見出し画像

「居心地のいい人生づくり」をしたい

2024年5月、ここ2年ほど肩書きにしてきた「クライアントワークのPdM」を引き上げ、株式会社michitekuという事業会社にPdMとしてジョインした。ので、その転職報告のようなものをそのうち書こうと思っていたら、急に掲題の「居心地のいい人生づくり」というテーマが脳天に降ってきた。
付随して、その背景にある想いが出てきた。これは言葉にしておかないといけない気がするので、書いておく。


「居心地のいい人生づくり」への想い

前提1:「居心地のいい人生」の定義

自分の願い・価値観と、自分の取り巻く世界を一致させられており、「世界に向かっての自己表現」に、のびのびと時間を使える人生のこと。

前提2:なぜ「自己表現」に着目するのか

私は人の創造性、クリエイティビティを愛しているから。その人ならではの思考、感覚、表現を見ると、テンションが爆上がりする。
あまりジャンルは問わず、例えば日常の中でのふとした発言であっても、その人ならではの輝きを感じると、なんて素晴らしいのだろうと魂が震えてしまう。

たぶん、自分もクリエイティビティを発揮して生きて行きたいのだと思う。

事実:居心地のいい人生でしか、人はのびのび自己表現できない

なぜなら、恐怖や不安を動機にした活動は、自分を閉じ込める方向に力学が働いてしまうから。
自分の生きたい人生と、今自分を囲っている世界の間にギャップがあり、世界の方に合わせようとすると、恐怖や不安で自分を動かしてしまう。周囲に認められるアウトプットを出しても、自分の中の満たされなさ、自分を蔑ろにする虚しさは広がってゆく。

これはコーチングを探求していく中でわかったこと。

問い:「居心地のいい人生」はどうすれば実現できるか?

居心地のいい人生は、自分が世界をどう見るか、世界に対してどう振る舞うかを変えることからしか生まれない。

なぜなら、世界は私のためにデザインされてないから。

反論:本当に変わるべきは世界のデザインの方じゃないのか?

本当はそう。

「私を囲む世界」=「社会」だとすると、まず、社会は人間が作り出したものなので不完全。また、社会は、現代に生きてる多数の人間の欲求・価値観を、最大公約数的にカバーする仕組みにしかなれないので、個々人それぞれの命が求める細やかな欲求には応えられない。どうしても不完全なデザインになる。

そして、社会は人間の作り物なので、人間の種としての生命の欲求の顕在化や、進化の速度にタイムリーにはついていけない。どうしたって今の私の方が先に変化していて、社会はそこに合わせて後からしか変革できない。

問い2:世界のデザインを変えるには?

社会を変えていくには、たくさんのの覚醒した人々が声をあげ、心から求める世界の実現に向かって行動をし、意思と行動の掛け合わせを起こすこと。掛け合わせで大きなうねりを作ること。そうしないと社会の側は動かない。変革の中では、生存本能的に、根強く抵抗する人も多く発生するだろう。

多数の人の力と、時間が必要。

結論(今の仮説)

心地のいい世界への変化を起こすには、まず個々の人生が居心地よくすること。そうしないと始まらない。

それに対して、私はいま何をやっていきたいのか

1.コーチング

私の手の届く範囲になるが、変革を求める方々の人生を居心地よくするための伴走をさせてもらう。
私だけだと小さいけど、コーチング仲間は広がっている。コーチングマインドは広がっている。そのいったんを担うことに意味がある。

2.株式会社michitekuへのジョイン

私自身が乳がんの罹患経験を経て、若くしてがんを罹患する人が増えている実感がある。その中で、今を「誰もががんになる時代」ととらえ、「がんになっても怖くない、誰もがそう思える社会をつくる」というmichitekuのミッションの実現に、私の命を使うことには意味があると思う。

「がんになった私」は、長らく私と病院の中に閉じ込められていて、今もまだ、健常者の社会の中ではびくびく縮こまっている。これからこういう思いをする人が増えていくのだと思うと、心が苦しい。

がん自体を救う医療は、日々すごい勢いで発達してるけど、日常生活の中でがんと一緒に暮らしていくことの窮屈さを緩める存在が今の日本社会には少ない。これをうまくやっているところとなると、見当たらない。

私は、コーチング以外の時間は、自分を含むがん罹患経験のある方々の人生を居心地よくすることに使いたい。

ということで、↑ここでPdMをしていきます。
どうぞ、よろしく。

note初心者です。発信力を研鑽したくて書いています。