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スポーツは人を磨くか

私的結論から言うと、「スポーツで磨かれた人格者」と同じくらい、「スポーツの才能だけはあるが、社会的に未熟で幼稚な人」が存在します。

一般的に体育会系で育ってきた人は、年功序列を守り、礼儀正しく、明るくハキハキして活動的、みたいなイメージがあるでしょ…。

さらに「全国大会で優勝」とか「日本代表になった」レベルの実績を残してきた人なら、すごく立派な人なんだろう、人格も磨かれているんだろうと期待しますよね。

もちろん、そういう(元)競技者はたくさんいます!

まず才能に恵まれ、さらにその才能を伸ばすために、プライベートを犠牲にして、自分の持てる全ての時間とエネルギーを競技(や地道な練習)に注ぎ込む努力を、子供の時から何年も、何十年も続けてきて、そして結果を出した!という人は、ほぼ尊敬されますよね。

オリンピックの金メダリストなんて言ったらもう最高峰なわけですよ。

ところが実際には、極端な例かもしれませんが柔道では「内柴正人」みたいな人がいるわけです。五輪2大会連続金メダリストで、柔道界のスーパースターだった人が、「内柴事件」みたいなことを起こすわけです。

教え子の未成年に酒を飲ませて、自力で立てない状態にして性行為に及ぶ既婚男性ですよ。どんだけスポーツに打ち込んで結果を残そうと、こんなトンデモ人間になる、という好例かと思います。

内柴氏は以前から同様の行為を複数人に行っていたとの証言があるので(ちなみに当時の妻も元教え子)、「魔が差した」レベルじゃないのは確かです。おそらく性癖なんでしょうね。

で、さらに目も当てられないのが上記の準強姦事件で逮捕された時、「納得がいかない、合意の上だった」と無罪を主張する、この方の人格です。

厳しい練習に何年も何年も耐え抜いて、自己鍛錬の末に金メダルを二度も手にした人が、なぜこんなに未熟で、社会性に欠けた人格になりおおせるのか。非常に不思議です。

で、もっとビックリなのが、普通の女性なら嫌悪感しか抱かない事件を起こした内柴氏に、やはり元教え子の女性が自ら接近して(収監中に何度も面会するなどして)、内柴氏が刑期を終えた後、結婚しているそうです。

きちんと罪を償った内柴氏を今さら批判をするつもりはありませんし、誰が誰と結婚しようと自由ですが、この話に集約されている構図が、私が見聞きするスポーツエリートの構図と、あまりにも似ているので例として挙げさせてもらいました。

スポーツでけっこうな実績を残したスポーツエリートの中には、
・社会常識が恐ろしく欠如
・自己愛ハンパない
・人格的に未熟(中学生程度の精神年齢)
・言動が幼稚

という人が意外といらっしゃいます。

そして、刑事事件こそ起こさないものの、社会人としてどうよ?という言動を平然と繰り返しているにも関わらず、そういうスポーツエリートを追っかけ回す、同じ競技をする女性(指導者に対しての、教え子的関係の女性)が、これまた必ずいるんですよね、まるでファンクラブのような感じ。レッスン料払って支えます、みたいな(・・;)

この手のスポーツエリートと会話すると、まるで中学生と話しているような印象です。そして自分の言動に責任を取らない。都合が悪くなるとダンマリを決め込み、自分が原因で引き起こした結果からは逃げまくる。やりたくないことは(社会人として当然やるべきことでも)絶対にやろうとしない。

一般人なら、甘やかされて育ったとかで、まるで話にならない大人もいるのは、まあ、世間の常ですが…

「もともとの才能を活かすだけでなく、子供の頃から何年も何年も自己鍛錬を重ねて切磋琢磨し、諦めることなく努力を続け見事な結果を出した」

はずのスポーツエリートに出現率が高い。私見ではありますが。

子供の頃になまじ才能があると、エリートとして社会と隔絶して育てられてしまうからなんでしょうか。

小中学生なら小中学生なりに、高校生なら高校生なりに、身につけていく常識とか責任を伴う行動とか、他者との付き合い方や口のきき方や…そういうものより、とにかく練習、練習。試合に出て結果さえ出せばチヤホヤされて、また練習練習…という人生しか知らずに、いい年になってしまうんですよね、きっと。

そこで一般的な就職をしたりすれば、上には上がいることや、スポーツが人よりできるからと言って、周囲は必ず認めてくれるわけじゃないということを学ぶ機会もあると思いますが…

いわゆるスポーツエリートって、エリートなだけに個人レッスンやら何やらで、そこそこ収入が得られたり、その競技の「日本○○連盟」みたいな組織で役職につけることもあるし、就職するにしても「先生」とか「コーチ」という指導者なので「お山の大将」。

ますます一般社会と接点がなくなります。

そして出来上がるのが自己愛モンスター。

ボクは特別、ボクはすごい!という幼児レベルの万能感を抱えて、その万能感を揺るがす存在や出来事からは逃げ続けます。

で、そろそろ持ち出そうと思っていたのが(笑)競泳の瀬戸大也選手ですね。

個人的には瀬戸選手を非常に応援していましたし、今後もどんどん競泳の世界で活躍してほしいと心から願っています。

ただし、例の事件は内柴氏と五十歩百歩。

しかも今回の東京五輪でメダルどころか予選落ち、ネットでの批判に対して「いろいろ言われてムカつきますけど」とのお言葉。

ね?

いろいろ中学生レベルで止まっているんだろうな…と、これまた「未熟なスポーツエリート」の姿を見せつけられた気がしました。

結論:スポーツは人を磨くとは限らないどころか、
なまじ才能に恵まれたおかげで
ロクでもない大人になる場合がある
(^_^;)でした!

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