新潟国際アニメーション映画祭 長編コンペティション作品
3/17(金)から22(水)にかけて行われた新潟国際アニメーション映画祭で上映された長編コンペティション作品の感想です。
手法もテーマもルックも対象年齢も様々で、バラエティに富んだ充実のセレクションでした。
●『めくらやなぎと眠る女』
ピエール・フォルデス、2022、110分、フランス・カナダ・オランダ・ルクセンブルク
村上春樹の短編小説数編を題材にフランス人作家が長編化した多国籍作品。
原作の阪神淡路大震災から変更し、2011年、東日本大震災からわずか数日後の東京を舞台としている。
新海誠監督が最新作『すずめの戸締り』でモチーフにしたとされる、地震を引き起こす地底の巨大みみずと戦うかえるくんの挿話『かえるくん、東京を救う』も入っている。
いとこの男児と耳鼻科に向かう青年、地震の幻影に囚われる女性、サラリーマンの生活、思いがけぬ女性との出会い、等々、夢ともうつつともつかぬ、ばらばらに見える複数の挿話がやがて収束していく流れに感嘆のため息が出る。
中年の銀行員に共闘を持ち掛ける等身大のかえるなど、実写でもCGでも不自然なビジュアルを奇妙な味わいのアニメ(作画)だけが可能にする。
独特のリズムを持った非常に文学的なアニメ。色彩感覚が美しい。
外国人の手による日本人とその生活を描くどこか奇妙な絵が、映画全体の不可思議な味わいを増幅している。
最終日にコンペのグランプリを獲得。
審査委員長の押井守監督は「一見すると非常に地味なスタイルだが、現代文学を表現する最適のスタイルではないかということで、3人の審査員の意見が一致した、唯一の作品」と受賞の理由を述べた。
作者のピエール・フォルデスはCGアニメのパイオニアであるかのピーター・フォルデスの息子だという。
血は争えないその事実が本作に一層の驚きを増している。
現在のところ国内公開予定は聞かないが、是非何らかの形で公開して欲しい。
おそらくいわゆるアニメファンよりも遠くへ届く作品と思う。
●『オパール』
アラン・ビダール、2021、85分、マルティニーク・フランス3DCG作品。
昔々、不老不死の魔法の王国があった。王国は幼い王女オパールが持つ魔法の力だけで支えられているとされていたが…。
これは素晴らしい。幼い王女だけが持つ魔法の力。その力を搾取し永遠の若さを保とうとする父である国王。王の望みを叶えようと王女に強いる母である后。
ダークファンタジーに秘められた暗喩の重さと、物語の構造が持つ力強さ。
外界から戻った母后がブランドのショッピングバッグのような袋を下げていたり、王女に渡される馬の人形が妙にファンシーなピンク色をしていたりと、散りばめられた小さな違和感が世界の秘密に直結していることがやがて明らかになる驚きと得心。
グラフィカルな画面や色彩も美しく、キャラクターも共感性が高い。
ラストシーンの驚き。
アラン・ビダール監督はトラウマ(心的外傷)の克服をテーマに掲げた。
作品の持つ力や今日性はミッシェル・オスロ監督にも匹敵。
どういう形が相応しいかは不明だが、何らかの形で公開して欲しい。
多くの人の心を救うかもしれない。
3DCGのキャラクター造形は人物の顔、特にくち周りが精密で驚いた。
唇、歯、舌、口の中の肉感がリアル。頭蓋骨からモデリングして作ったのだろうか。
感動のあまり、その後に行われた別会場での監督トークにも参加。
カリブ海に浮かぶマルティニーク島出身という監督の自らのルーツへの思い、本作のテーマであるトラウマの克服を描く難しさなど、短時間ながら貴重なお話を伺った。
顔の造形は低予算の中で力を集中したとのこと。
●『ネズミたちは天国にいる』
ダニサ・グリモヴァ&ヤン・ブベニチェク、2021、88分、チェコ・フランス・ポーランド・スロバキア
元気な女の子ネズミのウィジーと、吃音で気弱な男の子ギツネのホワイトベリー。
天敵同士の二匹は不幸な事故に遭い、「動物の天国」で出くわした。
ネズミの英雄であるウィジーの亡き父を探して不思議な国を旅する二匹はやがて。
不思議で躍動的な世界。
いかにも人形アニメの伝統の国チェコと思わせる緻密なアニメートと手作り感あふれるセットが魅力的。
二匹が天国で出会う多彩な生き物たちのオリジナリティある造形も素晴らしい。
タイトルがそのままの意味だとは思わなかったが暗さはなく、童話的な雰囲気に満ちていて、次から次へと現れる不思議な世界に魅了される。
良質の児童向け作品であり、巡り合った父ネズミが愛娘に言う「自分の人生は自分にしか作れない」の言葉に深い感銘を受ける。
心温まる、しかも今日的なラストにも感動。
海外にも東洋的な輪廻転生の考えはあるのだろうか。
児童向けのこの作品がコンペに選ばれたことに映画祭の幅広さ、懐の深さを知る思いがする。
これも一次選考がしっかりしていることの表れ。新潟の審査は素晴らしいと思う。
●『プチ・ニコラ パリがくれた幸せ』
アマンティーヌ・フルドン&バンジャマン・マスブル、2022、85分35秒、フランス
2D作画。
イラストレーターのジャン=ジャック・サンペと作家のルネ・ゴシニが共同で創り出したフランスの国民的児童書『プチ・ニコラ』。
パリを舞台に、その誕生とニコラ坊やの物語を、二人の友情とサンペから亡きゴシニへの惜別の思いを込めて描く。
サラリとした作画、淡い水彩画調の上品な画面。
移り変わるパリの繊細な四季を背景に、やんちゃなニコラたち小学生男子の集団がわちゃわちゃ動き回って楽しく、サンペとゴシニの時を超える友情には胸打たれる佳作。
アヌシーのクリスタル賞受賞作。
サンペは2022年、この受賞を見届けて89歳で永眠。
既に日本公開が決定しているが、こうした、いかにもフランス映画的な良質の長編アニメが公開されるのは嬉しい。
●『愛しのクノール』
マッシャ・ハルバースタッド、2022、72分、オランダ
菜食主義の両親と暮らす少女バブスは9歳の誕生日プレゼントに、突然現れたおじいちゃんから子豚をプレゼントされる。クノールと名づけて可愛がる彼女だったが、おじいちゃんにはかつて町のコンテストでソーセージキングの称号を逃した過去があり、クノールをとある目的に使おうと企んでいたのだ。おじいちゃんの秘密を知ったバブスは親友の少年とクノールを守ろうと奮闘する。
手作り感ある人形アニメ。美術も手が込んでいる。
胡散臭いおじいちゃんと積年のライバル肉屋をはじめ、くせ者揃いの登場人物たち。
徹底した菜食主義に陥る家族の事情なども絡み、一筋縄ではいかない作品。
クノール争奪戦にトラクターなどの農業機械を総動員し、家族総出のドタバタが愉快ではあるが、画面いっぱいに何度もウン×が撒き散らされる、かなりなお下劣アニメでもある。
オチのウン×詰めソーセージには・・・今日はソーセージは食べたくない気分に(笑)。
既に公開が決まっているようだが、おそらくお子様には大受けと思われる。
映画祭的には対象年齢の幅広さを示す好例。
この辺をもっと事前にアピール出来たら広い集客も望めたのだろうが。
子豚の名クノールは豚の鳴き声の意味。
原題は『Oink(オインク)』で、これも豚の鳴き声。日本語で言えばブヒブヒといったところ。
●『カムサ 忘却の井戸』
ヴィノム、2022、77分、アルジェリア
深い井戸の中で意識を取り戻したアディは記憶が完全に失われていた。
失われた記憶を求めてアディは二人の不思議な仲間と共に旅をする。
本作はアルジェリア初の長編作品。
3DCGで、ゲーム感覚を感じる画面作り。
赤ずきんちゃんのような形状の青色の衣装(フードのあるコートとスカート)の裾がふわりと滑らかに動き続ける不思議な浮遊感。
あまり動きのある作品ではないのだが、この緩やかな動きが心地よい。
ヴィノム監督はアルジェリアの砂漠と建物の美しさや風習・民話へのオマージュを込めたと語っている。
話は意外なことにバッドエンドに終わり、この辺もゲーム感覚を感じる。
パンフレットには「少年」と書かれているが、画面を観ている限りではスカート姿の可愛い主人公が男の子とは思えないほど可愛い。
特に黒曜石のように漆黒でハイライトが入った瞳の表現に魅せられる。
スカートと思われる衣装には特にジェンダー的な意味合いはなさそうだが。
全体の静謐な雰囲気とビジュアルも好ましい。
記憶と実存を巡って、押井さん好みの作品でもあると思い、この映画祭で上映されるのも頷ける。
途中で「ローディング・・・」というカットが一瞬映るのだが、これは意図ではなく編集のミスではないだろうか? このカットが更にゲーム感覚を増しているのだが。
監督は押井守監督のファンで『天使のたまご』に本作のインスピレーションを受けたと語っているが、どこか共通する雰囲気を感じる。
最終日に傾奇賞を受賞。
●『森での出来事』
エリック・パワー、2021、72分39秒、アメリカ
色鮮やかなカットアウト(切り紙)作品。
森へ出かけた女性が高所から転落し、出口を見失う。
現れた言葉を喋るネコと共に、古い山小屋で長いサバイバル生活を送り、やがて現実世界への脱出を果たす。
喋る猫や、謎のロボット(?)が現れるなど、現実なのか夢想なのか判然としない世界。
寓話という程の深い意味は感じられず、『千と千尋の神隠し』『もののけ姫』等々の宮崎アニメの影響が明らか。
ネコの名前もクラリスならぬラクリスだ。
ちょっと身構えながら観てしまったが、切り紙特有のディテールを持った背景も美しく、再見の機会があればもっと楽しめるかと思う。
※『ユニコーン・ウォーズ』『ヴァンパイア・イン・ザ・ガーデン』『四つの悪夢』は未見です。