完璧な英語でないと批判されて良い対象なのか

一部英語ネイティブの「英語しっかりしゃべってね」が嫌い

SNSで日本の某カフェが外国人に対して人種差別的だと炎上していたのを見た。

動画はやりとりの一部のみだったので、どういう経緯でそうなったのかはわからなかった。

それに対してアメリカ人が「英語しっかり勉強してください」(意訳)と呼応するVideoを出していた。

英語が完璧じゃないと批判されるべきなの?


英語はグローバル言語だから、多くの国で積極的に学ばれているのはわかる。
だけど、Touristsは訪れた国で、その国の国民が英語を完璧に話せないと批判する権利を持ってるの?

Touristsに対する英語はサービスであって、Mustではないと思う。
そのサービスをMustだと捉えて、その国の人を批判する意味がわからない。

英語ネイティブ国での自分の経験を思い出させる


地域によってもかなりことなるが、外国人の少ない街に住んでいたことがあって、さも当然のように「完璧な英語で話してね」という圧があった。
その人たちに、海外で暮らしたことある?何か国語が話せるの?と聞いても、大抵答えはNoだった。

自分のことを棚に上げて、他者に第二外国語を完璧に話すように求めるのもすごいと思ったし、自分がマイノリティーになる経験をしていないから、求めらる側の状況や背景を理解できないのかと思った。

バイリンガルが非バイリンガルを下に見る風潮も意味がわからない

英語がしゃべられる、帰国子女系・インター育ち系バイリンガルが、彼らや彼女立ちほど英語ができない日本人に対して クスクス笑ったり、バカにする光景・またSNSをたくさんみてきた。

日本人の英語はオドオドした感じのスタンス 例)「ソーリーソーリ」多用などが多いので見下されたりしやすいのもあるとは思う。

ただ、英語ができるから彼らより優れている証明にはならないし、バカにする権利を持っているわけじゃない。日本にいると、英語が喋られる人の割合が高くはないので、優越感に浸っているのもあるのだと思う。

もしかして”英語”だけがあなたのスペックなの?


一方で英語はできるけど、中身のない発言を繰り返す人たちもたくさんみてきたので、英語を自分の能力の最大値に置いちゃうと、中身が伴わないまま、年月を重ねるんだなあとも思う。

非ネイティブ間での「真の英語」をめぐる不毛な争い


先日軽いやりとりをして、アカデミックではない、カジュアルな表現をつかったら、非ネイティブから「英語ではそんな表現はつかわないはず!あなたは本当に海外の有名大をでたの?」と言われて、意味がわからなかった。
何であなたが文法警察になってるの?って感じだったし、あなたどの立場で私を教育しようとしてるのか、意味わからなかった。

非ネイティブ間で、こういうことは偶に起こる。

日本語で例えると、
非日本語ネイティブが「雨か?めんど、降っちゃったかんじか。」というのをみつけた、同じく非日本語ネイティブが「日本語はそんな文法ありません!『雨が降ったようです、雨に濡れる恐れがあるため面倒ですが、帰宅することにします』が正しいです!」と指摘してるかんじかなあ。

日本人からしたら、別にテストじゃないんだし、どっちでもいいよ。伝われば。日本人も略して言うし。って感じ。

極めて不毛な争いだし、ネイティブでもないあなたは、何の立場で教育しようとしてくるのかって思われるのがオチだと思う。

だれも日常で教科書通りの文法の日本語を求めない


世の中にはシングリッシュだって、インド英語だってあるし、非ネイティブが話す英語の方が多いんだから、日常会話にそこまで厳密さを持ち出して、警察のように取り締まる意味がわからない。

でも英語や日本語をルール通りに勉強してきた人からすると、それが許せないんだと思う。

自分がそうするべきだと思ってきたものを、簡単に外れる人をみると許せないんだと思う。自分の信念を否定された気がするから。

ある意味自分のコンプレックスの裏返しなんだろうね。

そういう意味で自分軸でしか物事を判断できない、自分を自分で縛ってる、可哀想な人なんだろうね。視野の狭さというか。

女は女に厳しいの例のように、非ネイティブは非ネイティブに厳しいっていうのはあると思う。










この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?