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【毎週ショートショートnote】ブーメラン発言道
「赤コーナー吉田ミヨコ、青コーナー吉田タカシ、レディーファイッ!」
鬼の形相で対峙する夫婦の間には、10mほどの一本道が引かれている。
赤い円の上に立つミヨコは、力いっぱい息を吸い込むと、熱した貝殻のように開眼した。
「昨日の夜どこ行ってたんじゃー」
ミヨコが発した言葉がそのまま具現化し、コンクリートのように固まっていく。その言葉の塊(コトダマン)は、青い円の上に立つタカシの元へ一直線に飛んでいった。
「残業や言うとるやろボケー」
タカシも負けじと、コトダマンを飛ばす。両者のコトダマンは激しくぶつかり合い、火花を散らしながら粉砕される。
「じゃあ財布にあったコレはなんじゃー」
ミヨコはタカシの財布にあったフィリピンパブの名刺をチラつかせる。
「クッ、ライフで受ける」
タカシは押し寄せてくるコトダマンを全身で受け止める。
「それに会社に連絡したらもう退勤しとる言うてはったで」
「……ライフで受ける」
タカシの服は引き千切れ、ボロ雑巾のようにくたびれていた。
残りのライフは1。
満身創痍で最後の力を振り絞り、怒りの声を張り上げる。
「嘘つき野郎は黙っとけー」
タカシが発した特大コトダマンは、大きな円を描き、自分の元に返ってくる。
「試合終了。勝者、吉田ミヨコ」
うつ伏せで倒れ込むタカシの元へミヨコが歩み寄る。
「ほんまはおまえの誕生日プレゼントを買いに行ってたんや」
タカシの右手には、小包が握られている。
「だったらそう言わんかい」
「恥ずかしくて言えへんかった、すまん」
「まあええわ」
ミヨコはタカシの腕を持ち上げると、その会場全体が拍手に包まれた。
温かい声援の中、二人は肩を組みながら会場の出口へと向かう。
「でもあんた、フィリピンパブの件は許さへんからな」
最後に天から降り注いだそのコトダマンは、タカシの上に重く重くのしかかった。