【ショートショート】夜明けの前の
夜中、彼は机の上に広げたスケッチブックをぼんやり見つめていた。描こうとするたびに手が止まる。いろんな線がごちゃごちゃと紙の上で絡まっているけど、どれも中途半端で、これで誰かが喜ぶのかもわからない。
「こんなんで…ほんとにいいのかな」
そんなことを考えながら、SNSを開く。そこには、友達や他のクリエイターが楽しそうに作品を投稿している。みんなが楽しそうに見えて、評価もたくさんもらっていて、すごく遠い存在に思えた。
「俺には、無理かもな…」
一度そう思ってしまうと、もう何も描けない気がしてくる。最近は家族にも「そろそろ現実を見なさい」なんて言われるようになって、将来のことを考えると不安しかなかった。
気づけば、手元には雑に描いたスケッチがあった。悩みながらも、とりあえず描いてみたけど、なんの自信もない。思わずそのスケッチをSNSに投稿してみた。「どうせ誰も見ないだろう」と思って、軽い気持ちでアップしただけだった。
翌朝、スマホの通知が鳴って目を覚ました。ぼんやりした頭で画面を見ると、見知らぬアカウントから「いいね」とコメントがついている。コメントにはこう書かれていた。
「なんか、今の自分と重なって見えました」
一瞬、何を言われているのか理解できなかった。でも、じわじわと嬉しくなってくる。その人も、自分と同じように悩んで、もがいているんだと思ったら、少しだけ気持ちが軽くなった。
自分が描きたいのは「完璧な作品」じゃないかもしれない。もしかしたら、自分のために、ただ描きたいものを描けばいいのかもしれない。