【ショートショート】影食い
誰もいない真夜中のバス停で、彼はぼんやりと立っていた。街灯の光が消えてしまっているため、周囲は真っ暗だったが、遠くにかすかな足音が聞こえた。その音は次第に大きくなり、彼の前に立つ影が一つ、二つと増えていった。
ふと、ある影が彼の影と重なった。彼は思わず振り返るが、そこには誰もいない。だが、確かに自分の影が他の影と混ざり合っているのを感じる。その瞬間、影の中から冷たい手が自分の肩に触れた気がした。
「お前の影…少し借りるよ。」
耳元で囁かれた声に凍りついた。彼は足を動かそうとしたが、体が言うことを聞かない。足元の影が徐々に薄れ、消えかかっている。まるで影そのものが吸い取られていくようだ。
心臓が早鐘のように鳴り、冷や汗が背中を伝う。彼は必死に逃げようとするが、影を失った足は動かない。すると、再び耳元で声が響く。
「影を失うと、次は命だ。」
その言葉と共に、暗闇の中から無数の手が伸び、彼の体を包み込んだ。どこからともなく出てきた人々の影が彼を取り囲み、彼の存在そのものを飲み込んでいく。
最後に彼が見たのは、他人の影に取り込まれた自分の影が、満足げに微笑んでいる姿だった。