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聞き慣れないアナウンス

今日は19時過ぎくらいまで仕事が出来た。えらい。と言いたいところだが、別に偉くはない。仕事が終わらなかっただけだ。

最近、疲労なのかストレスなのか花粉なのか、あるいはそれら全部の所為なのか、瞼が痙攣することが多い。今日は19時過ぎになってから目が開かなくなってきたので、適当に仕事を切り上げた。別にぎゅうぎゅうにやることが詰まっているというわけでもないのに。先が思いやられる。先とは?


人生も仕事も、それはそれは大きな停滞期を迎えているが、まあなんとか頑張って生き延びている。そこまで苦しい思いをして生き延びる必要があるのか?と時々思ったりする。生き延びた後の見通しは、特にない。人生も仕事も散々だが、なぜだかまあテニスは調子が良い。そんなところ。



Ghostwire: Tokyoは5日目。相変わらず、メインの目標そっちのけで散歩している。とうとう渋谷駅の構内に入れるようになって、入り浸ってはしゃいでいた。何線なのだろう。渋谷駅って学生時代に少し使ってただけなのであまり分からないのだけれど、電車も止まっていた。まさか、とおもってインタラクトしてみると、ちゃんと列車間のドアも空いたので、一人で感動していた。昔、宮益坂を登った先に旅行会社があって、サークルの合宿係だった自分はよく打ち合わせに来ていた。打ち合わせ、といっても、大して何かが分かっていたわけじゃないけれど。確か学生専門の旅行会社だったと思うのだけれど、学生を相手にするのって大変だったろう。まあ旅行会社関係のトラブルってよく聞く話だったので、学生を相手にする面倒さを差し引いても、我々は良いカモだったのかもしれない。個人的には、サークルの担当の方は親身になってくれる良い人だと感じていた。社会のアレコレを知った今になって会ってみると、また印象が変わったりするのだろうか。僕らのサークルはもうなくなってしまったはずだけれど、ちゃんと旅行会社には挨拶に行ったのだろうか。後でこのゲームでも宮益坂方面へ行ってみよう。

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山手線?
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このドアが
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ちゃんと開く


スクランブル交差点の辺りを歩いていると、なぜだか少し落ち着かない。暖かくなってきて頭がはっきりしないような、春みたいな心象風景が浮かぶ。都内の景色の所為かな、と思ったけれど、後になって分かった。聞き慣れないアナウンスがずっと流れていたからだ。無機質で単調な、台風への警戒を呼び掛ける声が流れ続けている。聞き慣れないアナウンスが流れる人もまばらな路地裏は、二年前の春とよく似ていた。世界から人が消えたような光景。数週間前、同じ通りを人がごった返す中歩いていたから、尚のこと印象的だった。人がいないアーケードは、むしろ狭く見えた。案外、こんな幅しかないんだなって。未だに、アーケードの下をくぐることができない。自分には、あの春がずっと続いているような気がしている。また春が巡ってくると、より一層、そんな感覚が強くなる。


今日も虚構の街を歩きながら、そんなことを考えていた。

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コインパーキングのある景色



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今日の狸



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