシュートはGK新井に弾かれた。
フロンターレの6人目は決めた。
コンサドーレの6人目が蹴ったボールは新井の腕の中に吸い込まれた。
Jリーグ史上に残る激闘は――両チームの選手達30人が全てを出し切った、極めて濃密な120分+PK戦の長い長いドラマは――遂に幕を閉じた。
北海道コンサドーレ札幌は新しい景色を、ルヴァンカップ決勝という舞台で目にした。
しかしながら、その先の優勝という景色には到達できなかった。
実力が足りなかったのか?
確かにそれは大きな要因であろう。
しかし、一番の要因は「タイトルを必ず取る」と選手・スタッフ・サポーターが思っていなかったからではないだろうか。
準々決勝を突破してタイトルが間近に迫って、ようやく「タイトルを取れるのではないか」と思い始めたのでは遅かったのだと思う。
確かに今回はタイトルを取れなかった。
しかし、コンサドーレの冒険はまだまだ続く。
赤黒の戦士達はもう初の決勝進出に浮き足立ったボーイではない。
タイトルを取るには何が足りないのか、考え続けられるようになった。
必ずタイトルにたどり着く日が来るであろう。
タイトルは得られなかったが、そこに至るまでの鍵は得た。
再び同じ舞台に立てば、あとは扉を開けるだけだ。
扉を開けた先に新しい景色が広がっているだろ。
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